ワザップ!フォーラム
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こんにちは。
僕は「ワザップで小説?」とか思ってた人間なのですが、見ているうちに自分も参加したくなってきました。
ミーハーでごめんなさい。あとこんな夜中に電気使ってごめんなさい。
おそらく拙作になると思うので、暇潰しにでも読んでくれたら嬉しいです。
あらすじ。自分は死神だと主張する少女と普通の少年のお話です。以上終わり。
フフーン! このボクが! 世界で一番! カワイイってことなんですよ! -
≪目次≫
1.偶然 (#1〜#3)
2.普段 (#4〜#5) >>3ページ8レス
3.判断 (#6〜#9) >>5ページ3レス
フフーン! このボクが! 世界で一番! カワイイってことなんですよ! -
#1
夏の宵。
陽はすっかり沈み、先ほどまで見えていた橙色の光も黒色に塗り潰されてしまった。代わって、等間隔に並んだ電灯の光が、スポットライトのように丸く限定された範囲を照らしている。
人通りのない暗い道。
住宅地と、夜でも賑やかな駅の方とを結ぶ歩行者専用のこの道は、車の通りの少ない道路に沿って続き、左右には伸びきった雑草の茂みが広がっている。昼の間であれば、通学路として小学生の姿がよく見受けられる道なのだが、夜になるとそれもない。
草むらで鳴く虫の声が聞こえるが、姿は見えず、動いているのは電灯の光に群がる蛾だけだ。
そんな中、片手に小さなビニール袋を提げた少年が、この道を歩いていた。
彼の名前は、真札目祐一という。真人間の「真」に、日本銀行券の「札」に、ものを見る「目」で、真札目(まさつめ)。誰に聞いても知らないような珍しい姓ではあるが、それは彼の存在とは対極の名前だ。
近場の公立高校に通う高校生である彼は、髪型も容姿も服装も、特筆するべき特徴というものはない。短くも長くもない頭髪に、中肉中背の背格好、それにTシャツとズボンという軽装。
彼がこの道を歩いているのも、コンビニへ軽く買い物に行った帰りというだけであって、高校生ともあろう者なら誰しもが普通にやっているようなことである。
これから秘密裏にヒーローに変身して悪を退治するだの何だの、そういった非凡な設定とは無縁なのだ。
彼が今考えていることだって、今日の夕飯は何だろうか、とか、おそらくはそんなありきたりな内容だろう。
(腹減ったなぁ……。今日の夕飯は確かハンバーグって言ってたっけ……)
そろそろお腹が鳴り出しそうな頃合いの、彼が提げているビニール袋の中には、たまたま惹かれた週刊誌と、缶ジュースと、5本一纏めの箱入りの棒アイス。
彼には妹が一人いるのだが、数分前にその妹と、切れたアイスの補充のためにどっちがお使いに行ってくるかでじゃんけんをしたところ、祐一は見事に負けてしまったのだった。つまり、買い出し係だ。
わざわざ暗くなってからコンビニに行く羽目になった理由はその一点にある。
年に一度、必ずやってくる夏という季節のせいで、夜とはいえ薄着でも大して肌寒くない。むしろ運動すれば汗をかく。溶けたアイスを見て妹様に文句を言われるのは癪だし、アイスが溶け始める前に家に着こうと、彼は暗い道を急いでいた。
……と。
「……?」
ふと、視界の端に黒い何かが映ったような気がして。
彼は横へ振り向いた。
しかしそこに広がっていたのは、せいぜい祐一の膝ほどまでの高さしかない雑草の茂み。その向こうには、よじ登ることができそうなブロック状の凹凸がついたコンクリート製の壁があるのみで、自分の視界の端に一瞬現れたとおぼしき、それらしい黒い物体は何もない。
相変わらず鳴いている草むらの虫の声を聞きながら、さっきのはきっと、コウモリか何かが素早く飛んでいったんだろうと結論づけた彼は、前に向き直ってまた歩き始めた。
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すると。
前に向き直った祐一の目の前で、たった今彼が振り向いた側の茂みが揺れていた。
単なる風に吹かれて揺れている他の茂みとは明らかに違う。根本から揺れるような、ガサガサという音まで鳴らすその揺れは、明らかにその場所に何かが潜んでいることを示していた。
(……猫でもいるのか?)
そう彼が思い、何となくその場所を遠巻きにして通り過ぎようとした直後。
——のたっ——。
……という、奇妙な音が聞こえた気がした。
少し湿った感じもするその音に、彼が揺れていた茂みの方を見てみると、そこには……。
「……手?」
何かが、あった。
茂みから、さっきまでは無かった、何かが突き出ていた。
そしてそれは、まるで人の手のような形をしていた。
人の手のような形をした物が、茂みから、道へと飛び出ているのである。
ただ、祐一が疑問型で言葉を発したのは、そんな場所から人の手が突き出ていたらおかしいから、だけではなく、その物体の色が、人肌の色では到底ありえないような……影のように黒い色をしていたからでもあった。
なんだ、これ。
目の前の物体に理解が追いつかない祐一の前で、さらに、もう一本、同じような物体が茂みから出てきた。それは同じように人の手のような形をしていて、同じように黒い色をしていた。
それはまるで、草むらから、人間の形をした影が両手を突き出しているようで。
しかし彼の思考はそこまで辿り着かない。
見慣れない、見たことのない現象に、固まってその成り行きを眺めていることしかできない彼の前で、さらに、それらの物体の間の茂みから、黒く丸い何か、順当に考えれば、人の頭のような物体がゆっくりと現れて——。
「うわあああああっ!?」
その時やっと、祐一の頭が状況に追いついた。思わず叫び声を上げ、腰が抜けるように後ずさった彼だが、その後を追うようにしてゆっくりと黒い物体が茂みから這い出てくる。
異様だった。茂みが揺れているのは確かだが、常識的に考えて、膝ほどの高さしかない草むらに、人間が隠れられるはずがない。なのに、その黒いモノは草むらから出てくる。草むらの中にあるはずの胴体は見えず、ただ這い出てくる。その黒さもおかしい。まるで影が実体を持ったかのようだった。
ずるっ……ずるっ……という湿った音が、彼の耳に届いた。いつの間にか、さっきまで聞こえていたはずの虫の鳴き声が聞こえない。暑いくらいで気にならなかった夜の寒さが、急に感じられた。
そうして、座り込むようにして黒いモノが茂みから這い出てくる様子を眺めていた祐一の前で、その黒い何かは完全にその姿を現した。
「……っ!?」
人影だ。声にならないまま、彼はそう思った。目も鼻も口もなく、髪も爪も何もない、真っ黒な人影。その質感は生き物のもののようには見えない。ゆらゆらと、周りの空気に溶けていくような存在の薄さで、はっきりした輪郭がわからないが、人の形をしていた。幽霊とか妖怪とか、そういった言葉を思い出す暇もなかった。
目が合うわけがない。目がないものに自分が見えるわけがない。逃避のようにそう思った祐一だが、その黒い人影は、間違いなく彼のことを補足していた。
そして……、人の形をしたその黒いモノは、逃げることも悲鳴を上げることも忘れ、呆然と目の前の謎の物体を見ていた祐一へと、ゆっくりと手を伸ばした。
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その時だった。
「そこまでっ!」
聞き覚えのない声が辺りに響いたと思ったら、次の瞬間、祐一の視界の外から、空から、信じられない速度で降ってきた別の何かが、祐一と謎の黒い物体との間に勢いよく降り立った。
というか、激突したという方が近いかもしれない。
伸ばしていた手を下敷きにされそうになった黒い人影は、先程ののろのろとした動きからは想像もできないほど素早く手を引っ込める。
降ってきた何かが地面に着地するときには、思わず目を閉じてしまうほどの風圧が周囲にかかった。にも関わらず、その勢いからはとても考えられない、すたんっ、という軽い靴音しかしなかった。
目を開けてみれば、クレーターができたりしているわけでもなく、一瞬前と辺りは何も変わっていない。祐一と黒い物体との間に、今度は普通の人影が立っていることを除けば。
「……」
その人影は、祐一の見る限り、少女のように見えた。
「……こん……」
「まったく」
今度は何? と辛うじて問いかけようとした祐一の言葉を遮り、今しがた降ってきた人影が、やれやれと頭を振って話し出す。祐一には背中を向けている形で立っているので、その言葉は黒い物体に向けられたものだろう。
「何故そうまでしてあの世に行くことを拒むんですか? あなたの身体はもうこの世にはありません。明確な思念もなくこの世に残るのは、辛いだけですよ」
話しかけられているのは彼ではないので問題は無いのだが、祐一にはこの子が何を言っているのかさっぱり理解できない。
話しかけられた黒い人影は、何も答えなかった。そもそも口がないのだし、会話ができるのかどうかすら疑わしいのだが、祐一の見た感じでは、黒い物体はわずかに身じろぎしたように見えた。
「……そうですか、これだけ説得しても、まだ靡きませんか」
「あの……」
目の前で一体何が起こっているのか、何をやっているのかさっぱり分からない祐一の前で、空から落ちてきた少女は一人で納得すると、ゆっくりと腰に手をやった。
さあっという、緩やかな夜風が吹いて、少女の髪を軽く揺らした。
その風にあわせるように、金属の擦れる音がして、少女が何かを振り上げる。
それは刃物だった。
祐一ならまず使わないと思うような、あまり見かけない珍しい装飾が施された、刃渡り20cm程度の小さな短剣。
この短剣で何をしようとしているのか、それを理解するまでに祐一は少しの時間が必要だった。
「ちょっ……」
「それなら今度こそ、この世を離れてもらいます!」
君みたいな女の子が、刃物なんて物騒な物を振り回しちゃいけません、と祐一が声を上げる間もなく、少女は一声叫ぶと、あろうことか黒い物体の方へ飛び出して、その短剣を勢いよく振り下ろした。
それこそ、引き留めるほどの余裕もない。
黒い物体も、迎え撃つように手を広げた気がして。
少女の握る短剣と、黒い物体の伸ばした腕が交差する。
そしてそれは一瞬で、瞬きひとつする間に事が終わっていた。
「……あれ……?」
思わず声が出てしまい、祐一はもう一度目の前の様子を確認しようと目を擦る。
さっきまでいた黒い物体がそこにいない。
短剣が物を切り裂く音も、何も聞こえなかった。ただ、黒いモノは祐一の見間違いだったかのように、どこにもいなくなっていた。
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聞こえなくなっていた虫の声が、一斉に戻ってきた。
さっきまで気付かなかったのか、ふと外灯を見上げれば、先程と同じように蛾が飛び回っている。何も変わったところはない。自分の周りは、何もなかったかのように数分前と同じ光景を繰り返している。
音の洪水の中で、祐一はまだしばらく呆然としていたのだが、不意に我に返り、近くに落ちていたコンビニの袋を拾い上げた。中身は一応、無事のようだ。
今のは奇妙な夢か。そうとでも思いたかったところなのだが。
「さて……」
いきなり聞こえた少女の声に、祐一は思わず身が跳ね上がるのを感じた。
ゆっくりと前を確かめれば、さっきと同じ場所に、あの少女が、こちらを向いて立っていた。
「……」
言葉もなく、じっと凝視する。
あの黒い物体も謎だったが、よく見るとこの少女も充分謎な容姿だった。
日本人というにも、単純に外国人というにも、どちらにも当てはまらないような顔の造形。その瞳は、カラコンでも入れているというのか、普通ならありえないほどに青く、また銀色に近い不思議な色をしていた。前髪は額を隠す程度に無造作に短くされていて、肩より長いほどのその髪は、頭のてっぺんは限りなく白に近い銀色なのに、先の方になるにつれてどんどん濃い銀色へと色が変わっている。
長袖に通した腕には金色の腕輪が左右ひとつずつ着けてあり、下がスカートほど短いローブのようなその白い服は、お腹の辺りに革ベルトのような物を巻いて広がるのを防いでいる。ミニスカワンピース状の服の下にはどこにでもありそうなジーンズを穿いていて、おまけにベストらしき袖のない麻布のような生地の上着を一番上に着ているという、珍妙極まりない格好だ。
背丈や顔つきから考えて、祐一よりも少し幼いくらいだろうか。
そんな子が、短剣持ってこんな夜中に何をしているというのか。
真っ先に言うべき言葉を探している祐一の前で、その少女は僅かな笑みを見せた。
「こんばんは。えっと……人間の方ですよね?」
「…………」
祐一の動きが固まる。
何を言ってるかが分からないからではなく。何を言っているかが分かるから、この子は何を言っているのだろうと思っているだけだ。
「あれっ……? 人間の方じゃないんですか?」
「……いや、人間の方ですけど……」
ちょっぴり計算外という顔をした、どこの誰かも分からない少女に、祐一はやっとのことでそれだけ言う。
「ああ、それならよかったです。改めまして、こんばんは」
「こ、こんばんは……?」
何を呑気に挨拶しているのかと、祐一はその言葉は飲み込んでおく。
クエスチョンマーク全開な挨拶だったのだが、この少女はそれで満足したようだった。
「大丈夫でしたか? どこかが痛いとか、気持ち悪いとか、ありませんか?」
「……うん、ない、ありませんけど……、……あのですね」
祐一の頭は混乱を極めていた。
それはそうだろう、夜道を歩いていただけで、いきなりヒューマノイド・カオナシとでも呼ぶべき変なモノに襲われそうになり、そこへ空から降ってきた外国人らしい刃物を持った少女が割って入ってきて、変なモノを跡形もなく消してしまったのだ。そしてその少女は自分の目の前にまだいる。
今日だけで日記が1ページ埋まるくらいの非日常である。
少女の方はそんな祐一の様子に気付いているのかいないのか、「あのですね」という祐一の台詞に、小首を傾げて相槌を打つ。
「はい、何ですか?」
ふと、目線が先程黒いモノの手が伸びてきた辺りへと向かった。そこにも何の異常もないことを確認して、祐一は少女に訊ねる。
「…………今のは何?」
……情けないほどに単純な質問。
それが、今の祐一の心境を一言で表した、これ以上なく的確な言葉だった。
対する少女の方は、困ったような笑みを形作る。
「今の、って……何ですか?」
「こっちが聞きたい」
祐一が眉を寄せると、少女の方も同調するように、ますます困った顔になる。
「えっと……あなたが知りたいのは、さっきの黒いののことですか?」
「……ま、まあそう、なんだけど」
相変わらず情けないような調子で祐一が言うと、少女の方は一呼吸置いて、こう返答した。
「そうですか、じゃあ……わたしの不手際で巻き込んでしまったお詫びに、説明してあげます」
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「あの黒いのはですね、死してなおこの世を彷徨う、人の魂なんですよ」
……開口一番、そんなことを言われた。
祐一は目の前に立つ少女を眺める。格好も、容姿も、場面も、何もかも奇妙。ただ、一番奇妙で不可解極まりないのは、この少女の言葉か。
「あれは命を失った魂ですから、わたしたちは霊魂と呼んでいます。実はこの世にはそういった霊魂が、害のあるものから無いものまでごまんといるんですが、今回のはあなたの命を奪おうとしていて、実は少し危なかったんです」
「……はぁ……」
適当な感想が漏れる。
目の前にああして迫った黒いモノの恐怖も消え、目の前には謎めいた女の子だけだという今。現実感が急速に薄れ、この少女の話にも現実味を感じない。
というか、直接言ってしまうのは憚られるが、何というか凄く冗談臭い。
霊魂。幽霊のことだろうか。あれが?
話しながらにして敏感にもそれを感じ取ったのか、少女の目が少しだけ険しくなる。
「……あなた、信じていませんね」
「……いや……」
「信じていませんね。わたしは冗談を言っているわけではありませんよ」
「…………」
冗談を言っているわけではない、と言われても、頭がついていっていなかった。そもそも、祐一は十数年、全く霊なんてものとは関わりを持たずに生きてきたのだ。つまり、そういった類のものを信じていない人間であった。
祐一の無言をどう解釈したのか、少女は溜息をつく。
「あなたが質問したから、わたしは答えたんですよ?」
「……だってさあ……霊魂? って言った?」
「はい、そう言いました」
「そういうのがごまんといるって言ったけど……。俺、今までそういうの見たことないし」
「……」
少女は無言で祐一を見た。チリチリとした炙るような視線が祐一に刺さる。
「……まあいいです。はなっから信じてもらえるなんて思っていませんでしたし」
「……あのさ」
「人間って幸せですね。つい今しがた出遭った恐怖を、こんなにもすぐに忘れられるなんて」
そう皮肉げに言われた途端、祐一の目の前に、『つい今しがた出遭った恐怖』である、黒い物体の画が甦った。
訳の分からないものへの恐怖。見慣れた形をしているが故の恐怖。黒い手と頭が現れたときにはゾッとする思いがした。湿っぽい音に背筋が寒くなった。体が動かず、呆然としながら、ああこれがそういうものなのかなと思った。その瞬間の感覚を克明に思い出し、祐一は思わず身が竦んだのを感じた。
瞬きをするとその画は掻き消え、代わりに不服そうな顔をしてこちらを見ている少女の姿があった。
「…………」
「…………」
お互い黙したままで見つめ合っていたのだが、その沈黙を祐一が先に破る。
「……その……、幽霊って、本当にいるのか?」
「いますよ。だからさっきからそう言っているじゃないですか」
呆れたように長い溜息をつく少女。
「幽霊、わたしたちは霊魂と言いますが、人が死んで命も体も失い、魂だけになった存在です。あの世へ行くはずの、この世にいないはずの存在です。それがさっきの黒いのの正体です」
相変わらず、祐一の今までの人生の中で一番ナンセンスな発言が繰り返される。ただ、さっき感じた黒いモノへの恐怖だけは嘘ではないと、その時を思い出した祐一の頭も体も訴えていた。
確固たる自信を持って言葉を紡ぐ少女。最初、少女が霊魂だの何だの言い始めたときは、祐一はどこかの特撮部か何かが一般人を巻き添えに撮影をしているのかとまで思ったが、考えてみればその発想も充分変だった。
この少女の言っていることが嘘にしろ本当にしろ、自分が今まで見たこともない、影のような謎の物体が目の前に現れたことだけは事実なのだ。百歩譲れば、話の半分くらいなら信じられるような心持ちになっていないともいえない。
……もちろん、残りの半分では、まだ何かの冗談だとしか思えないのだが。
「ところで、君は誰?」
そう聞いてみる。すると、少し不機嫌そうであった少女の顔色が変わり、新学期に自己紹介をする学生のような表情になる。
「わたしはですね、死神です」
……信じかけていた半分が、ざっくりと減った気がした。
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「……死神だって?」
「はい。……あ、また信じてないような顔してますね」
普通はこの反応が当たり前だ、と祐一は思う。
この世に幽霊、とかそういう類のものが存在することは、彼自身信じてはいなかったけれど、世間一般的に「いるかもしれない」として認知されていることである。だから、霊能力者だとか、お祓いをする人だとか、霊感がある人とかがいるわけだ。
祐一がどれだけ胡散臭く思っていようとも、そういった人がいるのだ。
だから、さっきのが霊魂ですとか突拍子もないことを言われても、世間にも自分にもある程度は浸透している話である分、まだ信じることができるような気がする。実際、あんなものが生き物だという気はしなかった。
それに比べて、今度は死神ときた。
死神なんていったら、黒いフードを被って大きな鎌を持ったお化けのイメージしかない。目の前の、人とは少し変わっているが人にしか見えない少女を前にして、死神なんて物騒な単語はどの角度からも当てはまらなかった。
そもそも死神というのは彼にとって西洋妖怪のイメージが強い。
「…………」
祐一が露骨に胡散臭そうな顔をしたからだろう。少女の方も露骨に膨れる。
「何なんですかその目は。わたしは真面目に話しています。最初から最後まで、本当のことしか言っていませんよ」
わたしも真面目な反応をしているんですけどね。
という皮肉は流石に言わなかったが、祐一は今まで非常識な事態とは無縁に過ごしてきたので、初めて出会った少女の言葉だけで信じられるほどオカルト的な事実を望んではいないし、とても信じづらかった。
ただ、さっきの黒いモノ、気味の悪い物体はとても特撮や幻覚だとは考えられなかったという思いがどこかにあり、その思いが彼女の話を全否定するのを躊躇わせた。たとえ、今の彼にとってどれだけ突飛な話であっても。
「死神、ね……」
「やる気のない声で言わないでください。怒りますよ」
「それじゃ、君は死神だということにしておくけど」
「しておくんじゃなくて、死神なんです」
人の言葉を遮って言い張る少女。ただの痛い子だったらどうしようと祐一は思ったが、頑張って話を続ける。
「もし君が」
「もしじゃありません」
「……本当に死神だとして」
「本当に死神です」
彼が何かを言いかけるたび、少女は尚も言い張るので、祐一はやむなく折れた。
「じゃあ分かったよ、死神さん」
「はい」
「えっとさ、さっきの黒いやつに何をしたの?」
「それはですね」
祐一が諦めて聞いてみた途端、死神(自称)の少女はさっきまでの意固地な態度をころりと変え、解説を始めた。
「無理矢理あの世に送ったんです」
「……」
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「あの世に……」
「死神の仕事ですから」
さも当然といった口ぶりで少女は話す。もういちいちリアクションを起こすのも面倒なくらいなので、祐一は半ば適当になりながらも聞いてみた。
「死神って、生きてる人の命を奪って魂をかっさらっていくものじゃないの?」
「なっ、なに人聞きの悪いこと言ってるんですか。わたしたち死神が運ぶのは、体を持たない魂だけです。もう既に命を失っておきながらこの世に留まっている、しかも悪意的な魂だけです。人殺しみたいに言わないでください」
「じゃあさっきのは悪意的な魂ってこと?」
「そうです。だから言ったでしょう、あなたの命を奪おうとしていたって」
そう言われると、少し身が寒くなるような思いのした祐一だが、あの変な黒い物体は気味が悪いから怖いのであって、命の危機を感じるほどの恐怖ではなかった。
それとも、明確な命の危険を察知できないほどに感覚が麻痺していたのだろうか。
どっちにしても怖い。もうあんな経験は二度としたくない。
また先程の瞬間を思い出して身震いする祐一に、少女は身を屈めるようにして訊ねてくる。
「あの、これで分かっていただけましたか?」
分かるも何も、説明されたところで理解できないことだらけだと祐一は思っていたが、それを口に出せば間違いなくこの少女は膨れるだろうと予測できたので、嘘ではない程度に言い換えておく。
「……うん、半分ほどは」
「……」
少女の表情が数秒ほど固まり、そのままフェードアウトするように無表情へと切り替わった。そして、「……まあいいです別に」とかなんとか、何かしら不満のありそうな様子で口の中でもごもご何かを呟く。
だが、それも僅かな間。少女はすぐに気を取り直すと、祐一を真正面から見つめ、どこか真面目な顔をして切り出した。
「それで、今度はわたしの方からあなたにお願いがあります」
「何?」
仮に彼女の話が全部奇想天外な本当のことだとして、命を救ってくれたんだとしたならそれはありがたい。しかしながら、それはそれ、これはこれ。内心の大部分で胡散臭いと思っている以上、そろそろこのよく分からない子の相手をやめて帰りたい、アイスも溶けるし……と思っていた祐一は、内心で急くように短く反応する。
ただ、続いた少女の言葉は祐一の心のバリケードをぶっ壊した。
「あなたの命、もらえませんか?」
「……は?」
彼のこの反応は、よく聞こえなかった故のものだろう。
そう判断したらしい少女は、若干ながら申し訳なさそうな態度をしながらも、きっぱりと言い直す。
「あなたの命を、わたしに分けてもらえませんか?」
しかし残念ながら、今の台詞はきちんと祐一に聞こえていた。
聞こえていたからこそ、またしても何を言っているのか分からずに、祐一は怪訝な声を出したのだった。
夏の宵。
草地に挟まれた道に、少年と少女が立っている。
彼の持つビニール袋の中で、アイスの箱の表面に結露してできた水滴が、週刊誌にじんわりと染み込んでページを濡らしていた。
フフーン! このボクが! 世界で一番! カワイイってことなんですよ! -
「…………」
互いに、沈黙。
祐一と、死神(自称)の少女の間には、無言の空気が漂っていた。
夏の夜の虫が、このだんまりの空間を何とか満たそうと頑張っているかのように、さっきよりうるさく鳴いている気がする。それ以外に、音はない。人の声はない。
「…………」
祐一は、目の前の少女をじっと見ていた。少女の方も、黙って祐一のことを見つめている。
睨みつけるわけでも悲しげな目をするでもガンを飛ばすわけでもなく、少女はただ真摯な目で彼のことを見つめていた。
祐一の握るビニール袋が擦れ、カサッという小さな音を立てる。
「……いや、無理だろ」
「……無理ですか?」
心なしか沈んだ風に聞こえる少女の声。その声を聞いただけで、祐一は何故か、自分が悪いのだろうかと僅かに良心が痛むのを感じたが、答えは変わらなかった。
言葉通りの意味なら、自分の命が懸かっているのだ。
「そもそも、生きてる人間の命を奪うことはしないんだろ?」
彼女はさっきそう言っていた。祐一が聞くと、少女は頷いてそれを肯定する。
「その通りです。死神は生き物に手を出すことはしません。けど……」
「けど?」
「……けど、わたしたち死神は、生き物の命なくして存在できないんです。存在するために命が必要なんです」
「……何それ?」
彼が聞き返すと、少女は黙ってしまった。少女の方も、自分が言っていることの内容は、充分分かっているのだろう。
それに、話の矛盾も。
「人間が動物とか植物を食べるみたいに、死神は人間を食べるのか?」
「それは、違います。でも、わたしは『人型』の死神だから。人間の命でないと合わないんです。……乾電池のサイズみたいに」
「それを食べるって言うんじゃないの」
「……違います。死神は、生き物ではありませんから。食事も、呼吸も、睡眠も、存在していくのに必要なことではないんです。死神が存在するのに必要なのは、生きとし生けるものの命だけ、なので……」
はぁ、と、祐一は小さな溜息をついた。少女は、相変わらず彼のことをじっと見つめている。
彼女の言っていることが本当かどうかは祐一には分からない。その上、あまり関係もない。死神についての話を色々聞いたが、それが実在するものだと信じたわけでもない。祐一にとって重要なのは、今この状況が、自分の命が自称死神に狙われている(としか思えない)ということだ。
例え心から信じていなくても、命をくれなんてお願いに迂闊にはいと答えてさっきの短剣でぶっ刺されでもしたら大変だと思うと、笑い飛ばすことができなかった。
「悪いけど、他の人を当たってよ。俺はまだ死にたいとは思ってない。こんな言い方すると人としてどうかと思うかもしれないけどさ、自殺志願者だってこの世にはいるだろ。そういうやつから命もらったらどうなんだよ」
祐一の言葉に、少女の表情が少し曇った。
「……それじゃあ、駄目なんです。死にたいと思っている人の命には、生きようとする気力がない。わたしたちが必要なのは、まさにそのエネルギーなんです。もし、そんな状態の人から命をもらったら、殺してしまうかもしれませんし……」
「……え? 殺してしまうかもしれない?」
予想外のフレーズに、祐一は思わず聞き返した。少女には何故祐一が聞き返したのか分かっていないようで、曇った表情のまま、頷く。
「そうです。そんなことは、わたしにはできません」
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祐一は、きっちり填っていたと思っていた歯車がずれたような、何かがおかしいという思いを抱きながらも、確認として聞いてみる。
「えっとさ、死神は人の命がないと生きていけないって言ったね」
「『人型』の死神なら、そうです。人の命がないと存在し続けられません」
「で、君もそうなんだよね」
「はい」
「それで、俺の命をもらえないかって、聞いてきたよね」
「はい」
「自殺志願者とかじゃ、何かよく分からないけど、命をもらおうとすると殺してしまうかもしれない、と」
「はい、生きる気力をいっぱい吸い取ってしまうことで、そうなってしまうかもしれないんです」
「……どのみち命をもらうんだから、殺すんだろ?」
「違いますよ!」
彼の言葉に静かに相槌を打っていた死神(自称)の少女だったが、祐一がまるでとんでもないことを言ったとでもいうのか、弾かれたように大袈裟なリアクションを返した。
「死神が生き物に手を出すわけがないじゃないですか!」
「いや、知らないよ……」
「出さないんです! もう、驚いたなあ……。だから、食べるだの何だの変なことを言っていたんですね?」
変なことと言われても、祐一は死神について学校で習ってきたわけでもないので、命をもらうと言われれば文字通りの意味にしか受け取れない。
祐一の方も驚かされたり冷や冷やさせられたりしたが、どうやら、人の魂を刈り取って冥界へ連れて行ってしまう死神、というイメージにあるような、命を全部奪ってしまう、という行為をするわけではないようだ。
(死神ってどんだけ平和主義なんだ……? もっと物騒な感じじゃなかったか……?)
少女を見ながら祐一は密かにそんなことを思う。この少女が本当に死神なのだとしたら、元来抱いていた死神というものの予想図とは、とてもかけ離れた姿だ。
「それじゃ……命をもらうって、具体的にどうするの?」
「生きようとする命のエネルギーを分けてもらいます。井戸から桶で水を汲み上げて、その分だけを生活水に使用するみたいに。丸ごともらっていったりはしません」
「それを先に言えよ……」
「言ったじゃないですか。『あなたの命を、わたしに分けてもらえませんか?』って、わたし、言いましたよ」
言われてみればそんな気もする。が、祐一は人との会話をきちんと覚えるタイプではないので真実かどうかは定かではない。
というか、さっきの状況では、命を丸ごと取られると思ってしまうのが普通だろう。
祐一が思い返していると、ふいに、少女は改めて祐一の顔をまじまじと見つめた。
「それで……少しだけだとしたら、あなたの命、分けていただけますか?」
「ん……っと」
緊張の瞬間は過ぎ去った(というか祐一の誤解であった)が、改めて命をよこせと言われてみると、どこかが揺らいでしまう彼を見て、少女はちょっとだけ顔をしかめる。
「わたしのこと、死神だって信じていないくせに、そこは立派に躊躇うんですね」
「結構きついこと言うんだな。……いや、いいけどさ……。……俺は死ななくていいんだよな?」
「わたしの存在に誓って言います。絶対です」
少女はまっすぐに祐一の目を見ていた。青銀の不思議な色の瞳と目が合う。
どうやら短剣でぶっ刺されることはなさそうなので、祐一は話を早く切り上げるため、観念した。
「……で、俺はどうすればいい?」
「ちょっと、片手を出してください」
言われるがままに彼が右手を前に出すと、少女の方も、握手をするように、祐一の手を両手で包んだ。
ひんやりとした女の子の手の感触に、祐一の右手にぞくっとした感覚が走る。この感覚は何か、命をとられようとしている体が反応しているのか。少女の髪が、またさらりと風に揺れる。
その体勢のまま、少女は静かに目を閉じた。
フフーン! このボクが! 世界で一番! カワイイってことなんですよ! -
「……おしまいです。ありがとうございました」
時間にして、わずか10秒ほど。手を放された祐一の方が、目をぱちくりさせていた。
あまりにあっけなく、何もなかったので、彼の方が虚を突かれてしまった。生きるエネルギーとか何とか言うものだから、激しい疲労感にでも襲われるのかと思ったら、そんなこともない。別にいつも通りの気分だ。
「……これだけ?」
「はい、これだけです。もっとたくさん吸い取ってほしかったですか?」
「別にそうは言わないけど。……こんなんで効果あるの?」
「ありますよ。わたしは今、元気いっぱいです」
「ああそう……」
にこっと笑って言う少女。こっちの方もさっきと大差ないように見えるのだが、彼女がそう言うならそうなんだろう、と祐一は思っておくことにする。何にしても、こんなところで死神に命を奪われて死ぬ羽目にはならなくてよかった。
それでは用件も済んだことだし、と祐一はコンビニの袋を右手に持ち替え、帰ろうとする。長いこと立ったまま左手で持っていたので、持ち手が食い込んで跡になってしまった。
「えっと、じゃあもういいよね。ま……、さよなら」
「あっ、待ってください」
危うく「またね」と言いそうになってしまったが危ないところで言い換えて少女に背を向けた祐一に、背後から声がかかる。彼にとっては、死神でも霊魂でも何でもいいから今後はもう関わりたくない一心で早く帰りたかったのだが、声をかけられた以上は仕方なく振り返る。
少女は先程の笑顔のままに言った。
「あの、ちゃんとお礼を言わせてください。命を分けてくれて、ありがとうございます」
「はあ……」
ぺこりどころか、ぺっこり、という具合まで頭を下げた少女に、彼は微妙な声で返事をした。実感としてはそこまで大層なことをしてさしあげた感じがしないのだ。
「それと自己紹介もしないで、失礼しました。わたしはアルミナっていいます」
「……アルミナ? ……姓は?」
「せい? あ、姓はないです。わたしの名前はアルミナだけです」
自らをアルミナと名乗った、死神(自称)の少女。祐一は、彼女のその独特な、頭のてっぺんは白銀色なのに先端の方になるにつれて濃い銀色に変わっていくその髪の色を見て、密かに頷いた。
「……酸化アルミニウムか、なんかそれっぽいな」
「何か言いましたか?」
「いや何も」
急いで否定してから、祐一はアルミナの視線に気付き、仕方なく自分も名前を名乗る。
「俺は真札目祐一。まさつめ、が名字だよ。よろ……いや、めんどくさい名前だから覚えなくていいけど」
今度は「よろしく」と言いそうになってしまい、際どいところで別の言葉に言い直した祐一。アルミナの方はその部分には気付かなかったようで、頬に人差し指を当てて考えるような仕草をした。
「真札目さん……ですか。随分珍しい名字ですね」
「うんまあ、自分の親戚以外では聞いたことがないかな。それじゃ、帰っていい?」
「はい、重ね重ねありがとうございました」
アルミナという名の、死神(?)少女に背を向け、祐一はすっかり遅くなってしまった家路を急ぐ。
ここでもし振り返ったとして、そのときに彼女の姿がなければ、全部変な空想や幻覚だったんじゃないかとまとめることができたかもしれない。道の脇の草むらも、夜道を照らす電灯も、何ひとつ普段見ている風景と変わらない。けれど、彼は振り返らなかった。
死神や霊魂というものが本当に存在するかどうかなんて、彼には確かめようがない。だからもう、今日のことは早く忘れてしまいたかった。
急ぎ足で家を目指す祐一。このときは、今日このコンビニからの帰り道で出会った奇妙な出来事の数々は、これで終わりになるはずだと、そしてこれで終わりであってくれと、そう思っていた。
フフーン! このボクが! 世界で一番! カワイイってことなんですよ! -
#2
「兄ちゃん、おっせーよ! どこのコンビニまで行ってきたんだっつーの!」
玄関扉を開けるなり、飛来して炸裂した男子顔負けのハイパーボイス。
耳を突き抜ける大声に、祐一は思わず2、3歩ほど後ろへ下がる。そして額に手をやりながら、玄関ホールに仁王立ちしている人が誰であるかを念のために確認すると……そのまま玄関扉を閉めた。
「すいません間違えました」
「間違えてねーよっ! 閉めんな!」
閉めたはずの玄関扉が、ぐおんっという風切り音まで上げて勢いよく開かれる。
そうなることを予想してさらに数歩後ろへ下がっていた祐一は、何とか玄関扉にぶっ飛ばされるのを回避することができた。
玄関で祐一の帰りを待ち構えていた人影は、腰に手を当てて言い放つ。
「つーか何でこんな遅いの? 10mごとに休憩しながら帰ってきたのかよ」
「色々あったんだよ、色々。お前には想像できないようなイベントがな」
「はあ? モンスターにでも襲われたの?」
「……割と近い」
腕をめいっぱい伸ばして玄関扉を開け放っているのは、祐一の妹様である、真札目日和。こんな口調ではあるが、一応、歴とした女子中学生である。
顔はそこそこ女の子らしさがあるので服装によってはそうでもないが、男子制服を着ればまず男子にしか見えないショートカット。勝気の過ぎた性格で、ひより、だなんてどこか弱々しさもある名前はどの角度から見ても似合わないと祐一は常々思っているし、本人もそれを自負していた。
下から睨みつけるような体勢になっている日和の頭を軽く押し、祐一は日和を家の中に押し戻しながら自分も家に上がる。
「ただいまー。……ほら日和、靴下で靴のところまで降りてきてんなよ。早く戻れ」
「兄ちゃんが悪いんだろ」
「俺のせいかよ」
左に靴箱、右に傘立て、特に珍しくもない一般的なスタイルの玄関。
靴を脱いでフロアに上がった彼が、呆れたようにそう言うと、日和は頬を膨らませた。
「そうだよ。こっちは兄ちゃんがなっかなか帰ってこねえから晩飯も食えないしさ。この暗い中何してたんだっつう」
幽霊に襲われたところを死神に助けられたんだよ、なんて今思い出しても意味不明な事実をそのまま説明するわけにもいかず、祐一は適当な答えではぐらかしておく。
「さっきお前が言い当ててたよ。モンスターに襲われてたんだ」
「バッカじゃね」
「……日和、お前兄に向かってその口の利きようは何だ」
べちっ! いい音が玄関ホールに響く。
「いってえ! 兄ちゃんこそか弱い女子にデコピンするなんて最低だ!」
「か弱い女子は『いってえ』なんて言わないよ」
二発目のデコピンの準備も整っている祐一を見て、額を隠して防御姿勢を取った日和は、話を変えるべく祐一の提げたコンビニ袋に目を向ける。
「そんでさー兄ちゃん、帰ってくんのに長いことかかってたけど……このアイス溶けてないよね?」
「さあ、それは開けてみるまで分からないな。開けてみるか?」
そう言われて素直にアイスの箱を受け取る日和。箱は既に湿気でしんなりしてしまっていた。
「ん、分かった…………って何これ。うっわ、普通に溶けてんじゃん。べったべただし。兄ちゃんなんでドライアイスと一緒に帰ってこなかったんだよ」
「ドライアイスは別の用事があったんだよ。溶けたって凍らせ直せば同じだろ」
「……もう、今度からわたしが自分で買いに行くから。兄ちゃん役に立たねー」
ばちっ!
「いってえ!」
「なら最初からそうしとけ」
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夕食後、自分の部屋に上がった祐一は、ベッドに座り込み……ふと、ついさっき自分が体験した怪奇現象について、思い巡らせていた。
(何だったんだか……)
アルミナと名乗った少女。あの子の話を、落ち着いた状態でゆっくり整理して思い出してみると、思い出せば思い出すほどに奇抜な話だった。
悪い幽霊をあの世に連れて行く、死神。漆黒のフード姿ではなく、あんな少女の姿をして、生き物の命を奪うことはしないというポリシーがあって、生き物の命を分けてもらって存在し続ける……とか何とか。
今更だが、日本語も通じていたし、笑ったり不機嫌になったりもしていたし、外見が変なこと以外は至って普通の人間と同じに見えた。
本当は全て変な小芝居だったのではないか……という疑念も未だ沸くのだが、あの黒いモノはどうしても何かで偽装したものとは思えない。そう思えないような、この世との違和感が確かにあったように彼は感じた。それにあの少女、登場時に物凄い速度で空から降ってきている。あれも特殊効果でどうにかなるものには思えなかった。
「…………本物、なのかなぁ……」
ぽつりと、誰もいない壁の方向へ彼が呟いたとき。
「それってもしかしてわたしのことを言ってるんですか?」
「うわっ!?」
まさか来るとは思っていなかった返事が予想外の方向から来て、祐一は思いっきりベッドから飛び上がった。掛け布団を引っ剥がして自分の盾になる位置に持ってきてから、恐る恐る声のした方を見る。
すると、部屋の窓が知らない間にいつの間にか開いていて、その窓枠の上に腕を組み、さらにその上に顎を乗せて、かなり気怠げな格好をしている謎の少女……いや、ついこの前会ったばかりの少女、アルミナが顔を覗かせていた。
祐一の方はもう二度と会うこともないだろうと思っていた、自称死神であるアルミナは、祐一が盾にしている掛け布団を一瞥し、薄い目をして言う。
「何してるんですか」
「それはこっちの台詞だよ! お前こそ他人の家の屋根に登って部屋覗いて何してるんだよ!」
「……んー……何って、特に何もしていませんよ。そんな風に言われると、わたしが怪しい者みたいじゃないですか」
「その通りだろ」
ゆっくりと掛け布団をベッドの上に戻し、注意深く窓際ににじり寄りながら、祐一はじーっと窓の外からこちらを覗いている少女を観察する。
特徴的な瞳と髪の色、それですぐにアルミナだと分かった。というか、そんな奇妙な色の髪や目を持つ者を彼は1人しか知らない。今日初めて出会って、今もすぐそこにいる誰かさんしか。
まだ何か、彼に用があるというのだろうか。
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びっくりも収まってベッドに座り直した祐一に、アルミナは僅かに口を尖らせて言った。
「そんなに警戒することないでしょう。お互い誰だか分かっているのに」
「2階の部屋の窓の外からいきなり声が聞こえたら誰だって驚くよ。それにほとんど知らない者同士だろ俺ら」
「名前と顔を知っていれば、それは知り合いというんです」
「どうでもいいけど、それより、もう一回聞く。何しに来たんだ」
「だから、何をしに来たってわけでもありません。ノルマが終わったので、寄っただけです」
「ノルマ?」
彼が聞き返すと、アルミナは組んでいた腕から顎を離して軽く頷いた。
彼女は2階の屋根の上にいるはずなのだが、それを微塵も感じさせないほど安定した体勢でいる。どういう格好で屋根の上にいるのか祐一は少し気になったが、それを確かめるためにベッドから立つ気は起きなかった。
そもそも、窓にだって鍵がかかっていたはずなのだ。
「あなたと別れたあと、悪い霊魂を4体ほどあの世に送ってきたので、今日のわたしの仕事はもう終わりです」
「…………」
人間の基準で考えると結構恐ろしいことをさらりと口にするアルミナ。思わず祐一は彼女の顔を見たが、アルミナは不思議そうな何でもない表情を返すだけだった。
そんなことはさも当然のことであるかのように。
この表情ということは、今のは本気で言っているのだろう。こいつはマジで死神という存在なのか、それか完全に頭がおかしい人だな、と祐一はひっそり思う。
そして、彼にはその見極めができないから困るのだ。
「まあ、その死神とやらの仕事を終わらせたのは分かったけど」
「死神の仕事です。とやらはいりません」
「……。死神の仕事を終わらせたのは分かったけど、それで何で俺の家に来たわけ?」
「何で、と聞かれても……」
ここで初めて、アルミナは返事に困った様子を見せた。
居心地悪そうに腕を組み直し、俯いて窓枠の隅を見つめ、答えづらそうにしている。が、祐一が声をかけてみる前に自分から口を開いた。
「……暇だったので」
「暇って理由で不審者みたいなことすんなよ」
「してませんよっ」
「いや、してるよ」
がばっとアルミナは体を持ち上げ、窓の外から中へ身を乗り出すようにして反論してきた。祐一としては、そんなに激しく動かれて屋根から落っこちでもされたらたまったものではないのだが、アルミナの方はまるでそんなことを気にする必要もないのだろう、窓枠いっぱいに立ち上がる。
「じーっと見ているだけならそれは不審かもしれませんが! こうして話しているんだから不審じゃないはずです!」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「とにかく、わたしは何もすることがなくて暇なので、知り合いのあなたのところへ遊びに来たんです」
堂々と宣言され、祐一はその場で絶句した。
遊びに来たと軽く言うが、この少女に家の場所を教えた記憶はない。いつ遊びに来るほどの仲になったよ、と言ってやりたかったが、それは我慢した。代わりに、適当に戻していた掛け布団の形を整えながら彼は言う。
「他に知り合いいないのかよ」
「いませんね」
カウンター。祐一はその場でまた絶句した。
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「いや、いるだろ? 1人くらいは。死神ってまさかお前1人だけなんてことはないよな」
「あ、死神の知り合いはいますよ」
「いるんじゃん」
知り合いがいない、という言葉を文字通り受け取っていた祐一は、ほっと肩の力を抜いた。
だがアルミナの方は、少し小難しい顔になる。
「いますけど……、言うなれば同業者というだけです。死神は大体いつも1人で行動しますし……。他者とあまり関わろうとしないから、口数が少ないのとか、わたしみたいなのが嫌いなのとか、そういうのばかりなんです。人間が持っている陰湿な死神のイメージって、結構正しいんですよ」
「へえ……。それはつまんないね」
「そう思いますよね!?」
「わっ!?」
何気なく感想を述べてみただけなのに、アルミナはどこが沸点だったのか、また窓の外から内へ身を乗り出すようにして食いついてきた。
さっきから彼女に驚かされっぱなしの祐一は、何の気休めにもなりはしないが、一応ベッドの縁を掴んでおく。
「ですからわたしはうんざりしていたんです。たまに気のいい死神と会っても、その死神は『人型』じゃなかったりして」
「人型?」
「はい。わたしは『人型』の死神なんですけど、死神には、動物の姿をしたものもいるんですよ。たとえば猫とか」
それを聞いた祐一の脳裏に、青い目をした黒猫が、アルミナと同じように窓に前足をかけて、色々とわけのわからないことを喋りまくっている図が浮かんだ。
……いや、動物の姿をした死神とやらとは、話をすることができるのだろうか。
しかしまた、信じろと言われると厳しい話が飛び出してきた。ここまで来ると、別世界の物語の設定を聞いているかのようだ。人型だの猫型だの……。
「でも、やっぱり人以外の姿をした死神とは、どこか感覚が合わないんです。上手く言えませんが、高校生と小学生との間で友達付き合いをしようとすると、違和感があるみたいに」
「で、同じ人型で感覚の合う俺ってことか? 俺は死神じゃないんだけど」
「そんなことは知ってますよ。死神じゃないからいいんです。わたしのことを知っていて、わたしとまともに話してくれる人なんて、あなたくらいですからね」
窓の外でにこっと笑ってみせるアルミナ。
端から見れば、なんて奇妙な状況だろうか。というか、今更だが外で誰かがアルミナの姿を発見していたらどうしよう。間違いなく不審者に見えるだろう。
妙に焦りを覚えた祐一だが、今はそのことは置いておいて、アルミナとの話に戻る。
「じゃあ、もっと他の人間に自己紹介して仲良くなったらどうなんだよ。俺じゃなくたってよくない?」
「それは、そうかもしれませんけど」
考え込むような素振りをしたアルミナは、ちらりと祐一を見た。
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「あなたは偶然わたしと霊魂に出くわしました。普通だったら、こんな失態は起きないので……。本物を見たあなたなら、わたしの話を信じてくれるかなと思ったんです。……実際は、そうでもなかったですが」
言いながらアルミナの視線が厳しくなった。その視線から逃れるべく、祐一は余所を向く。アルミナの言う通り、あれだけのイベントに遭ったとはいえ、彼女の話を全部信じたとはとても言えないのだ。
アルミナも、これだけ疑り深い人間ではなく、オカルト話が大好きなやつに出会えばいいのに、と祐一は思う。そうすればみんな満足だろうに。
「ただわたしが、自分は死神だと言っても、普通の人は信じてくれないですよね」
「まあ、そうだろうな。暑さで頭がどうかしちゃったんだろうと思うだろうな」
「…………。だからあなたがあの場所で霊魂に襲われてくれたことは、わたしにとってラッキーだったんです。わたしの話を信じてもらえないとしても、霊魂のことはその目で見たんですから。さすがに見たものをなかったことにできるほど、幸せな頭はしていないでしょうし」
祐一が「暑さでどうかした」なんてことを言ったからか、厳しい目のアルミナの口調には辛辣な棘まで加わった。
墓穴を掘っただけではあるが、いよいよ辛い立場に陥った祐一は、急いで話を続けるべく発言する。
「でもさ、なら死神とかそういう話はしないで、普通の人間になりきって人と仲良くなればよくないか?」
「……何て話しかければいいんですか?」
「それは知らないよ。でも、死神のことを説明するのがどうっていう縛りを無くせばいいんじゃないのか。それに、会ってすぐじゃなくて、後からバラすことだってできるだろ? そしたら、別に相手は俺じゃなくたっていいだろうし」
「俺じゃなくたっていい……」
何故かそこだけピックアップして繰り返したアルミナは、数秒間黙り込んでしまった。
「…………あなたはもしかして、わたしのことが嫌いなんですか?」
そしていきなり、アルミナの声が寂しげなものに変わった。
「えっ?」
「そうですか? だからわたしと関わりたくなさそうにしているんですか?」
「いや、特にそんなつもりは……」
唐突な彼女の反応の変化に戸惑い、そう言った祐一だが、面倒なことになりそうだから関わりたくない、という気持ちが彼の中にあるのは事実だった。けれども、かといってアルミナのことが嫌いなわけではない。それほどよく知りもしない相手を嫌いになる理由もない。
アルミナがあまりに寂しそうな声を出すものだから、祐一はつい謝っていた。
「ごめん。そう聞こえた?」
「はい」
窓枠の上で腕を組み、その上に顎を乗せるという最初の形に戻っていたアルミナは、はーっと長い溜息をつき、おもむろに話を切り出した。
「人間とどうしたら仲良くなれるのか、わたしには分からないんですよ。何を話せばいいのかも分かりません。何のきっかけもなく目の前に現れたら、変だって思いますよね? わたしはこんな格好だし……」
「格好が変だっていう自覚あるんだ」
「……あくまで、人間から見て変だということは分かっています。死神から見たら変じゃないです」
釘を刺すように言ったアルミナは、脱線した話を再び線路の上に戻す。
「だから話しかける勇気なんてなかったんです。そうしたら、今夜、あの出来事があって、あなたの目の前に出て行かざるを得ない状況になりました。でもそれはわたしにとっては、初めての知り合いを作るチャンスでした。わたしには今まで、知り合いと呼べる人はいませんでしたから」
「そうなんだ」
「そうなんです」
半分観念したように祐一が呟くと、アルミナは大真面目な顔で頷き返した。
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「じゃあ何か、お前の用って、暇潰しの話し相手になれってこと? 話の合う人間として、知り合いになってほしいってことだよな。だからわざわざ部屋まで来たんだろ」
「なってくれたら嬉しいです」
「……卑怯な言い方しやがって」
「何とでも言ってください」
祐一は溜息をつく。
アルミナは、仲間である死神とは、死神の特性上そんなに仲が良くないという。ということは、有り体に言えば友達のいない寂しい生活を送っているということだ。
知り合いのいない中で初めて知り合えた価値観の似た人間である自分。その自分が、お前とは知り合いになりたくないと断ってしまったら、それは誰からしてもアルミナが可哀想な立場になる気がする。と、迷惑している祐一の方でさえ思う。自分には何の非も無いとしても。
進んで関わりたいとは思わない。いや、思えないが、誰も話し相手がいない寂しさくらいは祐一にも分かる。アルミナが今までずっとそんな状態で過ごしていたというのなら、自分でも不思議なことに、突っぱねようとは思えなかった。
命を吸い取られたり部屋までやってこられたり、既に様々な目に遭っているのだ。彼はほぼ自棄になっていた。
何で溜息をつくんですか、とでも言いたげな目のアルミナに、祐一は疲れた声で告げる。
「いいよ別に、話し相手くらいなら。ただ今度からは窓ノックするくらいはして」
「ありがとうございます!」
「おい、屋根の上でぴょこぴょこ跳ねるなよ! 突き抜けたらどうしてくれるんだ」
「わたしはそんなに重くないですよ」
そう言いつつも跳ねるのはやめたが、アルミナは嬉しそうな顔のままだった。彼女のグラデーション銀髪が、跳ねた煽りを受けて揺れている。この髪も、染めて人工的に色を付けたわけではないということだろうか。
「ところでさ」
祐一は窓際に一番近いベッドの端に移動すると、アルミナに話しかける。
「はい、何ですか?」
「俺がその……霊魂、だっけ? それに襲われたときのこと、君は不手際とか失態とか言ってたけど、あれどういう意味?」
「あっ……えっと」
綻んでいたアルミナの表情が一気に気まずそうな表情へと切り替わり、祐一から目を逸らした。文字通りの意味だったのか、と内心で納得する祐一に、彼女は意味を解説する前にまず念を押した。
「あの、怒らないで聞いてくださいね?」
「ああ、うん」
「……あなたと会ったのとは別の場所で、わたしがあの霊魂と対峙していたとき、わたしが油断したせいであの霊魂に一旦逃げられてしまったんです。逃げた先で、あの霊魂はあなたを襲ったんです。わたしが気を緩めずにさっさとあの世送りにしていれば、あなたは襲われることもなかったんです」
「へえ」
「だから、その……ごめんなさい。それは、本当はもっと早く謝っておかなくちゃいけなかったんですけど……」
申し訳なさそうに項垂れたアルミナだが、祐一はそれを聞いても怒るようなことだという気がしなかった。大方の理由はよく分からないからなのだが。
それよりも、彼の方こそアルミナに言うべきことがある。
「原因は何だっていいんだけど、あの霊魂は俺の命を奪おうとしていたって言ったよね」
「はい。……それもきっとわたしのせいです」
「だから俺はお礼を言わなくちゃいけないと思って」
「えっ?」
全く想像もしていなかった言葉が来たからか、アルミナは顔を上げて目をぱちくりとさせた。祐一はちょっとだけ逡巡してから、その目をぱちくりさせたアルミナを見る。
「命を取られそうになった俺のこと助けてくれたんだろ?」
「……えっと、たぶん、そうなるかもしれません」
「だから、ありがとうな。本当はもっと早くお礼を言わなくちゃいけなかったんだろうけど」
「いえ……」
アルミナには、自分の台詞が真似されて返ってきたことも分からないようだった。あからさまに照れた彼女を見て、もしかしたら面と向かって感謝されたことなんてないのかもしれないと祐一は思う。彼女の話を信じるなら、こういう上向きのコミュニケーションなんてとったことがないのだろうし。
少し下を向いてはにかんでいたアルミナだが、ふと思いついたように顔を上げた。
「あ、もしかして」
「何?」
「そんなことを言うってことは、わたしが死神だってこととか、信じてくれたんですか?」
「いや、それは微妙かな」
アルミナは思いっきり膨れた。
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#3
次の日の朝、祐一は、がさごそと物を漁るような物音で目が覚めた。
きっと自分は夢を見ていた。
彼は目を閉じたまま、がさごそ音をBGMに、見ていた夢について思い返してみる。
生まれて初めて、幽霊というものに出会った。そして、少女の姿をした死神に助けられ、一度は別れたものの、部屋の窓越しに再会し、なんと流れで話し友達になってしまった。
実際に起こったなら到底信じられないだろう。自分の頭がおかしくなったと思うかもしれないし、その場でさっさと逃げているかもしれない。
何てったって死神だ。怪談話にだって滅多に登場しないものだ。
こんなに長い夢は人生史上初の経験だったと、祐一は目覚めても目を開けずにしばらく、じっと感慨に浸っていた。現実味がないのにリアリティのある夢。こんな夢はもう二度と見られないかもしれない。がさごそという音が耳に煩わしい。祐一は寝返りを打ち、夢の回想を続けていく。
夢は、起きている間に経験した出来事や、頭で考えた事柄を、寝ている間に脳が勝手に再現することで見られると聞く。夢に出てきた、自分は死神だと主張していた少女は、今まで見たこともない格好をしていた。かと思えば、妹や両親といった自分がいつも見ている人々も登場していた。さすが夢というものはごちゃごちゃな世界を作るものだ。がさごそという音が本当に耳障りだ。
がさごそ。
がさごそがさごそがさごそがさごそ……。
「…………」
祐一は閉じていた目を開く。
そして、心の底からうんざりした声で、彼はがさごそという音を立てている張本人に向けて声を掛けた。
「…………なあ、お前何してんだ?」
彼の視線の先には、壁際にある祐一の腰ほどの高さしかない小さな本棚を、床に女の子座りになって漁っている少女の姿があった。
色の濃淡が異なる銀髪に、青銀色の瞳をした不思議な顔立ちの少女の名は、アルミナ。
昨日のアレは、もちろん夢などではなかった。
本棚からマンガなどの本を引き抜いては、床に積んだりぱらぱらめくったりと忙しなく手を動かしていたアルミナだが、祐一の声に、手を動かすのをやめて彼の方を見た。
「あっ、起きたんですか? おはようございます」
「起こされたんだよ。その人の本棚勝手にいじってる音に」
「……ごめんなさい、暇だったので」
「その理由好きだな」
暇なら朝の散歩でもしてくればいいのにと思いながら、祐一は体を起こし、掛け布団を二つに折り曲げる。そうして、一旦体をぐっと伸ばしてから、どこか楽しげに本棚を漁るアルミナに……とても大事なことを訊ねてみた。
「いつからそこにいた?」
「昨日からずっといたじゃないですか」
予想はしていたが、受け止める準備はしていなかったその言葉に、祐一は体が再びベッドに倒れ込むような気分を覚えた。
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ふらっと体を傾けた祐一の様子を見て、アルミナは抜きかけた本を元通りに戻し、少し心配そうな顔つきで彼を見つめる。
「大丈夫ですか? わたしのせいで寝不足になっちゃいましたか」
「……大丈夫だけど、1つ聞きたいことが」
「はい」
「何でここにいるの?」
そう問われたアルミナは、質問の真意を汲み取りかねて、きょとんとした。
「あなたが部屋に入れてくれたから、だと思いますけど……」
「そうじゃなくて」
祐一は額に手をやる。そんな彼の動作を、心底不思議そうに首を傾げて見ているアルミナ。
彼の記憶では、いつまでも窓を開けっ放しでいられると寒いし、外を通りがかった人に屋根の上のアルミナを見られたら騒ぎになりそうだから、一旦アルミナを部屋の中に招き入れた。それは事実として覚えている。だから、彼女がどうして部屋の中にいるのかということを気にしているわけではない。
そうじゃなくて。
アルミナの言動から察するに、何故か一晩中この部屋にいたらしいということが問題なのだ。
祐一は彼女をこの家に泊めた覚えまではない。
「……俺、君を帰らせなかったっけ?」
「いえ、あなたはそういうことを言う暇もなく寝てしまいましたよ。だから、わたしは帰った方がいいのか、それともこのままいていいのか、分からなかったので、いました」
「マジかよ……」
祐一は必死で頭を揉みしだいてみるも、アルミナを家に招き入れたあとがよく思い出せない。昨日の一件で、自分はそんなに疲れていたんだろうか……というほど、あっという間にぐっすり眠ってしまったようだ。
まあそれはまた別の時に考えるとして、祐一は矛先をアルミナへと向ける。
「——ていうかさ。何で君はそこで、この部屋に残る方をチョイスしたんだよ」
「だめでしたか?」
「別に駄目じゃないけど……って、いや、駄目だろ。男子高校生の部屋だぞ? 抵抗ないの?」
抵抗あるなし以前に、互いの了承もなしに同じ部屋で一晩過ごしてしまったのは、はっきり言って青少年何とか保護法等から考えたら良くないことだと思われる。そしてさらに、それはもしかしたら彼の方の責任かもしれない。
そう少しばかり後悔しながら聞いてみると、ふむ、とアルミナは顎に手を当てて何か考え始めた。
その間に、祐一は壁に掛かっている時計を眺めた。部屋をあてがってもらったときから活動しているそのアナログ時計は、長針と短針で時計が縦にほぼ二分されていた。つまり、現在時刻は朝の6時ちょっと過ぎ。
こんな少し早めの時間に起きても、何もすることがない。祐一が仕方なく、畳まれた布団を押しのけ、大きな欠伸をしたとき、アルミナが考え考え彼に話しかけた。
フフーン! このボクが! 世界で一番! カワイイってことなんですよ!