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旧タイトルは『魔王と十三人の子供』
お久しぶりです。今までサボってて申し訳ありません。
旧タイトル版と比べて色々と設定が変わってますので、別物として読んだ方がいいかと思います。あと、展開を早くしました。
四話までとそれ以降では文体が結構変わってますし、個性的なキャラに対して話が厳しいのでグロも割と手加減はしないで書いています。(例えば、人体欠損・顔面破壊)そういうのが苦手なのであれば読まないほうがいいと思います。
不定期に来るかもです。
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一、霧に潜るもの
深い霧に包まれた道の中で聞こえる音は馬の足音と、それに引かれる馬車の揺れる音だけであった。道の両脇にある暗い森は、霧の中を潜る馬車の向かう先がどんなに不吉なものかを示しているように思える。
「さぁ、旦那——。そろそろ着きますぜ」
石造りの立派な門を目にした馬車乗りの男は、大剣と鎧を身につけた青年に声をかけた。青年は名を"ノルディス"と言い、どうやら無愛想な性格のようだ。実際、その証拠に、青年ノルディスは「そうか」と一言しか馬車乗りに言い返さなかった。
暫くして馬車乗りはそんな彼の顔を見て申し訳なさそうな顔をする。同時に、彼は何か言いたそうだった。
「言いたいことがあるなら言え。怒るつもりはないさ」
ノルディスのその言葉は、口篭らせている彼の真意をを見透かしているような口ぶりだった。
図星をつかれた——、そう思った馬車乗りは観念したかのように口を開く。
「——申し訳ねぇですが、ここいらで下ろしてもいいですかね? 剣握っていた頃は怖いもの無しだったあっしでも、この町だけはダメなんです。
さっきの口ぶりからして、旦那も知っているんでねぇですか?
この町の秘密に手ぇ出しちまった人間の殆どが、この町の中で何処かに消えちまうんですよ……。あっしがこの町に贈った人間の中にも居ました。
噂によると、そいつらは、時々出没する"鱗の化物"によって食われちまったり、あの"オヴェン・マルシェ"が持ってる"金の精錬所"の動力源の火の燃料にされちまったとか——。
例えそれが嘘だとしても、そもそもの町の雰囲気があれですから、この町には近づきたくねぇんです……」
「だろうな」
ノルディスはあっさりと言い放つ。
青年はこの霧の中で空を見上げ——、その後、馬車乗りに「じゃあ、止めてくれ」と頼んだ。
「——ありがてぇ限りです」
馬車乗りはノルディスに頭を下げる。
馬車乗りが馬を止めた後、ノルディスは馬車から降りた。土が少し沈む感触がする。
「ノルディスの旦那——、あんたは立派な人だ。
あっしはもうみすぼらしい中年ですが、旦那はまだ若い。
どうか生きて帰って、旅の途中で話していた"幼馴染の女の子"と幸せになってくだせぇ」
馬車は向きを変えて、来た道を戻っていった。
それを見送るノルディスはある言葉を頭の中で思い返す——。
どうか生きて帰って、あの時に言っていた"幼馴染の女の子"と幸せになってくだせぇ——。
"幼馴染の女の子"とは、あの時——、彼があの馬車乗りと共に、"カリティア帝国"の中央地方にある"帝都"から、東部地方の東の果てにある港町までの旅の途中で、彼自身が語った銀髪の少女の事である。
その少女の名前は"アリテル"と言う。ノルディスよりも二歳年下の明るい少女で、"明るい"という点だけで言えば、ノルディスとは性格は逆であった。
だが、それでもノルディスと彼女の関係は特別であり、それが彼を強くし——、同時に彼を弱くしていた。
「俺はどうであるべきなんだろうな——」
ノルディスは独り、静かに呟く——。
不定期に来るかもです。
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二、 公爵
これは一週間前の"帝都"での話である。
ノルディスは"建前上"、カリティア帝国で大きな力を持つ権力者の一人である"オルダイン公爵"の直属の兵士として働いていた。
オルダイン公爵は、帝国の発展へと繋がる技術を生み出すという功績を何度も上げている、天性的な才能を持った発明家である。そして、好奇心旺盛かつ紳士的な性格の好青年としてでも知られていた。
故に帝国の市民たちは彼の人物像を、"大きな功績を何度も上げた好青年"として描いているが——、その人物像は、彼が謎多き存在だということを示唆している。
彼のことを神童だと呼ぶ者も居れば、若い青年の姿は影武者だと思っている者も少なくはない——、挙げ句の果てには悪魔と禁断の取引を行ったと騒ぐ者も居るくらいだ。
実際、彼の正体を知る者はとても少なかったが、"建前上"として彼に仕えている兵士であるノルディスは、その数少ない人間の内の一人であった。
扉を叩く音がしたので、ノルディスは少し嫌そうな表情をしながら「入っていいぞ」と扉に語りかけた。
すると、片眼鏡を掛けた立派な身なりの好青年が「その言葉を待ってました!」という、大袈裟な言葉を発しながら、元気よく扉を開けて入ってきた。
ノルディスは明らかに呆れた表情をしている。理由はもちろん、幼馴染のアリテルに通ずる、彼のやかましい動きなのだが、同時に、このやかましい好青年が"オルダイン公爵"本人であるということが彼の感情を増長させていた。
「ちょっとお願いがあるんですが、これからあなたにはお使いに行ってもらいます。」
公爵が発したその言葉に、ノルディスは「お礼付きのお願いなら行ってやってもいいが」と言ったが、彼は「まぁまぁ、たまにはタダ働きもいいじゃないですか。真面目にやればいつもの倍は善人気分を味わえますよ?」と言いながら、一枚の開封済みの手紙を渡した。
公爵は少し念を押すような口調で「内容を覚えたらすぐに、そこの暖炉の中に入れてくださいね」とノルディスに告げたので、どんな事が書いてあるのだろう、と奇妙に思いながら手紙を読んだ。
『オルダイン公へ
あなたに贈りたいものがあります。
"スキューゼ"の盗賊ギルド"にそれを預けているので、何とか連絡を取って、それを受け取ってください。彼らによると今週の木曜日に届けるそうです。
オヴェン・マルシェより』
ノルディスは手紙を封筒ごと、近くにあった暖炉の中に捨てて燃やした。
「貴族様方が普段はどういう文通をしているのかは知らねぇが、その"オヴェン・マルシェ"とかいう奴と仲がいいのか?」
公爵がすぐに首を横に振ると、ノルディスは手紙の内容のあまりの突拍子の無さに思わず苦笑いをしながら、今度は「じゃあ盗賊はどうだ?」と彼に聞く。
すると、今度は首を縦に振った。ノルディスの笑みは風に飛ばされる砂のように消え、意外そうな表情を浮かべる。
"スキューゼの盗賊ギルド"の事はノルディスも知っていた。その実力と人脈関係によってとても大きな力を持つ盗賊ギルドだが、実際の行動からは盗賊というより義賊に見える。しかしそれでもノルディスは、公爵と盗賊ギルドが関係を持っているとは思ってもいなかった。
「まぁ、実際に会ったのはそのリーダーさんと交渉人の方だけなんですけどね。よく実験の材料とかを集めてもらってます。
それと、実は彼らと取引する時は、予め、取引の時間と場所と合言葉を決めているんですよね。勿論、ある規則によって、それらは変わりますが」
公爵はポケットから一枚の紙切れを取り出し、それをノルディスに手渡した。
「では——、時間になったらここにお願いしますね」
公爵との話を終えたノルディスは飯を食べた後、帝都の中で最も有名な大通りである"英雄の道"へ出た。
英雄の道とは、皇帝の住む城である"カリティア城"から北部地方の首都にある"英雄の城"まで繋がっているカリティア帝国で最も長い公道でもある。
ノルディスはここに自分が少し憧れている伝説があることを思い出した——。
——◇——
オルダイン公爵
『そういえば知ってましたか? この道には伝説があるのです。
"民が暗黒の王により苦しむ時、北の果てから三人の勇者が光の如く現る——"と言い伝えられているのですが、ノルディスさんは意外にそういうのに憧れる性格ですよね?
なんでそう思ったかですって? まぁ、兄に似ていると思ったので……』
——◇——
英雄の道を、城とは反対側に歩いて約十分、ノルディスは人気のない裏路地の中に入り、T字路を左に曲がってすぐ先にある古い家の前に立ち、扉をノックした。
すると、中から少女の声で「悪とは——」と尋ねられたので、ノルディスは「等価交換を守らぬこと」と答える。
扉の鍵が開く音がしたので、ノルディスは扉を開けて中に入った。相手が相手なので少し警戒をしながらだが。
不定期に来るかもです。
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三、襲撃者
入ってまず部屋を見渡すと目の前のテーブルに、透き通った様に美しい、白い少女の姿が見えた。そのあまりの美しさにノルディスは警戒を忘れ、そのままじっくりと見つめてしまう。
「お使いの人、鍵閉めて!」
いつの間にかすぐ傍に居た背の低い黒髪の少女の声にノルディスは驚きを隠しつつも、「すまない」と言いながら扉の鍵を閉めた。
"すぐ傍に居た"とは言ったものの、その声がノルディスに合言葉を求めた声と同じだと気付いた瞬間、実は最初からここに居たのではないかと彼は思い始めた。
「どなたかいらしゃったのですか?」
今度は白い少女が口を開いたので、黒髪の少女は「公爵様のお使いの人が来たよ!」と明るい声で答えた。二人は非常に仲がよさそうである。
白い少女は、その呼び名の通り、肌も髪も白かったが、瞳の色だけは常に目を閉じているせいで調べることができない。どうやら、彼女は盲目のようだ。かわいそうに。
事は早めに済ませるべきだと思ったノルディスが黒髪の少女に「このお嬢さんを公爵の所まで連れていけばいいのか?」と聞くと、彼女は大きく頷いた後に「大切にしてね!」と笑顔で答えた。
予想以上に元気な盗賊ギルドの少女に、ノルディスは意外そうな表情ををする。
「"バレイア"と言います。公爵の所まで、どうかお願いします」
白い少女"バレイア"はその場で立ち上がって深々と頭を下げたので、ノルディスはそれを見届ける——、すると、彼は何処からか危険な気配を感じた。
その瞬間、ノルディスはまず、その気配が白い少女"バレイア"のものでも、黒髪の少女のものでも無いことを確認した。どうやら、黒髪の少女もその気配に気付いている様子である。
二人が耳を研ぎ澄ませると、何人かがいっせいにこちらに近づいてくるのが分かった。大体、四、五人くらいだろうか。
「ウソ——、なんで気付かれたの——?」
黒髪の少女は少し怯えている様子だった。そんな彼女をノルディスは「心配するな。俺が何とかする」と励まし、その後に何か逃げ道はないかと聞いた。
彼女によると、盗賊ギルドが用意した七カ所の取引場所の内、ここだけが逃げ道が用意できなかった唯一の場所らしい。——となると、彼はこれから来るであろう襲撃者たちに一人で立ち向かうしか無い。
ノルディスはまず、黒髪の少女とバレイアに机の陰に隠れるよう頼み、部屋の照明のランプも手前のもの以外は全て消した。窓がない部屋だったので奥は真っ暗だ。
そして、彼は背中にかけてある大剣の柄を掴みながら、襲撃者を扉の横で待つ——。
暫くして、足音が自分の直ぐ傍で消えた。いよいよ来ると思ったノルディスは手をいっそう強く握る——。
大きな音と同時に扉が吹き飛ばされた後、ノルディスはすぐに大剣を構え、入り口の間で三人組の男と対峙する。三人組は全員、剣を持っていた。
「お前らは誰だ……」
「そんな質問に答えたら、2つの意味で俺たちの首が飛んじまうぜ。それにお前はここで死ぬから必要性すらねぇだろ?
——って言いてぇ所だが、武器を捨てて、大人しく何処にお嬢さんがいるか教えたら、生かしてやろうか。飽くまで金のためにやってるだけだからな」
ノルディスは暗闇に隠れているあの二人が気付かれてないという事に安堵した。あの黒髪の少女は盗賊だから隠れることには熟達しているのだろう。
おかげで、ノルディスは精一杯に暴れることが出来た。
「そうか——、そうだな。俺も血に飢えている訳じゃねぇ」
ノルディスは降伏するかのように大剣を思いっきり床に突き刺し、その手を離す。
「よーし、それでいいんだ……」
敵は安心した——。
その隙を突いて、ノルディスは正面に居た男の髪を鷲掴みにし、彼の頭を地面に突き刺した大剣の柄に叩きつける。彼は白目を剥いて気を失った。
すぐに、残った二人の男は同時に斬りかかろうとしたが、ノルディスの盾のように硬い腕甲でどちらの攻撃も受け止められ、彼の強い力によって弾き返された。彼らが体勢を崩したのを確認したノルディスはすぐに左の敵の顔面をまっすぐ殴り飛ばし、右側の敵の武器をはたき落とす。
ノルディスはこの敵から情報を得るために、彼の胸ぐらを掴んで粗暴に部屋の中へ連れ込み、部屋の中で男の体を壁に叩きつけて「このしがないタダ働きのお使いに情報を恵んでくれないか」と静かな口調で脅す。すると、あっさりと敵は情報を話してくれた。
「は、話すよ! 俺たちは傭兵だ! ほら、あの"南部地方"の——」
そこまで聞いたところでノルディスは後ろから殺気を感じたので、男を掴んだまま横に転がり、殺気の主による、強烈な音と共に放たれた攻撃を避けた。
掴んでいた男の頭を床に強く叩きつけた後、ノルディスは殺気のする方向を振り向く。
殺気の主は背の低い小柄な男だったが、精巧に作られた皮の鎧を見る限りは傭兵の中でも上の階級だと予測できた。だが何よりも目についたのは、彼が"銃"を持っているということだ。彼はそれを見せつけながら「動くんじゃねぇぞ——」とこちらを脅してくる。
銃は殺傷力が非常に高い上に、遠距離での攻撃手段の中でも弓や一部の魔法と違って、瞬時に攻撃できるという利点尽くしな武器なのだが、その性能の高さと普及率の低さ故に非常に高価であった。
ノルディスはいつもは怪物相手に戦うことの方が多かったので、銃のことは知ってても、それを持った敵を相手に戦ったことは今まで一度もなかった。今回で初めてである。
「お前がこいつらのリーダーか?」
冷静な口調で尋ねるノルディスに対して、銃を持った男はこちらを嘲笑いながら「ああ」と答えた。
「にしても、よくやってくれたじゃねぇか……、俺の手下三人も相手にして無傷で済むなんてよォ——。 それに一人も殺さずにな!」
下品に笑い出してきた男にあからさまな嫌悪感を覚えたノルディスは今度は「お前らのような小物を殺してやるほうが難しいからな」と言い返す。
その言葉を聞いた男は一旦笑い上げるのをやめて、銃をノルディスの方に向けながら、彼の方へゆっくりと近づいてきた。
「あー、そこなんだよ……。俺もな、お前みたいに化物染みた強さを持っているわけじゃねぇから、おまえを生かすより、殺す方が難しそうだと思ってんだ。俺とお前の距離がこんくらいしかなくてもな」
男は銃を煌めかせた。銃口はノルディスの頭の方を向いている。彼の言った通り、ノルディスの頭から銃口までの距離は平均的な人間の腕の長さも無い。ハッキリ言えば、かなりまずい状況に立っている。
「そこでだ! 事は穏便に進めようじゃねぇか。お互いに殺しあう事もない、平和的な取引だ。お嬢さんを渡せ」
ノルディスは彼女と黒髪の少女がどうなっているか見ようとしたが、あの男も銃を近くで構えながらこちらを見つめている。これは、うかつに彼女たちの方を見てしまうと場所を気付かれてしまうことを意味していた。
久々に命の危険を感じたノルディスはアリテルの顔を脳裏に思い浮かべる——。
その時、横から直線を描いて投げられたナイフが、男の銃を持った手を貫いた。彼はその苦痛に悲鳴を上げ、銃を落とした。
「お使いの人! 今だよ!」
黒髪の少女の声とと共に、ノルディスはすぐに動き出し、男の髪を鷲掴みにして体を持ち上げた。
男からはさっきまでの威勢の良い表情は消え、代わりに、手と頭部の苦痛に叫びながらすっかり怯えている表情が現れていた。
「そもそも人の取引の間に割り込んだ時点で、お前が言う平和的な取引が成り立つはずもなかったな」
ノルディスの静かでありながら貫禄のある声に、男は「どっ、どうすれば許して——」と涙ながらに言葉を返す——。
「黙って何もしなければいい。至って簡単だ」
ノルディスは男の頭を今度は両手で掴み、顔面を膝で蹴った。彼の骨から嫌な音が響く——。
不定期に来るかもです。
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四、 アリテル
襲撃者たちを倒し、無事に白い少女"バレイア"をオルダイン邸まで送ってから数時間後——、ノルディスは公爵に呼ばれ、襲撃についての話をすることになった。
「突然襲撃されたにも関わらず、あなたは死傷者は一人も出さずに対処しました!ちっちゃい娘さんも、バレイアさんも——、そして襲撃者さんたちは顔面と引き換えに命拾いしましたね!
素晴らしい! という訳で、あなたに顔面クラッシャーの称号を与えましょう!」
「いらねーよ」
ノルディスに即答されて、公爵は落ち込んだ。
——と思いきや、「じゃあ、本題へと行きましょう!」と、突然表情を切り替えて、自分から話を元に戻した。
自分の部下に勝手に称号を与えようとするのは、公爵の癖である。
「にしても奇妙ですね。なんで、自分で贈り物を届けておいて、それを奪いに来たのか……」
そこでノルディスは、前に公爵と話した時に自分が燃やした手紙の差出人の名前を思い出した。
「やっぱり、アイツらを雇ったのはあの"オヴェン・マルシェ"とかいう奴か?」
「ええ、その通りです。あのリーダーの男が、釣り針に食いつく魚のようにあっさりと白状してくれましたよ。
他に奇妙なのは、どうして私と"盗賊ギルド"の取引の手段を知ったのかという事と、どうしてアルビノの聖女様を贈ったかという事です」
彼女が着ていた、汚れた白い衣により、聖女が"バレイア"の事だというのには理解できたが、"アルビノ"という聞き慣れない単語に、ノルディスは思わずその単語を尋ねる様に言い返した。
「あっ、アルビノというのは、肌も髪白い人の事を言うんです。まぁ、とにかく白いんです。雪のように白いんです」
公爵のあまりに大雑把な説明にノルディスは困ったような口調で「そうか」と答えた。
何故かそこから公爵が話を進めなくなったので、ノルディスは盗賊ギルドの黒髪の少女からどんな話を聞けたか公爵に尋ねた。
「あー、"アイーシャ"さんのことですか。盗賊とは思えないくらい良い娘でしたよ」
「それは聞いてねぇよ」
「実は盗賊ギルド側もよく分かってないらしいんですよ。オヴェン・マルシェから依頼書を渡されて、ある教会から聖女様を私の元へ連れて来いとしか言われなかった、と言ってました」
「流石にアリテルと同い年くらいの女の子にはあんまり情報を持たせていなかったか」
「ところがどっこい、彼女はああ見えて、盗賊ギルドにたった四人しか居ない幹部の一人なんですよ」
ノルディスは心の中で「ところがどっこい、ってなんだよ」と呟いたと同時に、何だか納得させられた気分になった。
黒髪の少女"アイーシャ"の気配を消す能力は、尋常なものではなかったからだ。ノルディスも少しは気配を消すノウハウを身に着けているため、あそこまで極めるのにどれ位の時間と才能が必要かが理解できていた。
そして、ノルディスは公爵が言っていたアイーシャの言葉が真実だとして、ある仮定を導く。
「とりあえず現時点では——、マルシェはバレイアを欲しがっていたが、どういう訳か"何者かに奪われた"として知られる形で手に入れる必要があった、と考えるのが妥当か?」
「そうでしょうね。まずはそれを念頭に置いて、マルシェから色々と聞き出してやりましょう!」
「それが一番いい。——だが、俺からもそろそろ聞いてもいいか?」
突然来た問いに、公爵はきょとんとした顔をして「はい、なんでしょう?」と答えた。
「あんたは金払いが良いし、俺とアリテルに気を使ってくれているから感謝はしている。不満があるわけでもない。
だが、本当に"あの予言"は来るのか? 今のところ、その予感は全く感じられないが」
その時、公爵の顔は少し真面目になっていた。何かを危惧しているとか、そんな感じのものだった。
——やがて、彼は「もう始まっているんです」と答える。
「先程、私は襲撃者たちから話を聞くために、城の監獄まで出かけていたのですが、相手は彼らだけでは無かったのです。
もう一人、ある人物にも会いました。そして、彼の口から"オヴェン・マルシェ"という言葉が出たのです」
ある人物——、ノルディスはそれが誰だか分かっていた。何故なら、公爵をここまで危惧させるような人物であったからだ。
「ええ、御察しの通り、彼のことです——。"デイビッド・ウェアトリー"」
——◇——
デイビッド・ウェアトリー
『ほう——、オーディンか。久しぶりだな。——ん? 公爵と呼んでほしいと言ったのか? 悪いが、それは無理だ。私にとってはお前は魔王の子供の"オーディン"のままだからな。
さぁ、とりあえず、まずはその険しい顔をいつものマヌケ顔に戻すんだ。ああ、至って簡単なことさ。私が飼っているペット共でも出来る。さぁ、やれ——。やれってくれたまえよ——。
やれと言っているのが聞こえないのかァ!!
……はぁ、私は今、こんなに喜んでいるというのにな。こんな、忌々しい檻の中に居るというのに。
確かに貴様が私のことを憎んでいるというのは十分に理解できる。だが、憎しみは何も生まない……。だから、もうちょっと楽しくしたらどうだ? 私や、あの小娘のように。——まぁ、私は奴が嫌いだが。
ところで、私が何でこんなに喜んでいるか知りたいか? ちなみに十秒以内に回答しなければ、こちらが勝手に話してやる。
……そうか! 聞きたいか! 嬉しいぞ! では、話してやろう。
"オヴェン・マルシェ"がついにやってくれたからだ。前から頼りになる男だと思っていたんだ。私の長年の夢に貢献してくれるとは、何と気前のいい男なんだか。
……だがな、あいつはひどい男なんだ。奴は私の願いを叶える為にとても厄介なものを産み出し、それを野放しにしてしまったんだ——。いや、今思えば前から予想するべきだったな……』
——◇——
オヴェン・マルシェから情報を得る計画について、公爵から「詳細は後日話します」と言われて、彼との話は終わった。
公爵の部屋を出たノルディスはやることがなくなった為、アリテルに会う為に中庭に入る。
確かにそこにはレイピアの練習をしているアリテルが居たが、他に、芝生に座ってそれを見守っている二人の少女が居た。どちらも知っている顔である。
一人はあの黒髪の少女"アイーシャ"で、もう一人はアルビノの聖女"バレイア"だった。バレイアが少し落ち着いていない様子だったが、みんな揃って仲が良さそうである。
最初にノルディスが中庭に入ったのに気付いたのはアイーシャだった。「ノルディスのお兄さん!」と叫びながら、嬉しそうに立ち上がる。彼女の声によって、ノルディスが入ってきたことに気付いたアリテルも剣の練習を一旦やめて彼の方を振り向いた。どうやら、アイーシャはノルディスの名前を既にアリテルから聞いたようである。
「もう帰ったと思ったぞ」
「いやいや、そんな訳無いじゃん。だって今回の事件で私達と公爵様の信頼関係が少し崩されちゃったし。
まぁでも、公爵様が心広い人で本当に良かったなぁー!」
「あぁ、それは本当に良かったな。相手を間違えれば、首が飛ぶことになってただろう」
アイーシャはぶるっと震えた。首を切られる自分を想像して怖くなったらしい。
アリテルはそれを見て「ちょっとダメですよ! 女の子を怖がらせちゃ」と少し厳しい口調でノルディスを叱った。
ノルディスは面倒だと思いつつも「そうだな」と呟くように返事をした後に、アイーシャに謝った。彼女は焦った様子で「いいよ! いいよ!」と言いながら両手を振る。
「あの——、ノルディスさん——」
誰かに話しかけるように声を出したのはバレイアだった。改めて聞くと綺麗な声をしている。
「オ——、ルダイン公爵はどうでしたか?」
ノルディスは彼女の少し不自然な言葉を気にしながらも「いつも通り、この騒音娘と同じくらい元気にしていたぞ」と答えた。騒音娘とは、アリテルの事である。
彼女はむっとした表情をしたが、ノルディスは無視を決め込んだ——、と思ったが、何故かバレイアは少しだけ笑いそうな表情になっている。
これには流石のノルディスも驚きを隠せなかった。堅物だと思っていた彼女が、この程度の言葉で笑いそうになるなんて思いもしなかったからだ。
ノルディスが困った口調で「どうした?」と聞くと、バレイアは「い、いえ——、何でもないです——」と細い手で口を隠しながら答えた。
「ご、ごめんね——。バレイアちゃんは本当は感情豊富な娘なんだけど、まだ慣れていない人の前だとそれを上手く表に出せないの」
アイーシャのフォローによって、ノルディスはようやく「世の中には色々といるもんだな——」と納得することができた。
その時、ノルディスは不意に襲撃者たちのリーダーによって銃をつきつけられた事を思い出す——。その後ノルディスは、自分がマルシェの居る帝国"東部地方"の港町に向かわなくてはいけないという事を彼女に伝えねばならないと思った。
「そうだアリテル——」
アリテルは「どうしたんですか?」と表情を変えないまま、怒りっぽく聞き返した。
「俺は東部地方の港町に行く事になった。いつもより少し危険な仕事だ」
そこで、アリテルの表情は元に戻り、「あっ、ホントですか? 頑張ってくださいね!」と言いながらノルディスに笑顔を向けた。
ノルディスも彼女に静かな笑顔を向けながら、「ああ、無事に帰ってくる」と言い返す。
「いつ行くのかはまだ決まってないが、運が良ければすぐに帰れるだろう」
「じゃあその間、私もレイピアの練習をもっと頑張って、強くなってみせます!」
「ああ、頑張れよ」
二人とも何とも思っていないように見えるが、実はアリテルは相当ノルディスの事を心配しているということを彼は分かっていた。
彼もまた、自分が死んでアリテルを悲しませることを恐れている。襲撃者たちのリーダーに銃を突きつけられた時、彼女の顔が思い浮かんだのはその為である。
ノルディスもアリテルも根からの善人ではあるが、ノルディスが少しドライな性格なのに対して、アリテルがあまりに元気の良すぎる性格なのでノルディスは大抵、あしらうように彼女に対応する。だがお互い、そんな対照的な面を持っているからかけがえの無い関係で居られるのかもしれない。
しかし、それは同時にノルディスの弱さでもある。——彼はまだ、あの時にどちらを選択すべきだったか決めかねていたのだ。
「俺はどうであるべきなんだろうな——」
ノルディスは独り、静かに呟く——。
不定期に来るかもです。
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五、 十人の傭兵
オヴェン・マルシェ
『お前は誰だ? "世界を救う英雄"なのか——、それとも"世界を陥れる邪神"か——?
"世界を救う英雄"ならば、どうしてこんなにも後悔している?
"世界を陥れる邪神"ならば、どうしてこんなにも決意に満ち溢れているんだ?
それともお前は——、俺ができなかった事を見せてくれるのか? そうして、水の泡の様な人生を送っていった俺を救ってくれるのか?
ならば俺は従おう——、"大いなるクトゥルフ"よ……』
——◇——
過去を振り返るのを止めたノルディスは、その場で立ち止まった。町の門の前に立っていた。すぐ傍にある石碑には『イースメイス』と書いてある。この町の名前だ。
ノルディスはこの町で二つの真実を知る必要があった。一つはオヴェン・マルシェがあの白い聖女、バレイアを公爵に渡すふりをして襲撃してきた事について、もう一つは彼とウェアトリーとの関係である。
デイビッド・ウェアトリー——、関わる全ての者に悲劇をもたらすこの男は、ウルヴォンドと呼ばれる、工業技術が発達した北国にて、使者という役職に居たが、その立場や彼自身の狡猾さを利用して、一年前に帝国の皇子と皇女を誘拐した後に同じ部屋に閉じ込めて餓死させたり、それと同時に皇帝の孫娘とウルヴォンドの長の一人娘を誘拐し、彼女らに殺し合いをさせることに成功した。理由は二つの国の戦争のきっかけを作り出すためだ。そして、今、帝国と北国は彼の思惑通り、敵対状態になっている。
現時点では、三人の死体が南部地方の砂漠の中のそれぞれ離れた場所で見つかったが、皇帝の孫娘だけは未だに行方不明となっている。ウェアトリーは公爵を始めとした人物の活躍によって捕まえることはできた。
ノルディスはそんな男と戦わなければならない運命に立っている。幼馴染であるアリテルを守るために。
ノルディスは東部地方の港町"イースメイス"の中に足を踏み入れる——。まず、彼の目の前で、薄気味悪い広場の景色が広がった。相変わらず晴れぬ霧、物音の騒々しさに比べての声の静けさ、そして、何処からかこちらを向けられている視線——、それらの全ての要素が此処に集まることによって、その気味の悪さは生み出されている。
だが、それ以上に気味が悪かったのは、この町に住む人々であった。絞って言うならば、彼らの顔である。
魚のように大きく見開いた目、
変形したせいで正面からも見える縦長の鼻穴、
青緑色に変色しているように見える肌、
ギザギザしている歯、
まるでここの人間だけ独自の進化を遂げているようだ。いや、実際そうかもしれない。帝都を出る前にノルディスは公爵から、この町の噂について教えられていたので、そうとしか思えなかった。正常な顔つきをしている人間も勿論居たが、その数は極僅かである。
「よそ者だ」ヒソヒソと話しながらこちらをチラリと睨んでくる異形顔の人間たちを睨み返しながら、ノルディスは広場をまっすぐと進み、大通りと思われる広い下り坂へと進んでいった。そこを下って五分経った所で道を右に曲がり、奥の方に見える比較的立派な建物へと彼は向かって行く。相変わらず、どこから来ているのかが分からない視線は消えていなかった。それはノルディスがある男に不安を抱く理由になった。
いま彼が向かっているのはゴーディー・シーモルという、この町の漁業を取り締まっている下級貴族の邸宅である。公爵によると、シーモルはマルシェに強い恨みを持っている人物であり、その点では信用できるらしい。
彼はマルシェを打ち倒す為の計画を実行する為の人員を傭兵として、十人雇っている。もちろん、その中の一人にノルディスも入っていた。帝都で襲撃者たちに襲われた日の夜に公爵が「ノルディスさんの次の仕事の為に手紙を書いているのです」と言っていたので、その時にノルディスが傭兵たちの中へと入れるようにしてもらったのだろう。
他の九人についての詳細は分からなかったが、ノルディスは自分の利益の事だけしか考えていない愚か者が居ないことを願っていた。彼が傭兵をやっていた頃の経験上、そういう輩が一人居るだけで、自分や全体の状況が崩れることがよくあるからだ。実際、中規模な害獣駆除の仕事にノルディスが参加した時も、ああ言った者たちのせいで遭難しそうになったことがある。
邸宅の前についた。邸宅そのものは思ったよりも小さかった上に廃れていたが、門扉はそれなりに大きかった。ノルディスは数人居た門番たちの内の一人に名前を聞かれたので、ノルディスだ、と答える。それを聞いた彼は「付いて来い」と言い、ノルディスを邸宅の中へと連れ込んだ。
中は今のノルディスにとっては予想の範囲内であり、町に着く前のノルディスにとっては予想外の汚さであった。ただ単に広めの家である。蜘蛛の巣は目に付くし、壁が所々壊れているし、公爵の邸宅がどれほど豪華だったかをノルディスは肌で感じた。
腐り始めている木でできている床が軋む音にあの広場とは違った不気味さを覚えながらも、ノルディスは門番について行き、階段を登って、二階にある食堂の入口の前へと着いた。
「お前より先に一人だけ先に居る」
門番のこの言葉から察して、この中には十人の傭兵の内の一人が居るのだろう。そして、後から残りの八人もやってくる。
ノルディスは扉を開け、一人で食堂の中に入る。傭兵たちに対するシーモルの見栄のせいか、そこは少し豪華に見えたし、赤い絨毯も敷いてあった。入口から向かって縦に置かれてある、大きな長テーブルにポツンと一人のエルフの男性が座っていた。テーブルの両サイドの縦に五つずつ用意されてある席の内、右側の中央に彼は居る。あと、テーブルの奥には立派な席があった。そこにシーモルが座るのだろう。
「やっと来たか、待っていたぞ。 長時間座って何もしないのも疲れるものだな」
どうやらこの男は随分前から来たせいで退屈していたらしい。ノルディスはこの男の向こう側の席に座った。
「私の名はロットン・フォルドーナだ。カリティア魔法学校にて第一級上級魔術士を勤めている。言っておくが、私には筆舌に尽くし難い程に高等な才能があり、それ故に私に勝てる者は極僅かだろう。肩を並べるものも僅かだし、友人も僅かだ。彼女は……、居ないな」
「お前、残念な奴なんだな」ノルディスは本心で言った。突然に自己紹介を始め、自身をロットン・フォルドーナと名乗ったこの男は変に傲慢な男に見えたが、見るからに高価な魔術師のローブを着ており、ノルディスが障害で読む事にはならないであろう、魔術関係の本を読んでいる。故に彼の言葉が全て真実ならば、彼の強さは本当に筆舌に尽くし難いものかもしれない。
「私としては、貴様が才能の持つ人間であれば、共にこの視線を乗り越えていき——、そして、その後も貴様と交流を深めていきたいと考えている」
「やったな、お前は才能を持つ事のデメリットを一つ証明したぞ」ノルディスはもう既に、彼から公爵と同じ臭いを感じていた。
それからフォルドーナが平然な表情で何か言おうと口を開いた所で三人目が来た。全身に鎧をまとった大柄な剣士だ。大剣を背負っており、顔は兜のせいで見えない。ノルディスは何故だか自分自身を見ているようであった。
「おっと、三人目が来たようだ。という訳で、私の名は」
「あいにくだが、君と話すつもりはない。私はいつ死ぬか分からない相手と交流をしてやれる程の聖者ではないんでね」
鎧の剣士はフォルドーナからは離れた位置に座った。左側の一番手前である。それを見届けるフォルドーナの表情も何故か平然としていた。
四人目が来た。近寄りがたい雰囲気を持っている鋭い顔つきの青髪の女性だった。と言っても、それは化粧によって作られた鋭さであり、化粧を取ればただの美人なのであろう。無気力感を漂わせている様にも思えたが、どちらにしろ、この鋭い顔から出る威圧感は女たらしも近づくことが出来ないほどのものだった。しかし、ここにはそれにも屈しない物好きな男が居た。
「初めまして、私の名はロットン・フォルドーナだ。カリティア魔法学校にて第一上級魔術士を勤めている。言っておくが、私には筆舌に尽くし難い程に高等な才能があり、それ故に私に勝てる者は極僅かだろう。肩を並べるものも僅かだし、友人も僅かだ。彼女は……、居ないな」
ノルディスは呆れながらも、フォルドーナにしか気付かれない位の小声で「それ全員に言っているのか」と呟く。女性はあしらうどころか少し引いていたが、その後に女性は諦めたかの様な態度でため息をついた。
「私の名は"アイリス"、いきなり迫まってきたのが変な奴だったからビックリしたけど、まぁいいや。とりあえず、何でもいいから喧嘩は面倒だから止めてね」
その後、アイリスと名乗ったその女性は渋々とした様子でノルディスの席の奥の方の隣へと座る。彼女は意外に優しく、平和主義であった。フォルドーナは勝ち誇った様な表情をノルディスの方へと向ける。「人は見た目に寄らないんだよ」
「俺の方を向く必要はないよな」
五人目も女性だった。右手に魔法の杖を持っている。金髪ではあるが色の濃さから考えて、中央地方の人間に違いないかった。身なりからして立派な家の令嬢だと思える。
「初めまして、私の名はロットン・フォルドーナだ。カリティア魔法学校にて第一級上級魔術士を勤めている。言っておくが——」
またも彼は全く同じ言葉を吐き出していた。今度はアイリスが「それ全員に言ってたの」と呟く。そして、五人目の女性の反応は、と言うと——、あからさまに引きつった笑顔を見せていた。
「えっ、ちょっと、何を仰っているか分からないです。申し訳ありませんが、第一級上級魔術士って嘘ですよね? どなたかから服を盗んだだけですよね? それだけはどうしても信じられなくて……」
彼女はフォルドーナから距離を置くようかのように左側の奥の席に座る。彼は最早、何も言わずにノルディスの方を向く。「人は見た目によらないもんだな」
それからは、六人目から九人目までが短期間でそれぞれやって来た。まず、六番目にやってきた長弓と鎧を身につけたエルフの女性は大声で挨拶をする。
「初めまして、みんな! 私の名前はシラと言う! 共に頑張って、この任務を無事に終わらせよう!」
七人目は人当たりの良さそうな茶髪の青年戦士であった。彼も六番目にやってきたシラと同様に挨拶をする。「おう、俺はキュリオってんだ! よろしくな!」
次にやってきた男にはこの場に居る殆ど全員が圧倒された。山のような筋肉を身に着けており、身長が二百センチメートルは超えているであろう巨漢であったからだ。
「オレサマの名前はガルスだ! 早く敵どもをぶっ飛ばしてウズウズしてんだ!」
活発な性格ではあったものの、やはり単細胞というイメージから免れない。
シラが左側手前、キュリオが右側の奥から二番目、ガルスが右側の手前から二番目の席へ着々と座る中、九人目が入ってきた。異国から来たと思われる寡黙な男だ。最後に来た異国の男は何も言わずに右側の一番奥の席へと向かう。
彼の身に着けているものは珍しいものばかりだったのでその場に居る全員の目を惹きつけた。腰に鞘(さや)と一緒にぶら下げてある独特な形状をした剣もそうだったが、特にノルディスの目を惹いたのは、背中に背負っている大型のそれであった。
彼が暫くそれを眺めると、異国の剣士は急にこちらを振り向き、まじまじと見つめてきた。ノルディスは戦慄とする。その何もこもっていない目に。興味も、軽蔑も、憎悪も、何もかも無い。他の者もこの空っぽの目に気付いているのだろうか。
その時、ゴーディ・シーモルが来たので、異国の剣士は視線を逸らし、席へと座った。そのみすぼらしい貴族は痩せた体型をしており、頬もそれに合わせて痩せていた。年齢は五十代だろう。
「よくぞ来てくれたな」シーモルの声は淡々としていた。彼はテーブルの一番奥にある立派な席へと座る。全員が一言も喋らない静寂の中、彼はテーブルの手前から奥へと徐々に視界の範囲を広げていった。席が一つだけ空いているのに気付いた瞬間に、辺りをきょろきょろと見渡す。「まだ居ないのは、ベルフィーか」
その後に、彼女は私の計画の中で最も重要な逸材なんだが、と彼はまた呟いた。
ベルフィーというのは、十人目に来る筈の人物の名前だろう。彼女、という言葉からして女性なんだろうが、この男が言うにはとても優れた人物らしい。ノルディスはベルフィーという人物がどんなものかを想像してみる——。
「ベルフィーなのだー!」
突然、場違いな程に大きな声が扉から聞こえた。この場に居る全員がそこに居た赤髪の少女の方に視線を向ける。当然、殆ど全員が唖然とした表情を取った。その中でも、キュリオと名乗った青年戦士は明らかに固まった表情をしながら、早まっているであろう心臓の鼓動を両手で抑えている。
「ば、馬鹿野郎……、心臓が止まるかと思ったじゃねーか」
「まぁまぁ、そんな変な顔しないで全てを楽しもうよ!」ベルフィーと名乗った少女が大声で喋り散らすと、シーモルは「座ってもいいから、静かにしてくれないか」と呆れた口調で彼女に言い放った。大声かつ明るい笑顔で返事をしたベルフィーの髪の赤はまるで、炎の様に鮮やかであり、綺麗である。彼女は唯一空いてる、ノルディスのもう一方の隣の席へと座った。
「ノルディス! 貴様、これは一体どういうことだ!」
途端にフォルドーナはテーブルを拳で叩きながら怒鳴り散らした。
「何か嫌なことでも思い出したのか」
「チッ、自覚してないのか。いいだろう、教えてやる。まず、こちら側のテーブルを見てみろ。異国の男、才能の無さそうな若造、魔法使いの私、ゴリラ、ケチな鎧男——、特に私の両隣に至っては酷いものだ。その上でお前の左右を見渡してみろ! 明らかに貴様はハーレム状態だ! 裏切り者が! 仲間だと思っていたのに!」
「むしろ、今まで思っていたのか」
「つか、そろそろ目障りになってきたから、窓から蹴り落としてもいいよね」
不定期に来るかもです。
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六、 計画
「じゃあ、作戦タイムを始めよー! 何から始めればいいの?」
ベルフィーが元気よく言い放つとシーモルは待てと言った。
「今から奴を殺す為の計画を言うが、その前に了承して貰いたいことがある」
「おかしいですわね、最初にわたくしの所にいらっしゃった時は、特別に条件はつけない、と仰った筈ですよ?」
あの身なりのよさそうな魔術師の女性が首を傾げると、シーモルは「そこまで気にする様なものではない、オルノア嬢」とまずは答えた。そして、その後に彼は十人の傭兵たちにその条件を突きつける。
「この町で語られている噂について嗅ぎまわらなければいいだけだからな」
ノルディスは今思いつくこの町についての噂について挙げてみた。『鱗の化物の集落』、『人さらいの目的』、『金鉱石の収穫場所』——、この辺りである。そして、その全てがマルシェの正体へと繋がる予感がしていただけに、シーモルのその言葉は彼にとっては不都合になりかねないものだった。
「どうしてだ?」シーモルを信用してないわけではなかったが、ノルディスは疑っているかのような目で彼を睨みながら訪ねてみた。すると彼は目をつぶって頷きながら「お前たちの為に言っている」と答える。
「おいおい! んな、下らねぇ事なんて別にどうでもいいじゃねぇかよ! オレサマはもう誰かをこの手で殴り殺したくてウズウズしてるんだ!」
この時に発言したのはあの超大柄な男だった。ガルスである。
「その通りだ! 下らないことなんか詮索してないで任務に集中しようではないか!」
弓と鎧を身につけた誠実なエルフの女性、シラを始めとし、意外にもそれに同調する者は多かった。控えているとすれば、フォルドーナとアイリスとベルフィーの三人である。だが、それでもノルディスは「確かにそうだな、すまなかった」と謝ることにした。
「それでは、全員それに了承したということだな」反対意見が無いのを確認したシーモルは結論を下す。結局はマルシェから全てを聞き出せばいい、と考え、ノルディスは彼の言葉に頷くことにした。
「よおし、さっさとアンタのその計画とやらを聞こうじゃねーか! オレサマが精一杯暴れられる事を願っておくぜ!」
「あたしも敵の血が見たくてウズウズするぜー! ……って、血が見たいだって!? もう、ベルフィーになんて凶暴なことを言わせちゃってるのさー!」
「おめーら、うっせーんだよ! もはや、騒音だよ!」キュリオの叫びにノルディスは心から共感した。隣で頬杖をついているアイリスも、心なしか頷いているように見える。
「安心しろ、その気になれば精一杯暴れられるし、沢山の血が見られる計画だ。だから頼む、もう静かにしてくれ」
シーモルの言葉がまるで哀願でもしているかのようだったので、帝都で似たような立場にいるノルディスはシーモルに同情せざるを得なかった。
ベルフィーとガルスが静かになったところで、シーモルはよしと言いながら、折り畳んだ紙をポケットを取り出し、それをテーブルの上に広げた。何やら丁寧に描かれた図面が描かれている。
「これは、マルシェの私有地内、金の精錬所の内部、マルシェの邸宅内の地図だ」
どうやら彼が言うには、何度もそこへ行って確かめながら描き上げた地図らしい。それはとても丁寧に書かれていて、分かりやすく描かれていた。かなり時間を掛けたのだろう。
紙の左半分を占領しているかのように描かれているのがマルシェの私有地の全体図だった。周りを囲んでいる青と、西から伸びている橋から察するに、そこは島の上にあるのだろう。右上にはマルシェの財産の収入源である金の精錬所、右下には彼の邸宅の中の地図が描かれてある。どっちも二階建てであった。
「いいか、これはアイリスだけにしか渡せないから、なるべくこの図面をしっかりと覚えてくれ」
「ん、あたしでいいの?」きょとんとした表情をシーモルに向けるアイリスに、「お前が適役だからだ」彼は答えた。
「別に誰が貰ってもいいけどよ、暗記は勘弁してくれよ。おふくろが真面目な学者だったせいでガキの頃、九九の段ってのを覚えさせられたけど、あれマジで頭回んなくなるよなぁ」
「オレサマはその時、一時間で全部覚えきれたぞ」とガルスが言うと、キュリオは、じゃあ今から言ってみろよ、と余裕そうな笑みで彼を嘲笑った。しかし、ガルスは何かが取り憑いたかのように的確に九九の段を次々と答える。その時の余りの滑舌の良さにキュリオは顔を真っ青にする。
「まさかこんなのに何日も苦戦したのか? オマエ、"バカ"だな」
ガルスは侮蔑したかのような笑みを浮かべながら手のひらをキュリオに向けた。
彼が力と知能を兼ね揃えた天才型の人間だったことを理解したキュリオは、元々ライバル意識をもっていたのか、敗北感に満ちていた。そして、また沈黙が流れた時にシーモルは話を続ける。
「この地図を見れば分かる通り、マルシェの私有地は小さな島になっている。だが、厳重な警備と防壁に囲まれているから、泳いで進入するのは不可能だな。まぁ、それ以前に泳ぎきるのも不可能だと思うが」
「海に何かが潜んでいる、ということだな」
鎧の剣士が口を開いた。相変わらず兜は開かなかったが。
シーモルはその通りだと答えた後に、鱗の化物の名前を出す。
鱗の化物——、彼らはこの港町、イースメイス周辺でよく目撃されている不気味な生物である。攻撃用の鋭い爪、カエルとゴリラを合わせた様な体型、そして名の通りの鱗に覆われている全身が特徴で、そして何故かこの町の住民と顔つきが少し似ている。何故かと言ってもある程度までは想像が付きそうだが。
「まぁ、奴らが海の中に潜んでいるので防壁に囲まれた島にあるマルシェの私有地へ泳いで渡るのは不可能だ。とすれば、侵入方法は一つしかない——」
「橋を渡れ、と言うんだろう」異国の剣士が口を開いた。シーモルが頷いたので、フォルドーナは「剣の矛先だけでなく、勘も鋭いのだな」と言い出すが、彼は無視する。
「この地図の西の方に描かれている橋は、この町の東にある海岸の南部へと伸びている。奴らの私有地へと入っていく人間は誰であろうとこの橋を渡らなくてはならん。だから、ここを渡る時が一番命の危険性が高くなるのだ。銃を持った番人が少なくとも、二人も居るからな」
「銃だって!? んなもん持ってる奴が二人以上なんてどうすりゃ——」
「幻術師を使えばいい」またも、異国の剣士が口を開いた。
「そう、それしかない。そして、この中に広範囲に及んで幻術を使える凄腕の魔術師が一人だけ居る。それが、この騒がしい小娘だ」
そこでベルフィーは嬉しそうに大きく目を見開いて、姿勢をぴんと伸ばした。その際の肩が上がる動きに合わせて、彼女の赤髪のおさげもふわりと浮く。
「ベルフィーが凄腕だって!? もーぉ、褒めたって何も出てこないよ……」
ベルフィーが顔を赤らめている中、ノルディスは違和感を感じた。あの異国の剣士の言い草は何故か、ベルフィーが幻術師であることを知っていたかのような口ぶりだったからだ。
「ベルフィーと言ったな。貴様、カリティア魔法学校へ入学するつもりはないか? まだ愛人が居ないのであれば、このロットン・フォルドーナと共に、魔法使いの高みを目指そうではないか! しまいには賢者だ!」
「ベルフィーを甘く見ちゃいけないよ! ベルフィーは人の悪口を言う人には付いていかないもん!」
「それに、オレサマの事をゴリラと呼びやがっていたな!」
「つか、俺達に至っては酷いだとか、おめーは何様のつもりで言ってやがったんだよ!」
「まあまあ、喧嘩は止めたまえ! 今はそんな事やっている場合ではないぞ!」
「つか、アイツがさっきから言っている、魔法使いとか、賢者とかって、どっちの意味よ」
「わたくしも魔法使いですが、あの方が言っている様な類とは存じたくはないですね」
「話を続けていいか?」シーモルの表情は、いい加減にしろ、とでも言わんばかりのものであった。ノルディスに至っては最早、会話に参加する気にもなれない。
「夜になった時にベルフィーの幻術を用いて全員が島の中へと侵入した後、お前たちには陽動組と工作組、そして、マルシェを殺す実行組の三組に分けて行動してもらう。陽動組には敷地内に居る大多数の人間の注意を引き付けたり、無力化する役割をしてもらう。要するに囮役だな。そして、それを実行するのが、ガルス、デュボール、カズゴロウ、キュリオの四人だ」
「デュボールとカズゴロウって誰だ?」とキュリオが言うと、シーモルは「彼がデュボールだ」と言いながら、鎧の剣士の方を指した。デュボールと呼ばれた鎧の剣士は何も言わない。
「っつーことは、カズゴロウってのがこの違う国からやってきた奴か!」
キュリオはカズゴロウと呼んだ異国の剣士に、この国はどうだ、お前は何処から来たんだ、等の月並みな質問を突きつけてくる。彼は特にそれを鬱陶しそうにも思わずに無視し続けた。
「いいか、お前たちには島に侵入すると同時に、なるべくの敵を排除しながらまっすぐ——」
「マルシェの邸宅に向かえばいいわけか」カズゴロウと呼ばれた異国の剣士が予言するかのように言葉を先回りしたのはこれで三回目だ。鋭い人物は既に彼に疑いの目を向けている。それだけに、表情何一つ変えないで彼を賞賛するシーモルは鈍いように思えた。
「そこに行けば、敵はマルシェを守ろうと、入り口に人を集めて固い防御体制を組む筈だ。移動する際は遠くからの攻撃を避けるために、ガルスを先頭にして防壁沿いに動くといい。その間に、アイリス、オルノア、シラの三人から成る工作組と、ノルディス、フォルドーナ、ベルフィーの三人から成る待ち伏せ組は島に侵入したタイミングで——」
「こっそりと精錬所の焼却炉から侵入するのだろう?」カズゴロウの四回目の発言でついにアイリスが鋭い声で彼を呼びかけた。
「あんたとシーモルさんってさ、元々つるんでたの? だって、おかしいでしょ。偶然でも無い限りはこの中に幻術師が居るなんて分からない訳だし、普通は標的が居るその場に敵を集めるなんて発想なんて出来ないわけだし、焼却炉の中から侵入するなんて考えられない筈じゃん。」
彼女に言われ、シーモルはやっと焦りを見せた。「確かにおかしい」
「私はこの日までこの計画を誰にも話さなかった。お前たちに依頼を出した時もそれぞれの組織の重役に直接会いに行って、その話を持ちかけていった。なのに、何故お前はそこまで把握しているんだ?」
「そういや、俺の時は直接会いに来ていたよな?」
「それはオマエがオレサマと同じ、フリーの傭兵だったからだろ? オマエ、相変わらず"バカ"だな」
「ああもう! バカ、だけを強調して言うんじゃねぇ! むかつくなぁ! ……ん? でも、そしたらよぉ、コイツの言っていることって、もしかしたら本当なんじゃね?」
「わたくしの時もシーモル様が直接来ていました」
「私は傭兵ギルドに所属していたからか、シーモル殿に会わなかったぞ!」
異国の剣士に疑いの目が一斉に向けられる。しかし、ノルディスはシーモルの話にも違和感を感じていた。もちろん、あのキュリオとガルスを始めとした殆どの者が、シーモルからもちかけた話によって依頼を受けたのでだろう。だが、ノルディスの場合だけは違った。彼だけは"公爵が書いた手紙"によってこの十人の中に加わったのである。
「全員、俺を疑っているようだが」
異国の剣士は顔色を全く変えないまま、口を開いた。「俺はこの計画が漏れているのを耳にした」
相変わらず、空っぽの瞳である。
不定期に来るかもです。
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七、 二つの狂気
「よく考えてみろ、そしてお前たちなら感じられただろう。何者かに見られているという気配と、この窓から見渡せる、霧のようにジメジメとしたこの町の民の暗い結束感——、こんな完璧な警備体制を敷いたこの町が一人のみすぼらしい貴族の裏切りを見逃すと思うか。そして、そいつの企みを見透かしてないとでも思うか。つまり何が言いたいかと言うと、こいつは弄ばれたんだということだ。勿論、オヴェン・マルシェにな。アイツの噂について聞いたことはあるだろう? 逆らった人間を海に沈めて鱗の化物どもの餌にしたり、生きたまま焼いて燃料にしてもおかしくない男だ。それを踏まえた上で、もう一度あいつの計画についてよく考えてみろ。銃を持った男が数人も居る橋を渡れ、焼却炉の中に入れ——」
カズゴロウに計画が知られていた時点でかなり動揺していたのだろう。シーモルは目に見えて慌てており、とっさに反論をした。
「確かに私はこの町には常に監視の目がある事に気付いていたさ! だが、私はいつ、どこで、どうすれば監視の目が届かなくなるか何年も掛けて検証した! そして、その検証の結果を元に決めたスケジュールでこの計画を練り上げたさ! この地図だって——」
「そんな長々とお喋りしてる場合じゃないよ」
ベルフィーは席を立った。こんな時にも無邪気で明るい笑みを浮かべながら、彼女はシーモルの方へと近づいていく。シーモルがなんだと酷く怯えながら声を振り絞った。そんなシーモルに対してベルフィーは席の後ろに回り、彼の両肩をそっと掴んだ。それに合わせて彼女の表情も温かみを持つ笑顔になる。しかし、シーモルの震えは増すばかりだ。
「だってさぁ、この中にいるんだよね……」
「マルシェの操り人形がさ」その言葉と共にベルフィーはシーモルに顔を近づける。その後、彼の肩を片方だけ手離し、彼の横へと立った。
「や、止めてくれ……、私は、違う……」シーモルは今にでも土下座しそうな勢いだった。ベルフィーは何処からかシャベルを取り出す。
「だからね、まずはその操り人形を潰さなきゃ!」
ベルフィーがシャベルを高く振り上げると、シーモルは既に断末魔の叫び声を上げていた。それを無視するかのようにベルフィーはシャベルで叩き斬る。
"カズゴロウ"の顔面を。
彼の隣に座っていたキュリオは叫びながら、ウサギの様に自分の席から離れた。「な、何がどーなってんだよ……」
異国人の特徴なのか渋い顔立ちだった、カズゴロウの顔面はその原型を留めていない。彼が眼球や歯茎を露出しながら倒れた後も、ベルフィーは追い打ちを掛けるかのように彼の頭を何度もシャベルで叩く——。その表情には一切の怨念がない。代わりにあるのは清々しい笑顔だった。それどころか、嬉しそうに笑い声を上げている。が、目だけ見ると狂気に呑まれているとは思えなかった。そんな悪意のない狂気をこの場に居る者たちは見届ける。それしかなかった。
「はぁー、頑張ったなー」
ベルフィーはまるで疲れたかのように、シャベルを傍に置いてその場に座った。フォルドーナの陰で震えながらこの一部始終を見ていたキュリオは声を振り絞った。「お前、狂ってんじゃね?」
「えっ、狂ってるなんて失礼だなぁ。ベルフィーは皆を守りたかったんだよ? その為にまずはコイツをやっつけたんだ。それでね、皆を守っているんだなぁ——、って実感したから、嬉しくなってつい笑っちゃった!」
「ベルフィーちゃん、やっぱりおかしいってば。元々こうだったの? それともなんかあったの?」
「そもそもベルフィー殿はカズゴロウ殿を殺した理由について弁解する気はないのか?」
「ないよ! だって、今言ったら楽しくないもん!」
「いっ、一体、どうして仰らないのですか」そう言っていたオルノアも酷く怯えていた。
「確かにあたしは皆から見れば変人だけどさ、普通に考えて、楽しい方と楽しくない方だったら、楽しい方を選ぶでしょ? それと、皆から孤立しちゃっても、ベルフィーはちっとも困りません! だって、マルシェを殺す為にベルフィーが勝手に利用しちゃうからね」
「君の目的は本当にマルシェを殺す為だけか? ベルフィー」鎧の剣士が彼女に問いかけると、彼女が逆にある質問を投げかけてきた。
「ねえ、私が入ってきた時にキュリオちゃんを和ませる時に言ったことを覚えているかな?」
「あ? えーと、なんだっけ……。"全てを楽しもう"?」
「よく覚えていたね、ベルフィーは嬉しいよ! そう、それを常に実行する事と、約束を守る事、それがベルフィーの全てなんだ。ついでにベルフィーの言ったことを覚えてくれたキュリオちゃんに感謝の気持ちを示したいから一つ自慢話をするけど、ベルフィーは約束だけは一度も破ったことがないんだ。——そして、破った人を許した事も一度もない」
終始それを無邪気な笑みと声で語っていたものの、最後の言葉だけは聞く者の全てを震え上がらせるほどの恐怖が含まれていた。その恐怖の前に、場は急に静かになる。
そして、破った人を許したことも一度もない
やれと言っているのが聞こえないのかァ!!
ノルディスも経験したことがあった。その無邪気で悪意の無い恐怖を——。そう、デイビッド・ウェアトリーだ。彼と彼女は何かが似ている。恐らく、二人には共通するものがあるのだ。
彼がそれを考えている時だった。悪意の塊が彼らの前に姿を現したのは——。
「おう! ゴーディ! 久しぶりだなぁ!」
表情のない黒髪の女性と、五人の武装した異形顔の町人たちを引き連れた体格の大きい男が扉を蹴破って現れた。その男も異形顔ではあったが、身に着けている金の装飾品は普通の貴族のものよりかなり豪華なものであった。
「何をしに来た、オヴェン・マルシェ」シーモルは、この男に憎悪の視線を向ける。急に姿を表したこの男がオヴェン・マルシェであると全員が知った途端に、一人減って九人になった傭兵たちの全ての負の感情の矛先が彼の方へと向かった。が、この場から動き出すことができなかった。マルシェを守っている五人の異形顔の全員が、銃を持っており、側近の女性も同じくそれをもっている。ベルフィーが幻術をかけてくれればなんとかなる筈なのだが、何故か彼女はそうしてくれない。
「おいおい! なんだよ、ゴーディ! それにお前らも、初見なのにひでーじゃねぇか! そんなに殺気を送られたら——、お前ら全員を引きずり落としたくなるじゃねぇかよぉ……」
その声には恐ろしさが含まれていたが、ベルフィーの時とは違って、悪意のこもった典型的な恐ろしさだ。だが、それでも大抵の者を震え上がらせるのには十分である。実際、キュリオとオルノアはまた震え上がっていた。
「さっさと何しに来たか教えろ!」
シーモルが怒鳴り声を上げた。恐怖と憎しみが入り混じった叫びだったが、マルシェはそんな感情を全く気にしてなく、むしろ悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
「いやぁ、ちょっとなぁ、こいつらと一緒にちょっと散歩していた時に、近隣に住んでいる善良な庶民から、ここが騒がしいって教えてもらったんだよ。俺とお前は大親友だろ? だから放っておけなくなって、助けに来てやったんだ。ホント、俺はお人好しだな!」
その次に「さて、いったぁい、何が起こったんだぁ?」と笑みを浮かべながら、死体の方へと近づく。その死体の頭部が粉々に粉砕されているのに気付いた時に、彼は白々しく叫び声をあげながら倒れそうになるふりをした。その時、マルシェは介抱してほしそうに寡黙な女性の肩に手を伸ばそうとしたが、彼女にその手を振り払われた。彼は悔しそうに喘(あえ)いだが、この女性はマルシェの事を睨み返しすらしない。側近といっても、彼の事をハエ程度にしか思ってなさそうだ。その表情の無さと関心の無さは、マルシェたちを除いた全員がさっきまで顔があった異国の剣士を思い出す程である。
「にしても——、くそっ、誰がこんなヒデェ事を……。おい、お前ら、この哀れな死体を片付けて、部屋を綺麗にしてやってくれよ……。俺は大親友の家でこんなの見つけるわ、こいつに手を振り払われるわで、早くも精神をズタズタにされて、ぶっ倒れそうなんだ」
マルシェの命令で武装した町人たちが死体を持ち上げた後、内の一人がマルシェの名前を呼んだ。
「どうした! 同類よ! 質問ならなんでも受け付けるぞぉ! あっ、でも命令はしないでおくれよ」
「肉と骨と、あとは髪、が散らかりすぎて切りがありません」
それに対する彼の答えはこの場にいる全員を、この町の狂気へと引きずり込む一因となった。「"喰え"よ。てめーらも既に人間じゃねーんだよ」
「くっ、マルシェめ……、ここでまさかのブラックジョークか! なんて悪趣味な——」
そこでエルフの女性の言葉が止まった。
町人たちはベルフィーがバラバラにしたカズゴロウの顔のピースを拾い上げては口の中に入れて、喰う。口の仲に入れては、喰う。くちのなかにいれては——、喰う。
「マッ、マジかよ……」
ついに吐き出しそうになったキュリオを見たマルシェは「おお! こりゃ、いけねぇ!」と言って、慌てながらキュリオを始めとした全員に空の麻袋を一枚ずつ手渡す。何故かガルスだけは顔に向かって思い切り投げつけられた。
麻袋を貰ったキュリオは早速その中に吐き出す。その臭いにつられてフォルドーナも中に吐き出した。が、目の前にいる男のせいで流石にアイリスもノルディスも彼らに構ってやれる余裕は全くなっていた。
町人たちが散らかったものの処理を終えた後、マルシェは「最近、この辺りは物騒だからなぁ。気をつけろよぉ」と言いながら、周りの部下と一緒に食堂から出ていった。部下の内の一人は首のない死体を抱えている。
彼を殺すチャンスであるのにも関わらず、誰も殺すことができなかった。それはベルフィーが動かなかったせいだろうか、まだ命を投げ出す覚悟ができてなかっただけだろうか、一つだけ明らかなのは、ほぼ全員がマルシェの予想を遥かに超えた狂気を前に動くことが出来なかった事である。
「あっ、そういえば、一つ大切なことを言い忘れた。つか、これを言うために来たんだった——。ゴーディ・シーモル、そしてよそ者さん共、つまんねー真似だけはしてくれんなよ? 勝手に話に参加して、しかも、大したこともしねーで勝手に帰る——、俺はそんなタイプの人間が一番嫌いなんだからなぁ」
不定期に来るかもです。
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八、 祈り
「クソッ、何なんだよアイツら」
キュリオは食堂の窓から、マルシェ達が見えなくなったのを確認した瞬間に、この場に居る全員へ問いかける。「そんで、お前らは続けんのか?」
「もちろん、ベルフィーは続けるよ! あの状態で手を下すのは流石に怖かったけど、作戦を作って皆で頑張ればきっと上手くいくと思うな!」
「バカバカしい」オルノアが震えた声で言った。続けて、苛立ちと震えを含んだ声で「こんなのやってられません」と言い捨てた。
「でもさ、オルノアちゃん! 金貨二十枚だよ! つらい分、見返りは大きいよ! まぁ、私は約束を守った上で全てを楽しめればそれで十分なんだけどね」
するとオルノアは手のひらで机を強く叩きながら立ち上がり、強い口調でベルフィーに怒鳴り散らした。
「だから、こんな命を投げ出すような仕事をやってしまう事がバカバカしいと言っているんです! 普通、命をかける仕事をする場合は、誰かが命の保証となるような情報を握ってなくてはなりません。もちろん、命をかける以上はどんなに情報を得ても安全とは絶対に言えませんし、ある程度のリスクは受け入れるべきだと思ってます。しかし、この仕事はそんな情報が全て敵に漏れているのですよ。そんな中で、命をかけるのは自殺をしているのと等しいとしか言えません。自殺をすれば金貨を大量にあげよう、そんな話に乗る愚か者が何処に居るものですか。あいにく、私は貴方と違って常に快楽に溺れている訳ではありませんからね」
声を荒げて疲れたオルノアの喘ぎ声しか聞こえなくなって暫く経った後、キュリオは「ま、まぁ、それなりに正論——、だよな?」と、オルノアの言葉に頷きつつも、何だか戸惑っている様子であった。
「じょ、情報がないのであれば自分で集めればいいではないか? オルノア殿……」
「そんな手間かけるなら、降りた方がマシです!」オルノアはそう言い残して、食堂から出ていった。
少ししてキュリオも食堂から出ようとする。
「悪いけど、俺も降りるわ」
「オイオイ、見損なったぜ! オマエもそんな腰抜けだったとはな!」
その時、急に彼の表情が険しくなり、今まで溜めていたものを吐き出すかのように叫んだ。
「だってよぉ、命あってこその宝だろ? ここに残る奴らをバカとか、愚か者とか、言わないさ! でも、どんなに頑張ったとしても殺されちまったら、何も残んねぇだろうが! ただ、俺は——」
そこで彼の表情は和らぐ。自分を情けなく思っているような顔だった。「自分で思った程に勇気がなかっただけなんだよ」
カズゴロウが死に、オルノアとキュリオが抜けて、残りは七人になった。しかし、あんなことが起きたのにも関わらず、さっきまでの雰囲気が戻りつつある。
「では、これからどうすればいいのだ?」
「ガルスが言っていた事をやればいいじゃん。確か、情報がないんだったら自分で情報を集めればいい、だっけ?」
「正解だ! オマエ、"いいセンス"だな」
「上から目線で褒めなくていいから。しかも、どっかで聞いたことがあるワードがあるし」
「町を歩くつもりならペアで動くのが賢い考えだ。まぁ七人だから、一組だけ三人になるがな」
「ベルフィーは一人でもいいよー!」
「一人でブラブラしている内にどっか行かれたら困るって意味で、魔法使いはああ言ったんでしょ。嫌でもこれには付き合ってもらうよ」
アイリスは何だかさっきよりも真面目になっているように見えた。あの狂気の中で彼女の心はどの様に変わったのだろうか、それをすぐに聞いたのはシーモルであった。
「君は大丈夫なのか? あの狂気に屈して無いのか?」
「まぁ正直な話、確かに怖かったんだけどね」アイリスはほくそ笑み、彼に質問を返した。「逆に聞くけどさ、あんたこそ大丈夫なの?」
どういうことだ、とシーモルが聞くと彼女は当たり前かのように「マルシェを倒す気はまだあんの」って答える。すると、彼は言葉を詰まらせてしまったので、アイリスはため息をつきながら首を横に振った。
「ここまで屈している時点でもう駄目じゃん。マルシェが来た時、相当恨みがこもった視線でアイツのこと睨んでいたよね。そんなにアイツを殺したいなら、計画を潰された程度で諦めちゃダメ。それにあんたの目の前には、何人か減っちゃっているけど優秀な傭兵が七人も居るんだし。あたしはまだこの人達のことあんまり良く知らないけど、未だに殺る気があるんなら少しは自信持ってもいいんじゃない」
「そうか、私が見込んだ者たちがまだ居る」そう言いながら、シーモルはゆっくりと立ち上がった。その時の彼の表情からは恐怖が消えていた。
「お前たち、本気で奴を殺す気があるなら聞いてくれ。情けない話だが私からはこの町について話すことができない。計画が漏れたせいで、私の知っていることの全てが信用できなくなったからな。だが、この町の全てを知っている人物になら心当たりがある。アイゼルだ。アイゼル爺さんと呼ばれている男を探せ、あの酒豪の老人はこの町が犯した全ての罪に苦しめられているかわいそうな男なんだ」
その老人はどの辺りに居るんだ、とノルディスが聞くと彼は「港か北東の裏路地の酒場かのどちらかに居る」と答えた。
シーモルによって集められた十人の傭兵、最初にあのカズゴロウという無機質な異国の男が死に、生きているのは残りの九人になった。次は誰が死に、最後には誰が生き残るのだろうか。ノルディスはマルシェが帰り際に言った言葉を思い出す。オルノアとキュリオは狂気から逃げてしまったが、果たしてこの町は二人を逃がすのだろうか?
七人の傭兵たちはマルシェを殺す為の情報を手に入れるために、ノルディスとアイリス、デュボールとシラ、フォルドーナとガルスとデルフィーのペアに別れ、町を探索していく。シーモルは彼らが無事で居るよう、祈ることしかできる事がなかった。
不定期に来るかもです。