ワザップ!フォーラム
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不思議な三日間だと、私は思う。
羽生と出会って。
不思議な話を聞いて、アキちゃんに話を聞き出して、ルチアに出会って。
羽生とあんな話までしてしまった。
案外、自分を変えるのに時間はかからないのだ。
行動一つで自分は変わってしまう。どれが自分なのか分からなくなるくらいに人は変わる。
時間がかかってしまうやつもいる。それはきっと変化が恐ろしいから。
前に進むと言えば聞こえはいいが、それは昨日までの自分を失うということ。
昨日までの嫌いな自分をいなかったことにしてしまう。人はそれを進歩と呼ぶ。
大人になることがいつも正しいわけではない。でも正しいと思わなきゃやってられない。
だから人は前進とか進歩とか成長とかポジティブな言葉で喪失を形容する。
あのころは良かったなという言葉は過去の自分に対する想いだ。
でもそんなんでいい。背伸びするなよ、小さく見えるぞ。
背伸びしないやつはきっと自分が好きなのだ。それって一番素敵なことだと思う。
自分が何者かを自覚して好きなら、の話だけれども。
そして篠原結衣は15年も続けてきた邁進をやめてみた。
立ち止まって今一度自分を見直す。自分の理想は正しいか。今の自分は正しいか。
そこでちょっと笑ってしまった。私は自分に夢を見過ぎていた。
理想と現実の自分がごちゃまぜになっている。これじゃあ理想に辿り着いても気付けない。
夢を見つめ直し、再び私は突き進む。自分の可能性を信じて、自分に絶望するその日まで。
——でも、優しくて正しい人間には、なれているのかもしれない。
もしかしたら本当の目的はそれで、他人に無害という理想はそのための手段だったのかもな。
さぁ、これで終幕だ。
再出発の景気づけにあの野郎をぶん殴ってやろう。会えたらだけど。
「運命に偏見を持つのはやめられたのかい、篠原結衣」
割と簡単に会えてしまった。
賽彩神社の目の前で太陽をさんさんと浴びている変なヤツがいたのだ。妙に存在感あるな神様。
「…この程度のいたずらでいちいち動揺しないくらいにはね、鷹人。」
驚いたことに、今回の神様の器は倉科鷹人であった。
前回は羽生に憑依してたやつが今度はほぼ寝たきりの鷹人に乗り移っている。病人好きだなコイツ。
つーかなんでふつうに歩けてるんだろその身体…。
「もしかして鷹人もルチアみたく死人でしたってオチか?」
「さぁて、どうだろうね?もしかしたらあの事件で死んでいたのを僕が無理矢理生かしていたのかもしれない。」
「それとも——お前が本当はずっと前から私を知っていて、私が出会ったときから鷹人は普通の人間じゃないとか?もしくは最初から神様の意識が演技をしていたとか」
「想像するのは自由だよ」
「そうかい。なら神様の本体ってことにしておくよ。良かったな御神体。」
「お、おう…神たるこの僕もついイラッときてしまう笑顔だったね…」
会話なんてしてみる。なんだ、案外話せるじゃん。
コイツを色仕掛けでおとせたら世界征服も夢じゃなさそうだな!
とか夢見てるとそいつはひぃっと後ずさった。あっれ、そこまで悪人面してましたかね私。
「まあこの際鷹人の意識が何者かとか気にしないよ。ただもし出来るなら一緒に学園生活送ろうぜ」
「…それは僕に対して言ってるのかい?それとも倉科鷹人に対して?」
「どっちもだよ。」
「……ハハッ、ハッハァーア、まったくもう、ほんと、君は面白いよ」
「ネズミ—ランドの王様みたいな笑い方しないでいただけますかね…本気でビビった」
「オゥフ」
やべえキモい。ちょっと優しくしただけで神様キャラぶれ過ぎだろ…。
「…まあいいだろう。彼の意識や存在が何者かは関係なしに、倉科鷹人は社会復帰されるよ」
「ってことはやっぱり、私から鷹人を奪ったのは私に対して意味があったってことだな?」
「無論さ。君は面白いし異常だからね」
「ならリンクの件もやっぱり?」
「無論さ。彼らは面白いし異常だからね」
やっぱりかよ。
結局、この神様とかいうやつが面白がってみんなをいじってみたよ〜というのが今回の騒動の顛末である。
当人たちの今後の幸せはちゃんと当人たちが見つけていくのだ。
自分を最後に救うヒーローが、必ず自分自身であるように。
「なら聞くが、異常は善か?それとも悪か?」
その質問はただの好奇心だ。
「異常とは本人にとって正常であり周囲にとっての異常だ。善意による悪と言っておこうかな」
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「逆に一つ聞こうか、篠原結衣」
「何だ?」
「君は初めから現象の存在を信じ切っていた。口では否定していても、君は神や運命を信じている。違うかい?」
——それは私の動機を揺さぶる言葉だった。
私には過去がある。認めたくない過去がある。
でもそれが自分のものだと信じられなくなった。こんなことはありえない、と。
だから否定した。神も宗教も運命も物語も。
ところがそれは悪魔の証明だったのだ。神がいることも、神がいないことも、証明などできなかった。
故に私は奔走した。それを証明する何かに出会いたくて。
あんな過去はありえなかったのだと証明したくて。
そうして篠原結衣は羽生巡に出会う。
「あの事件に対する憎しみや後悔は、やがているかもしれない神への憧憬へと変わった。
まるで人類が宇宙の果てに何があるのかを探すかのように。計り知れない距離に命を投げ捨てるように。
君が思う自分はおそらく探偵だろう。正義に則り人を救う役目だ。
だが君の本質のさらに奥…君の起源は<結異>だ。既知と未知を出会わせる役目。
君が今回本当にしたかったのは羽生巡と寒川雪名の仲を取り持つことなんかじゃなく、」
わたしのしらないわたし。
それを知るのがどれほど難しいことか。
欲求ではなく感覚が知っているもの。精神ではなく身体、ソフトウェアではなくハードウェアが。
自然に任せて生きるとはそういうことなのだ。
きっとそれは誰にもできないこと。非効率で、無意味で、宇宙のように途方もない。
それでも。
何者にも拠らず、ただ自分だけを知り続け、ただ自分の足だけでどこまでも歩いていけるなら。
そいつだけは、誰も知らなかった世界の姿を見ることが出来るのだろう。
私が正義の味方よりも探偵よりも、探究者として生きられる日が来るなら。
私はきっと違う世界を見ることができるのだと神は言ったのだ。
「見つけたかったんだろう?今まで誰も見つけることが叶わなかった星を。」
そうだ。
今回私が動いたのは正義感のためだけではない。
リンクという未知なる現象に惹かれたのだ。そこから漂う神の存在に憧れたのだ。
命を懸けて星を探す者がいる。人生を懸けて宗教を開く者もいる。
私の起源が彼らと同じというのならば。
ならば私は、彼の質問に是と答えよう。
「ああ。お前に会えて、よかった。」
しかし彼はおかしな表情をする。
「…それで満足するはずはないだろう?知識と経験は別物なのだから、ね。
僕からのプレゼントだ、目を逸らすんじゃないぞ——!」
次の瞬間、私の意識は私を飛び出していた。
脳という器から解放された篠原結衣は身体を失い、まるで一つの概念であるかのように世界に溶け込んだ。
『リンクの応用みたいなものだ。探偵の最後の仕事は、事件の顛末を見守ることだろう?
そしてこれが君が初めて経験する異能だ。世界に押し流されるなよ。』
全てが、視える。
世界の一部となった私は人間の脳ではとても背負いきれないほどの情報量を視野に焼き付け、
反転しそうになる意識と失われていく感覚を何故か心地よく思い、
そして車椅子の少年を発見した。
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今、私には羽生を理解できる。
理解できるからこそ、心の底から尊敬した。
あれほど自殺未遂を続けていた彼が、何にも怯えず悠然と進んでいく姿に。
解ってしまって辛いくらいに、彼の想いは眩しい。
寒川の辛い過去の記憶。彼女に自分の願望を押し付けた罪悪感。今までの彼女との距離の遠さ。
今の羽生巡には願望も正義も何もない。そこにあるのはただ、彼女が好きだという想いだけ。
もう二度とすれ違いたくない、ずっと一緒にいたい。何の裏もない純然たる愛情。
どれくらいの速度で歩いていれば、人は本当に分かり合えるのだろう。
現実はきっと違うのだ。彼氏彼女の関係は人の価値の証明であり、いくら好きだの愛してるだの言ってても、些細なことですれ違ってしまう。
結婚というシステムなんてもはや恐ろしいくらい。年収とか学歴とか見た目とか性格とか、人はなんだかんだ自分が可愛くて傲慢にも相手を選りすぐりする。
晩婚化というのも理解できる話だ。お前らは俺の家とか資産とか大学と結婚するのかよ、と思ってしまうのも無理もない。
一番大事なのは愛情ではないのか。本当に愛してるのなら欠点なんて気にしないのではないのか。
今の世間、いや昔から。人の世はそれを軽視し過ぎている気がする。
某国の選挙で同性婚について騒がれているが、私は同性婚に賛成だ。
もちろん実情はまったく知らない。それでもおそらく、同性婚には深い愛情があるのだと思うから。
愛情はあらゆる垣根や苦難を乗り越えられると思う。
自分を犠牲に相手をかばったり、周囲の反対を協力して退けたり。
そんなことができる連中はきっと、その愛を正しいと信じられるのだろう。
現実は違う。周囲の信頼や自分を選んでその正しさを捨てるやつのほうがきっと多い。
だから、人間の最も美しく正しい大切な感情は、愛情だと思うのだ。
「大好きです、雪名さん」
会って一言目で、羽生巡はそれを口にした。
騒がしい楽器店で、ギターを弾く寒川雪名へ。
「え……羽生、くん」
もうずっと話していなかった。
あんなにも一緒だったのに、ずっとすれ違ったままだった。
本当はあんなにも愛し合っていたのに、分かり合えなかった。
歌姫が欲しい彼と、一緒に奏でたい彼女。
お互いがお互いを必要としていた。そしてそれをお互いに理解していた。
「今まで僕は馬鹿馬鹿しい勘違いをしていたんだ。本当に大事なものを、もう少しで失うところだった。」
リンクなどという現象まで起きている。
お互いの感情を一度すべて知ってしまった。もちろん、互いを想う感情も。
二人はきっと、絶望したのだ。自分たちの求めているものが、違っていることに。
でも。
「自分の願望と君の未来。どちらが大事かもう一度考えさせられた。そしてようやく気付いた。」
——人と人とが理解しあうのに、そんなふざけた現象は必要ない。
願望の違い。価値観の違い。
彼女の願いを裏切る罪。彼の願いを叶えられなくなる罪。
それでも傷つけあって、すれ違って、今またこうして一つになろうとしている。
その道はあまりにも険しい。何度も傷つけられる。あまりの痛みに誰も選ぼうとしない。
なのに彼は選んだ。身も心も傷つけられながら、それでも立ち上がった。
それはいったいどうしてか。
「僕は君が好きなんだ。」
だから、本当の愛情は何もかもに打ち勝てるのだ。
お互いに傷つけてしまったら、もう二度と会わなくなるのがふつうだ。
もう傷つくのはいやだろう。また傷つくのがこわいだろう。あまりの気まずさに会いたくなくなる。
それでも。それでも痛みと苦しみを乗り越えて、ただ好きなのだと言えるのなら。
私は心からの祝福を贈るだろう。
「ただそれだけで、よかったんだ。歌姫もいらない、ほかに何もいらない。君だけが必要なんだ、だから…」
「羽生くん…」
自分の願いなんて犠牲にしてもいい。自分ならどれだけ苦しんでもいいから好きでいよう。
だって、その分だけ自分を想ってくれる人がいるのだ。恋愛ってそういうものだと思う。
「寒川雪名さん。僕と一緒に——バンド、やりませんか?」
その告白の意はお互いに理解していたのだ。
僕と一緒に、生きてくれませんかと。
あの日、雪名が羽生に求めて、裏切られた願いを。
今度は彼が自分の願いを犠牲にして、彼女の願いを選んだ。
雪名は彼女が願った理想の女の子の笑顔で、嬉しそうに微笑んで言った。
「喜んで」
End.