ワザップ!フォーラム
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・芽留木聖
芽留木は、事件発生当時に楠葉の隣に居たDJに話を聴くために、瑠師と共に第6応接室の隣にある第5応接室へと足を踏み入れた。
すると——
「W E L C O M E!
——僕のスタジオへ……」
「うおっ!?」
流石の芽留木と瑠師も突然、声を出しながら急に迫ってきたDJには本気で驚いてしまった。
「いやぁ、すみません!ビックリしてしまいましたか?でも、一度はこういう風にキメてみたかったんですよねー。あっ、僕のDJネームは"DJロッキー"……本名は"阿久芳炉希(あくよし ろき)"と言います」
「は、はぁ……(名前を聞く前に名前を名乗られてしまった……)」
今こうしてみると、炉希と名乗ったこのDJは色々と派手な格好をしているのが分かる。その一番の要因と言えば、眼鏡を掛けているのだが……彼の掛けている眼鏡は、普通の眼鏡のレンズがある部分が黒いレコード盤になっている。見ていると何だか、こんな物で何かが見えるのかと言いたくなる。その他にも、DJなのに何故か白いスーツを着ていて、それがキラキラと輝いているように見えた。髪型はワックスで整えているだけなので意外に普通だが。
——とにかく、話が面倒な方向に行かない内にさっさと話を終わらせようか……
「私は麻凛警察署所属刑事"芽留木聖"と言います。それでは炉希さん。話を聞きたいのですが、まず……」
と、言いかけた時——
「あっ、"尋問"という奴ですね!それならどうぞ、席に座ってください!刑事さんが来るまで、机はキラキラに磨いておきました!」
「……はい(こっちが先に言おうと思ったのに抜かされた……しかも何気に親切だ……)」
「芽留木……疲れるだろうが、ちゃんと事件に関係のある情報を掴むんだぞ……」
那典瑠師でさえも同情したような目つきで見つめてくる。芽留木は早くも話に疲れて最早、彼がただのお調子者なだけなのか、親切すぎるだけなのかが考える気になれなかった。しかし、それでも席にはしっかりと座る。
入口側の方に芽留木と瑠師が座り、その反対側の方に阿久芳炉希が座り、尋問が始まった——
「……最初に言いたい事があるんですが——」
「おっ!それはサプライズでしょうか?」
「どんなサプライズを期待してるんですか……まぁ、それはともかくとして、その言いたい事というのは私が喋っていいという指示が出るまで一言も喋らないでくださいね」
「うーん、確かにDJと言ってもこれは喋りすぎましたか……分かりました!刑事さんからのクエスチョンが来た場合のみ喋りますね!」
「はい、お願いします(妙に物分りがいい……)」
芽留木はべっ甲の眼鏡をかけ直しながら一息つき、改めて尋問を再開する。
「恐らく、私からの質問はここから関連するものだけになるでしょうが、"四上楠葉"さんと打ち合わせはしましたか?」
すると、炉希はちょっと気不味い表情をしたが、すぐに表情を戻し、質問に答える——
「"四上楠葉"さんとの打ち合わせですかぁ……昨日の午後3時から5時までの一回だけですかね。まぁ、四上さんの飲み込みが早いおかげで話し合いの部分はすぐに終わったんですが、機材の調整が難しくてですね——
ほら、今回のこの放送としては“夜の歌姫様”の7年ぶりの出演ですから他のスタッフの皆さんも妥協はしたくなかったんです。なので音響スタッフさんが、四上様の声が皆さんに届く頃にも限りなく元の声に近い状態になるように力を入れてましたね。
まぁ、その結果——凄いものを真横で聞かされるハメになりましたが……」
ここまでが彼の質問に対する答えである。この言葉に疑問点はあるか——?
——一つだけ……気になるところがあるな。
「炉希さん、質問に答えてくださってありがとうございます」
「いえいえ!僕はただ本当のことを——」
「言いましたかね?」
「うっ!?」
彼は強く動揺したと共に、眼鏡のレコード盤の形をしたレンズが、一瞬だけ高速で回りだした。
「あなたが……いや、あなたのラジオ番組に関わっている人の全員が、四上楠葉さんの為に妥協なき準備を試みているんですよね?」
「は……はい……」
「ですが、あなたは確かにこう仰いました。四上楠葉さんとの打ち合わせは昨日——つまり、5月11日の午後3時から5時までの“一回だけ”だと」
「——あっ!」
「意味にはもうお気づきですね。話し合いでの打ち合わせがすぐ終わるのはともかくとして、楠葉さんの声に合わせて機材の調整をするなら、せめて日を分割してやるべきでしょう。
つまり、打ち合わせを一回だけやったというのが嘘か、妥協しなければいけない理由があったかのどちらかになりますね(根拠が無く言っている所もあるが、少なくとも彼はこれで白状するだろう)」
「……」
炉希が気不味い表情をしながら少しの沈黙が流れると、彼は声に出して軽く笑い出した。
「ははは!これは頭の切れる刑事さんが来ましたね!その通りです。僕は一つだけ隠し事をしてしまいました。それは“四上楠葉さんからの出演要請がここに届いたのが二日前ということ”です」
「彼女からの出演要請というと——つまり、楠葉さんの方からこの番組に出演できるように頼んだと?」
「はい、その通りです。だから、いつもは録音でお届けしているのですが、今回は生放送という手段を取りました」
それは動揺無く、余りにもあっさりと答えていた。つまり、打ち合わせを一回だけやったというのも、四上楠葉の為に全力を尽くしたというのも嘘を付いたという可能性は極めて低い。
——だから、今日のここの警備の話も急に出てきたのか……
後はあれを聞いておこう……
「それでは——何故、あなたはそのような嘘を?」
「自分で言うのも何ですけど、その理由がちょっと妙なんですよね……というのも——“今回の事件で殺された白鳥社長がこの事を黙るように言ったから”です。何故その命令をしたのかまではちょっと分かりませんね……」
その言葉を聞いて、芽留木も瑠師も驚きを隠せなかった。
——偶然というべきなのか……この事件に遭遇してからは驚くことばっかりだな……
不定期に来るかもです。
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・天野照子
「渦女!起きろ!」
その声で、雨宮渦女はパニックの悲鳴に覆われている街の道端の上で起き上がった。瞼を開け、瞳に写った先には二人の見慣れた顔が映っている……
「照子さんに——寿茶男……?」
「ワリィな。一人で虚しく、歌聴くハメにさせちまってよ」
照子のその言葉の後、自分の今の状況を理解した渦女は慌てて起き上った。
「あっ、あれ!?何でアタイ、こんな所で寝ていたんッスか!?」
「寿茶男いわく、大奈斗の母ちゃんの歌を聞いていたらこうなったってよ」
「え、じゃあ、あの歌聴いた時に頭が痛くなったのはマグレじゃなかったんッスか?」
「そうですよ。雨宮先輩。俺も歌を聴いたと思ったら頭が痛くなって倒れましたもん」
今、彼女らがいる場所は麻凛町の中央広場のすぐ近くにある大手ラジオ局の"ThunderBird FM(サンダーバードFM)"の前である。先程倒れていた渦女以外にも倒れている人物は沢山居るが、サンダーバードFMの入り口の所に大型のスピーカーが設置しているのを見れば、その理由はそのスピーカーで大奈斗の母親の歌を街中に流してしまったからだと想像できるだろう。
もうちょっと周りを見てみると、何人かの警察官がラジオ局の入り口を封鎖しており、それとは別の警察官が倒れている人々を少しずつ起こしていっている。
「……なぁ、なんか違和感ねぇか?」
「違和感?俺にとっての違和感は、姉貴が何故か鋭い洞察力を持っている雰囲気を醸し出している事だけどな」
「寿茶男……言葉には気をつけろッス……」
「あぁ、なるほどね——つまり、その顔面をタコ面にする覚悟ができたってことだよなぁ?弟さま?」
渦女が喋っていたときにはまだ余裕な表情にだったものの、照子の洒落にならない言葉を聞いた時は青ざめた表情になった。
「ああ!冗談だ!冗談!んで、その違和感ってなんだよ?」
「とりあえず後で一発は殴るからな……」
「ううっ——マジで泣けてくるぜ……」
「ってのは置いといて——その違和感ってのは、なんでパトカーが近くに止まってないのに、警察官が何人も居るんだってことだよ」
「あぁ、確かになぁ……確かこの近くにある警察署って、ここから結構遠いんだっけ。確か2,3km行ったような……」
「どうせ、あのラジオ聴いた車の運転手が事故って大惨事を引き起こして、道路が全面的に大渋滞したからパトカーが動かせなくなったに決まってるッスよ!ね、照子さん!」
と渦女が言ってみた物の、いつの間にかラジオ局の方を向いている照子に無視されてしまった。
「照子さん?」
——アイツが自分の母親に事実を確認しに来たのなら、ここかもな……
「大奈斗の奴って、ここに行っているんじゃね?」
そう言いながら、照子はサンダーバードFMのラジオ局の方を指差した。
——照子の姉貴、寿茶男、ついでに先生。俺、悪いけど麻凛町に行ってくるわ
「あっ、そういえば……」
大奈斗の言葉を思い出した寿茶男がきょとんとした顔でそう呟く中、いつの間にか話について来れなくなった渦女は首を傾げていた。
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
"DJロッキー"改め、"阿久芳炉希"の尋問が終わった後、芽留木は"那典瑠師"に一階の様子を暫く見るように命令され、ラジオ局の入り口の方に行った。
そこから見た街の様子は思った以上に見慣れないものだった。ただでさえ煩い人ごみの声が更に煩くなり、あちこちで人が重なるように倒れていた。
——確かに彼女以上に優れた歌手は居ないだろうな。
歌で世界を変えたのだから……
心の中で皮肉を呟いてみると、制服を着た3人の学生がこちらへと向かっていった。一人は綺麗な水色の髪でアイドル並にスタイルの良い少女、もう一人は茶髪で少し派手な髪型の少年、そして最後の一人は——
——この女の子……見覚えがある……?
間違いじゃなければ、7年前に……
「すいませーん」
茶髪の少年が話しかけてきた。
「申し訳ない。何の用だ?」
「四上大奈斗っていう、男とは思えないくらいの美形のイケメンがここに入ってきませんでしたか?ここで歌っていた歌手の子どもなんですけど……」
——この子達、四上楠葉の息子の友人か……?
話を聞いてみる価値はありそうだ。そして、この長髪の女の子も気になるな……
「いや、来ていないな。大奈斗くんの知り合いか?」
「はい。なんか、俺が大奈斗の母さんの歌を聞いて気を失ったというのを知ると、急に顔色変えて"麻凛町に行く"って言った後に何処かに行ったんですよね。だから、俺達よりも先にここに着いていたと思っていたんですけど」
——麻凛町に行く、と行ったのか。
確かに状況から考えても此処に行った可能性は高い——
「でも、此処にはまだ彼は来てない……とすると、何かに絡まれたか、"この街の中"の別の場所のどっちかになるだろう」
「そうですね……それで、おまわりさん——というか、刑事さんは心当たりとかあるんですか?」
「この街の中央に市役所があるのは知っているか?」
「ああ、そういえば——あのやけに高い山の頂上にあるフザけた市役所でしたっけ……」
「フザけているかどうかはともかくとして——実はその高い山の麓にある"死霊教会"という施設の敷地内に四上さんの家があるんだ」
「えっ!?」
茶髪の青年だけでなく、その連れの二人の少女も驚いていた。
——まぁ、無理もない……
あの場所は死人を扱う"重要施設"だからな……
「何で、んな所に大奈斗が……」
ついに黒髪の少女が喋った。口は荒くなっているが、やっぱり芽留木にとって聞き覚えのある声だった。
「申し訳ないが、その理由は余り分かっていないんだ。ただ、"7年前にとある事情によって、家族一同そこに住まされた"という噂なら聞いたことがあるな」
「とある事情……?」
「その"とある事情"がその謎の答えかな。それよりも、君たちはまだ大奈斗くんを探すのか?」
「まぁ、もしもアイツがマジで悩んでいるなら、あたしが相談相手にならないといけねぇからなぁ……」
「——?何故きみが?」
「その理由はコイツが話してくれるさ」
そう言いながら、見覚えのあるの少女は水色の髪の少女へと指を指した。
「えっ!?あたいッスか!?」
「そうだよ。おめー、さっきから一度も喋ってねぇじゃねぇか。せめて、面倒くせー説明をする係にはなってみろ」
「ううっ——照子さんに言われたんじゃ、しょうがないッス……」
そう言いながら、水色の髪の少女はゴホンと咳払いをした。何故か、彼女から“譜入”と同じ臭いがする……
「えーと、それはちょうど1年前の話なんッスけど、その時に大奈斗がこの学校に来たと思ったら、来て早々荒れ始めたのですわ——じゃなくて、したんッスよね……それで、"この人"が皆に何とかしてくれる様に頼んだから、大奈斗との喧嘩して、勝って、それから説得したの——したッス!」
「はぁ……(やけに上がり性な子だな……)つまり、この女の子が荒れた大奈斗を説得したから、今回の件に対する相談をする責任を感じているというわけかな?」
「その通りで……ッス!」
「まぁ、そういう事だ」
そう言いながら、見覚えのある少女はゆっくりと水色の髪の少女を押しのけて前に出た。
——どうやら、あれから優しい子へはなったようだな……
「それで、"大奈斗を探すのか"って聞いていたけど、協力してくれるのか?」
「ああ、その通りだ。本当は独断で頼むべきではないというのは分かっているが、君たちにも君たちの事情があるんだろう。それに、大奈斗くんの精神状態が安定した方がこちらとしても話を聴きやすい」
その後、芽留木は自分の財布から100円玉を6枚取り出し、それは2枚ずつ3人に渡した。
「200円……?」
「死霊教会へは"太陽の川"を渡るしか無いが、そこには橋が架けられてないというのは知っているな?だから、"フェリー乗り場"で100円払って船に乗せてもらうしか無いんだ。面倒なのは分かるが……
それともし、大奈斗くんを見つけて用事が終わったら、俺の方に直接電話してくれると助かる」
そう言いながら、芽留木は自分の名刺を渡した。そこには自分の名前はもちろん、連絡先の電話番号とメールアドレスも記入されてある。
それを受け取った後、3人は死霊安静所の方へ向かっていき、それぞれ礼の言葉を言った。
「ありがとよ」
「ありがとうございまーす」
「……ありがとうございましたッス!」
やはり、水色の髪の少女だけは緊張した様子だった。
——あの子……やっぱり、7年前にあった女の子だ。
天野照子——
不定期に来るかもです。
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・天野照子
照子たちはあのべっ甲眼鏡の刑事に言われるまま、"死霊教会"へと向かっていた。
——あのべっ甲眼鏡の刑事……
どこかで見たことがあるんだよなぁ……
心でそう呟きながら、照子はポケットから先程受け取った名刺を取り出した。名前は"芽留木聖"と書いてある。
「あの人、芽留木聖なんて言うんだなぁ。下の名前が"聖"だけって、何か違和感があるよな」
「あぁ、まぁな……にしても、何処で会ったか思い出せねぇわ……」
「どっかで会ったことあんの?姉貴?」
「前——っていうか、昔に会ったことがある気がするんだよなぁ……」
「んなもん、ただのすれ違いに決まってるってよ。な?雨宮先輩?」
そう言いながら、寿茶男は意地悪っぽい視線で渦女の方を見つめた。
「そっ、そうッスよ姉貴!そんなのたまたま覚えていたに違いないッス!」
「んまぁ、そうかもな……」
照子は名刺をポケットの中にしまったものの、考え込んでいるような表情を未だに崩さなかった。
しかし、歩きながら変わらない川沿いの土手の景色を眺めている間に、明らかに"太陽の川"のすぐ傍に建てられているコンクリートの建物を見つけた。
「あっ、あの建物じゃないッスか?あの刑事さんが言っていたフェリー乗り場って」
「川の向こうにも、同じ様な建物があるから決まりかな。行こうぜ」
確かに少し辺りを見渡すと、幅の広い太陽の川が二つのコンクリートの建物で挟まれているのが見える。そして、その建物の間をたくさんのフェリーが——という程でもないが、それなりの数のものが横断している。
そこからは少しだけ駆け足で、コンクリートの建物まで向かっていった。建物の入り口は大きく開いており、奥には川といくつかの船が見えた。
発券機から皆で100円ずつ払って3人分のチケットを買い、フェリーの改札機に向かおうとする時だった——
「おやおや、ここに君らの様な若者がくるとは珍しいのぅ……」
如何にも老人らしい口調で話しかけてきた男はやっぱり、老人だった。70代を思わせる老いぼれた顔つきとは裏腹に、綺麗な着物を着ているのが照子たちの印象に残った。
「すみません……俺ら急いでいるんで後にしてもらえますかね?」
寿茶男はやや気を遣ったような口調で老人との会話を回避してみるも、老人の言葉によって引き止められてしまった。
「まぁまぁ、すぐ終わる話じゃ。君らはあれじゃろう?"大奈斗"を探しているんじゃろう?」
すると、照子たちは思わず「えっ」と言葉を漏らし、その後に寿茶男が「なんで分かったんっすか?」と焦りながら聞いた。すると、老人は「カッカッカッ」と笑いながら、話を続ける——
「じゃって、君らのような若者が"死霊教会"の見学目的で来るとは思えんからのぅ……それにこの制服——大奈斗と同じ高校じゃろう?確か……“酉舟高校”じゃっけ?」
「まぁ、そこで在っているんですけど……何で大奈斗の事をそんなによく知っているんですか?」
「そりゃあ、しっとるわい!何故なら、わしがこの船乗り場の責任者なのじゃからな!」
照子たちはまたまた「えっ」と声を漏らした。
「えっ、じゃあ、またまた聞いてみますけど、その綺麗な着物と言い、おじいさんこそ観光客に見えるんですけど……」
「これはワシの仕事着じゃ!その仕事の内容は詳しく言えないが、この着物がトンデモなく重要なのじゃ!」
「は、はぁ……そうなんですか……」
「まぁ、それは置いといて……ワシは大奈斗のことを、奴が生まれた時から知っているから、大抵のことは話せるぞい」
「あっ、それじゃあ、アイツが今何処にいるか分かんねぇか?」
急に照子がアッサリと質問しだした。
「えっ!すまんのぅ、お嬢さん。流石にそこまでは分からんのじゃ……わしは"お得意様"が来るまでは、ほとんどオフィスにいるだけじゃし……」
「そうかぁ……んじゃあ、アイツの家に行ってみたいんだけど、そこまでの道を教えてくれね?」
「家じゃったら、船から降りた後に右に曲がって川沿いに行けば、すぐに付くぞい。ちょいと豪華な屋敷じゃからすぐに分かると思うんじゃが」
「というか、普通にここから見えるッス!」
渦女がそう言って指した方向には、確かに船着き場らしい建物の左側に一つだけ洋風のちょっと豪華な見た目の屋敷が見える。
「あれれ、大奈斗が荒れているだけあってこれは意外だったわ……」
「わしはあいにく、目が悪くて見えんが、それが見えるとしたらそこが大奈斗の家に違いない。どうじゃ?100円で乗っていくか?」
そう言われた後、照子たちは頷き、券売所から芽留木に貰った100円を使ってチケットを買った後に改札機を通過し、そしてフェリーに乗った。フェリーがここから去る間際に老人はこう言う。
「もし、あそこに居なかったら、"須藤羽弟郎(すどう はでろう)"という方を探してみろい!あの方も大奈斗の面倒を見ているからのぅ!」
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
——チーン……
ベルの音と共に14階へと上がってきたエレベーターから芽留木が出てくる。彼はさっき無線機で那典瑠師に呼び出されたところだ。「"第6応接室"へ来てくれ」と……
第6応接室の扉の前に立った芽留木は、それを二回ノックし、「失礼します」と一言言った後に扉を開けた。すると、そこにはテーブルを境に一人の女性——“四上楠葉”と、二人の刑事——“那典瑠師”と“伊須羅譜入”が向かい合ってソファに座っている。芽留木の姿を見た瑠師は、ソファから立ち上がり芽留木に近づいてきた。
「まず、白鳥頼傅の死因を伝えておこう」
「……?検視官はまだ来てない筈ですが?」
「それが実はな……ここに配属した新米の刑事の内の一人に、少々面倒な性格の女性が居てだな——"死の理由を調べる"という能力を持っていたので、代用させてもらった。裏付けは検視官にやらせるが……」
「随分と役潰しな女の子ですね……(何か身に覚えがあるな……)それで、その死因とは?」
「"毒殺"だ」
「毒殺ですか?」
「ああ。現場にあった証拠がそれを示唆しているから、間違いないだろう。それが、"錠剤の入った小瓶"なんだが——実は被害者の白鳥頼傅は"心臓発作"に悩まされていたらしい。だから、彼女の歌声による"胸の痛さ"を心臓発作と間違えて、この薬を飲んだのだろう。
だが、この錠剤を飲むことが逆に彼を陥れる行動になるとは、自分でも思っていなかっただろうな……」
「つまりこれは彼女の"大規模な"計画殺人だったと?」
「ま、まぁ——そうなるな……」
瑠師はそう言った後に、額の汗を人差し指の脇で拭きとった。
「他に証拠品となるものはありますか?」
「まだ調べている最中だそうだ。元々ここにいた警察官だけでは時間がかかるから無理もないが……だから、報告が上がった証拠品はこれだけだ」
「では、"四上楠葉の証言"の結果をお伝え願います」
そう言いながら、芽留木はチラっと譜入の方を見た。
「うっ!今、一瞬僕の方見ましたよね!」
「うるさい、"ルーキー"。早く"アレ"を渡せ」
今の台詞を言ったのは瑠師である。彼は自分が認めるほどの実力がある者には親身になって話すが、そうでない者には厳しく扱うという、ちょっと傲慢な部分を感じるところがある。
「ううっ……僕は何でこんなにネガティブな運命に合うのだろう……」
譜入は落ち込んだ表情をしながら、アレ——つまり、"譜入と楠葉との筆談に使ったノート"を瑠師に手渡した。楠葉は譜入の能力によって声が遮断されている事を考えると、このノートの存在も頷けるだろう。
「では、これを見てくれ……落ち着いてな……」
「ありがとうございます(譜入が絡んでいるという時点で嫌な予感を感じざるを得ないな……)」
今度は瑠師から芽留木へ手渡されたノートを開く。表紙をめくると、ギリギリ読める位に汚い字と、とても綺麗な字が戦っている——としか思えないくらいの文章が書いてあった。
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
『「白鳥頼傅の殺害について」
刑事:えーと、まずはどのようにして白鳥さんを殺したのかを言ってください。
容疑者:白鳥社長が頭痛に悩まされているという話を知っていますか?
予め、白鳥社長に中に頭痛によく効く薬を買ってくると嘘をついた上で毒薬を買い、それを彼に送りました。
その後、私は"聞いた者の頭を苦しませてから気を失わせる歌"を歌いました。
するとどうなるのかはご存知ですね?
白鳥社長は歌による苦しみとただの頭痛とを間違えて、薬を飲みます。そうしてお亡くなりになりました。
その後、それを確認しに行きましたが、まさかあなた達が私の歌を克服するとは予想外でしたね。
「白鳥頼傅の殺害の動機について」
刑事:えーと、次は白鳥社長を殺した動機についてお伺いします。
容疑者:"白鳥さんとの間にトラブルがあったから"……じゃ、だめかしら?
刑事:えっ、あっ、はい。トラブルですね。それは一体どういったトラブルで……
容疑者:余り女のプライベートに関わるんじゃないの。オルガン刑事さん。
刑事:す、すみません!
「三日前から今日までの行動について」
刑事:えーと、では三日前から今日までに取った行動をお書きになってください。
容疑者:三日前には親戚の子と一緒にお茶を飲み、一昨日(おととい)にはラジオ局に番組の出演の申請をし、昨日には打ち合わせをし、そして今日に沢山の罪を背負いました。それがどうかしましたか?
刑事:いっ!いえ!ただ念の為に聞いただけです!ごめんなさい!』
この文章を見た芽留木は、想像を遥かに絶するモヤモヤ感を感じたと共に、目を鋭くした。その表情はもう、不機嫌という他ない。
彼はノートを閉じた後、不機嫌な表情のまま、ノートで手のひらをゆっくりと何回も叩きながら奥のソファの方まで少しずつ歩いて行った。
——パンッ!……バンッ!……バンッ!……バンッ!
無音の部屋の中で聞こえるその音と足音が何度かなると、芽留木は奥のソファのすぐ目の前まで辿り着き、そのソフェへ足を組みながらドサッと座る。しかし、それでもまだノートで手のひらを叩いたままだった。
それを譜入が恐怖で体を震わせながら見守り、瑠師と楠葉は困ったような表情でそれを見守った。
「伊須羅譜入……改め、"オルガン刑事"——お前にはいくつか言いたい事がある……」
「ヒイィ!」
芽留木はまだノートで手のひらをゆっくりと叩いている——
「まず一つ目——「えーと」を何度も使うな。腹立だしい……」
「もっ、申し訳ないです……」
「二つ目だ。少しは根気よく問い詰めろ。というより、これはそれ以前の問題だな……」
「おっ、仰る通りです……」
「そして最後——文章で動揺するな」
そこまで言い切った後、芽留木は思いっ切りノートをテーブルに叩きつけ、バンッという音を鳴らした。
「うううっ……怒鳴って怒らないのが、逆にもっと怖い……」
「怒鳴って怒られたいか?」
「あっ!いえいえ!滅相もない!」
芽留木は溜め息を付きながら、テーブルに叩きつけたノートをもう一度読み始めた。
——まぁ、聞かなくてはいけない所だけ聞いてあっただけ、まだマシだな……
改めて読んでみると、気になる部分と自分の情報と照らし合わせる事によって違和感が出てくる部分がいくつかあった。
「どうだ、芽留木。追求するべき部分を見つけられたか?」
「勿論です」
芽留木はそう言った後に、奥の席から立ち、その代わり譜入の隣——もとい、楠葉に正面から向い合って座った。そして、ノートの次のページをめくり、何も書いていないのを確認すると、一文を書いてノートを楠葉に渡す。
『私の疑問は全く晴らされていません。だから、これから私は貴方の質問の答えに対する追求をします』
その一文を見た楠葉は表情を変えた。悩んでいた。
が、暫く経つと目を瞑り、綺麗な字で筆を進めた。
『どうやら、見た目に反して熱い性格をお持ちのようですね。いいでしょう。私から情報を引きずりだしてみてください』
この一文を見た芽留木はホッとした。彼にとっての第一関門が終わったからだ。芽留木には話が出来なくなるという心配さえあった。しかし、次はどうやって楠葉から情報を引き出すかである。
——まずは動揺させるような質問を投げかけてみようか……
“あの質問”はそれからだ……
『"例の番組"のDJをやっていた"阿久芳炉希"さんに話を伺いました。どうやら、あなたが最近になって急に番組の申請をした事を秘密にするようにと、殺された白鳥社長が社員に命令したそうですが、その理由について心当たりがありますか?』
その一文を書いてみせると、楠葉は首を傾げたような表情をして、すぐに一文を返した。
『そうなのですか?それは知りませんでした。何せ、このラジオ局で出演したのは初めてなので……』
その返事を見て、芽留木は驚きを隠せなかった。彼女の表情を見ても全く動揺した様子もないし、嘘を付いている様子もない。
——彼女が白鳥社長に秘密にするよう促していたと思ったが……
ということは、白鳥社長から自発的に命令したか、"第三者"が介入したかのどちらかだな
この考えが芽留木から浮かび上がる。
「芽留木」
瑠師が話しかけてきた。
「あの質問で彼女を動揺させることは出来なかったが、おかげで"決定的な追求"をする事ができるぞ」
芽留木は楠葉の書いた答えを改めて見る……
——そうなのですか?それは知りませんでした。何せ、このラジオ局で出演したのは“初めて”なので……
「……ですね。確かに"もう一つの追求"をすれば、彼女は動揺するでしょう。絶対に」
彼はシャーペンで次の一文を書いた。
——ここからが重要だ……
『"白鳥社長との間のトラブルが動機"、"このラジオ局へ出演したのは初めて"、この二つは書き間違えではありませんね?』
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
『"白鳥社長との間のトラブルが動機"、"このラジオ局へ出演したのは初めて"、この二つは書き間違えではありませんね?』
この一文を送られた四上楠葉は嫌そうな表情をした後、すぐに一文書いて返した。
『何度もそう言っているでしょう?』
——しめた……
ようやく芽留木は不敵な笑顔を見せ、シャーペンを手に取って文を書く。
その不敵な笑顔が気になったのか、楠葉もよくよくと考える——すると、彼女はその時点で瞳を大きく開けて動揺した表情を見せた。
『おとといの出演申請、昨日の打ち合わせ……それだけでトラブルというのは起こるものですかね?それとも、それ以前に何か深い事情があったのでしょうか?』
その一文を見せつけられた楠葉は震えながら、強く口を抑えつけた。
が、その動揺はすぐに抑え、次の一文を返す——
『はい。それ以前の深い事情がありました。それについて教える気は"ありません"』
芽留木は腕を組みながらこの文章を見つめる。
「め、芽留木さん!?この人、口硬いですよ!?というか、筆硬いですよっ!?
後もう一歩で追い詰められたと思ったけど、“この流れ”って凄く問題ありますよね!?」
「うるさいルーキー。もうちょっと静かに喋れ。それより、“この流れ”というのは、彼女が動揺したのに口を割らなかったということか?」
「はっ、はい!!」
「……言って置くが、その流れは——」
——一切問題無しだ
「えええっ!?」
「いいか、オルガン刑事。俺が投げかけた二つの質問……"急に番組の出演を申請したこと"、"トラブルについて"は飽くまでも"四上楠葉の動揺"が目的だったんだ。何故、そうしたかというと——"ある質問"の答えを確実に引き出すことだ」
「ある質問……?」
「その質問の答えはお前もよく分かっている筈だ。彼女を追いかけた時の謎の行動——」
「僕でもよく分かる楠葉さんの謎の行動——って、まさか!」
「そうだ。それを今から彼女に問い詰める」
そう言った後、芽留木はシャーペンでトドメの質問を記す……
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
トドメの質問を記したノートを楠葉に渡した芽留木、そこにはこう書いてある。
『あなたは何故、死体を確認したときに叫んだのですか?』
————
芽留木の判断に引っ張られるように譜入も急いで走る。そして、エレベーターの所まで到着すると、右のエレベーターは"14階"、左のエレベーターは"32階"……つまり最上階だ。
そう思ったとき、上の方からうっすらと"女性の甲高い叫び声"が聞こえた。
————
楠葉はただ黙ってこの一文を見つめていた。
「あなたのこの叫びが無ければ、私は"あなたが白鳥社長を殺したという事実"を真実として受け入れることが出来たでしょう。何故なら、"疑問が生まれてこないから"です」
——私の疑問は全く晴らされていません。だから、これから私は貴方の質問の答えに対する追求をします
「しかし、この叫び声一つで様々な疑問が生まれることになりました。そして、その叫びはあなたが歌で人々を気絶させたからこそ生じた"音の死"のおかげで聞こえました」
芽留木が声で追い打ちをかけてきた。楠葉は声を出すことは出来ないものの、声を聞くことは出来ていた。そして、楠葉は観念したかのように一文を書いて渡した。
『息子の大奈斗はどうなっていますか?』
それに対して、芽留木はあの黒髪ロングの少女を始めとした三人組の学生を思い出しながら、返事を書く。
『今の所はまだ見つけていません。ですが、見つけたら話を聞くつもりです。私が手に入れた情報によると、彼は貴方が歌によって世界が混乱したのを聞いた途端に、麻凛町の何処かに行ったらしいです』
譜入も瑠師も今の発言には首を傾げたが、芽留木はそれに構わず、楠葉は今度はこう書いた。
『もし、貴方がそこまで疑問を明らかにする事に執着するのであれば、"白鳥社長の部屋"を調べなさい。そこにこの事件の真実を晴らす手がかりが出るかもしれませんね』
彼女の最後の一文を見た芽留木はノートを閉じた後にこう言った。
「ご協力に感謝します」
その言葉の後も、楠葉は困惑した表情をしていた。
不定期に来るかもです。
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・天野照子
死霊教会の敷地へと着いてから、照子たちはすぐに川沿いに左の方へと歩き、大奈斗の家と思われる洋風の家の前へと着いた。
「あっ、マジでここが大奈斗の家だったわ……」
寿茶男が表札を覗き込みながらそう言った。確かに、その表札には大奈斗の苗字である"四上"という名前が書いてある。
壁はレンガ作りだし、庭も広い割にはきちんと手入れされている。母親がやっているのだろうか。
どう考えたって、大奈斗の性格には合わないと言ってもいいくらいにオシャレだったが——良く考えてみると、男であるのにも関わらず、生きる美術作品と言ってもいいくらいに整ったあの顔立ちを考えると、そこまで違和感はないのかもしれない。
「とりあえず、まずはインターホン鳴らすか……」
続いて寿茶男はそう呟きながら、大奈斗の家のインターホンを押した。
が、暫く経っても音一つ返って来なかった。
——おいおい……面倒くせぇなぁ……
これじゃあ、大奈斗への手掛かりは無しか?
照子が心の中でそう思いながら頭を掻いた時、後ろから誰かが話しかけてきた。
「君たちのような若い子たちが此処に来るとは珍しいな。大奈斗に会いに来たのか?」
「それ、フェリー乗り場のじいさんにも言われたって——」
そう言いながら後ろを振り向くと、当然、話しかけてきた人物の姿が見えた。神父の服、大柄な体格、スキンヘッドが特徴の威圧感のある男だった。その貫禄のある姿には思わず照子もビックリしてしまった。
「え、えっと……おっさん——じゃなくて、おじさん……誰?」
「済まない。気まぐれで話しかけると、どうも最初の礼儀が抜けてしまうな」
そう言うと、神父服の男は咳払いをした後にまた口を開いた。
「わたくしの名前は"須藤羽弟郎(すどう はでろう)"と申します。ここ——"死霊教会"の司祭でありまして、最高責任者でもあります。どうぞ、宜しくお願い致します」
「ええっ!!」
またもや三人一緒に驚いた。今日だけで二回驚くとは思っていなかっただろう。その理由は明確であり、見慣れた親友に会いに来たと思ったら、重要施設の最高責任者にあってしまったからである。
まさかこんな急展開になるとはこれっぽっちも思っていなかった。
——そういえば、此処に向かうときにフェリー乗り場のじいちゃんからその名前を聞いたな……
「私の事は"須藤神父"と呼んでもらえると嬉しい。だが、そこまで驚かなくてもいいぞ?ほら、私という男も、この役職がなければただの——」
そこで羽弟郎は急に口を抑えた。その時に、何故か息を漏らしたのが気になるが、照子たちは下手に口出ししないようにしていた。
「——すまない。とにかく、私が何であれ、堅苦しく関わる必要はないぞ。ただ、一定の礼儀さえ守ってくれればそれでいい。
それで、要件は大奈斗に会いに来たで合っているのかな……?」
「ああ、まさにそれなんだよ。学校で麻凛町に行くって言った切り居なくなったから、アイツの行きそうな所を辿ってここに着いたけど、ここにまで居ないらしいんだ……」
「だったら、彼の"弟"に会うというのは?」
「弟?アイツに弟なんていんのか?そんな話、あたしは聞いたことなかったんだけどなぁ」
「俺、大奈斗と同じクラスだけど、アイツに弟がいるって話なんて聞いたこともなかったぜ!」
寿茶男が話に割り込んできた。
——そういえば、アイツ大奈斗と同じクラスだったっけ……
「そうか——彼はあまり家族のことを話さないからな……
それで、これとは別の話になるが、実は大奈斗の事情の大体は私も把握できている。彼女の母親である——"四上楠葉"が歌ったんだろう?あの禁じられた歌をな——」
「禁じられた歌?それって、あの頭が痛くなる歌のことですか?」
「その通りだ。その言い草によると、キミも聞いたようだな。まぁ、正確に言うと、"歌を聞いた者の運命を狂わせる"ものだが」
「つまりそれって?」
「例えば、彼女が運転中のドライバーに聴いた者の心臓を苦しませる歌を聴かせるとしよう。すると、心臓は当然痛くなる。それも運転中にだ。その後はどうなると思う?」
「えっ、普通に交通事故起きるんじゃねぇの?」
「そう、普通はそうなる。だが、もし、彼女がその後の運命を"気絶はするが、絶対に死なない"と念じながら歌えば、その通りになるんだ。頭の苦しみも"頭が苦しくなる運命を念じながら歌った"と考えるべきだな」
「うわぁ……敵に回したくねぇお母さんだなぁ……」
「いやいや、それでもまだ姉貴のが強いッスね!」
「そうやって、人を過大評価するの良くない」
「月人から聞いたけど、喧嘩売った不良共全員から金を巻き上げた女子高生が、何そこで謙虚になってんだよ」
話が逸れてしまったのを察した須藤神父は無理矢理話を戻そうとした。
「とにかく、そんな話は後にして——本題に戻るとしよう。
大奈斗はとある事情により、今回の件のように"精神的な苦痛"を受けた後は弟である"四上愍(しかみ みん)"の所まで行くんだ。とある事情については……私からは"立場上"教えられない。
一応、“秘密事項”として扱われているからな。飽くまでも一応だが」
「一応?」
「ああ、そうだ。一部で広まっているのは既にこちらでも分かっているが、秘密扱いにした方が広がらずに済むんだ。
後はそうだな……せめて、愍の場所さえ知っていれば教えてあげたいのだが——」
「やっぱり手掛かりは無しなのか……はぁ——」
照子がこれからの行動をどうすればいいのか迷っている時——
——うっ!
急に照子の心臓の動きが活発になり、視覚・聴覚が歪んできた。照子は目を見開いて息を荒くしながら、必死に胸を押さえて、自分の意識のあらゆる歪みに耐えようとするが、それでも段々意識が薄くなっていき、しまいにはその場に倒れてしまった。
——おい!姉貴!どうしたんだよ!
照子さん!起きてくださいッス!
二人の呼び掛けの声が聴こえるが、もうどうにもならない……
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
遂に白鳥が殺された現場の調査へと足を踏み入れた芽留木聖、伊須羅譜入、那典瑠師の三人の刑事。そこへ辿り着くと、数人かの警察官が現場の捜査をしているのが見えた。そこへ入るのを見た警察官の内の一人が瑠師の元まで駆けつけ、敬礼をした後に捜査の報告をする——
「那典刑事部長!事件の報告をさせて頂きます!」
「ああ。できれば、私の隣にいる二人の刑事にも聞こえるようしてくれ」
「了解です!現場から見つかった証拠品はただ今、"4つ"あります!
一つ目は白鳥社長の死因となったであろう"錠剤"であります!全部で"12個"見つかりました!その内の4粒は床に落ちており、残りの8粒は次の証拠品の中に入っております!鑑識の結果が来るまではまだ時間が掛かるという報告が入っております!」
「死因となった薬か……ところで、白鳥社長の死因を調べた"新米の刑事"は何処へ行った?」
「"彼女"でございますか?彼女はひと通りの捜査を終えた後に、『身内から超重要な電話が来た』と行って現場を一時的に去った模様です!」
「ふむ……まぁ、ひと通りの捜査を終えてくれたからいいとしよう。それに彼女のおかげで早めに、事件のいきさつを推理することができそうだからな……では、次の報告をしろ」
「はっ!二つ目は"デコレーションがされた小瓶"です!6粒の錠剤が入っていたと申し上げましたあの小瓶です!恐らく、白鳥社長は歌が聞こえた時にこの中から錠剤を取り出したのでしょう!」
「デコレーション?中年男性が薬を入れる小瓶なんかにデコレーションをするのか?」
「いいえ!どうやらある女性からのプレゼントである模様です!」
「その根拠はあるか?」
「それが次の証拠で御座います!」
「ほう。では、それを頼む」
「三つ目は"メモ書き"で御座います!白鳥社長の机の傍にあるゴミ箱の中に入っておりました!何やら夜空の背景に無駄に綺麗なハートや星の模様が飾ってあって、すんごく特徴的です!」
「確かに見るからに、“見たことのないデザイン”だな……それを読み上げろ」
「え……」
その後、瑠師に睨みつけられた警察官は体を震わせた後に「了解しました!」と叫び、恥ずかしそうな表情でこう読み上げた。
『大好きな白鳥社長へ(ハート)
いつも、私を指名してくれてありがとー!社長のおかげで、私、いっつも元気いっぱいだよ!お礼として、この小瓶をプレゼントしてあげるね!私が綺麗にデコったから、きっと気にいると思うよ!
それじゃっ、白鳥社長!今日も明日も一年後も死んだ後も頭痛なんかに負けるなー!(キュン)
"流瀬平華(るせ へいか)"より』
それを読み終えた時、何故か広範囲に渡って空気が凍りついた気がする……
「す、すまない……確かに小瓶との関連性も付くし、それにこちらが目で読めばよかったな……それじゃあ、最後の証拠を頼む……」
——瑠師さんが黙ったぞ……
「……最後の証拠は"薬局の袋"で御座います。中には——『頭痛薬 9錠』と書かれた"今日発行された領収書"と"空のSP包装"が入っておりました。」
明らかに報告をしている警察官はさっきので大幅にテンションが下がっていた。それでも一般的な地声の大きさよりもちょっと小さいくらいのボリュームだが。
そう思っていたとき、首を傾げていた譜入は芽留木に話しかけてきた。
「SP包装ってなんでしょうか?」
「SP包装っていうのはな。まず"SP"というのが、"ストリップパッケージ(Strip Package)"の略で、薬局で錠剤を渡されたときに、よく薬の形にへこませた透明のプラスチックのパッケージみたいなのが出てくるだろう?それがSP包装だ。大胆に言うと、薬ごとケースのへこんでいる所を押して薬を出すやつだ」
「ああ!あれですか!あのプチプチみたいに薬を飛ばす——」
「まぁ、何故かプチプチの様な爽快感は出ないけどな……」
「これで証拠品は全てか?」
「はい。以上が現時点での捜査で発見した証拠です」
「そうか……
さて、芽留木——お前は気付いたか?」
瑠師にそう聞かれたとき、芽留木は疑問の表情をひとつも見せずにこう答える——
——はい、ありますね。明らかにおかしい所が
最初の証拠品——白鳥社長の死因となったであろう計12錠の"錠剤"
第二の証拠品——綺麗なデコレーションがされ、中に八粒の錠剤が入った"小瓶"
第三の証拠品——流瀬平華という人物からのユニークなデザインの"メモ書き"
第四の証拠品——『頭痛薬9錠』と書かれた今日発行された領収書と空のSP包装の入った"薬局の袋"
——この4つの証拠品を関連付けすれば、真相へすぐに近づける筈だ……
「しかし、それを言う前に少し事件の整理をしてみましょうか」
芽留木は眉間に人差し指をゆっくりと当てる——
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
芽留木が眉間に人差し指を当てると——この場に居た全員が、床も壁も天井も真っ白な空間に連れて行かれた。その光景に覚えのある、瑠師や譜入などは冷静なリアクションだったが、初めてその空間を体験した何人かは大きく戸惑ってしまった。
「初めての方——驚かせて申し訳ない。これから私の能力を使って、“事件直前の四上楠葉”の様子と“生前の白鳥社長”の様子について説明します」
「おおっ!これは、芽留木さんの能力ですね!久々に見ました!」
「実は、尋問で四上楠葉を問い詰めたことによって、この能力で明らかになったことがあるんだ。だからそこから説明したいと思ってな」
この白い空間は芽留木の"能力"によるものである。この空間は芽留木の作った"仮想空間"であり、彼はこの空間を自分の思い描く形にすることが出来る。
芽留木は事件の概要や自分の推理を説明するときに、時々この能力を使うことがある。何故なら、この能力には便利なことに"過去の再現をしている場合、自分がそれについての真実に近付いているほど、新たな事実が明らかになる"からだ。その"新たな事実"とは主に、その時の会話の内容や再現した過去の前後の様子等がほとんどである。
「さて、まずは四上容疑者がスタジオへ到着する少し前から始めましょうか。それが、四上楠葉を問い詰めたことによって、私の能力で分かったことです」
芽留木が指をパチンと鳴らすと、真っ白な空間がすぐにラジオ局の一階のロビーへと変わった。更に、沢山のスタッフや麻凛警察署の警官までもが現れ、エレベーターへと向かっている綺麗なドレスを着た"四上楠葉"まで見えた。
当然、彼らは芽留木が作り出したホログラムのようなものだし、全員、芽留木たちに気付いていない。
「さて、これから彼女はエレベーターに向かいますので、四上さんに着いて来てください」
そう言いながら、芽留木が楠葉の後を追うと、譜入や瑠師たちもそれに着いていった。
「まず、四上容疑者は正午辺りにこのラジオ局へと着き、エレベーターに乗りました」
楠葉がエレベーターへ乗ると、後をつけて行った芽留木たちも急いでそれに乗る。扉が閉まる間際に、楠葉はエレベーターの"22階"のスイッチを押した。
「今、彼女はエレベーターの22階のスイッチを押しました。そこには私と譜入、そしてDJの"阿久芳炉希"の居たスタジオがありますので、"着いた後はまっすぐスタジオへ行った"と言うことになりますね」
エレベーターが22階へ着くと、楠葉はそのままエレベーターから出て行った後に、そのまま寄り道せずにスタジオへ入った。
「ここまでが四上楠葉がこのラジオ局へと入ってからスタジオへ入るまでの経緯です。その後、10分後に事件が起こるわけですが……次はその時の"白鳥社長"の様子を見てみましょう」
——つまり、“白鳥社長が死亡する瞬間”です
皆には芽留木のこの言葉が重くのしかかってきた。
芽留木が指を鳴らすと、空間は社長室を映しだした。そこから、全員息を飲み、奥にある机にはスマートな体格とさわやかな髪型をした50代の健康的な男——"白鳥頼傅"が高そうなスピーカーで四上楠葉が出演している例のラジオ番組を聞いていた。机の上には沢山の書類や電気スタンド——そして、“デコレーションされた錠剤入りの小瓶”と水のペットボトルが置いてある。
白鳥社長は作業する手を止めて、四上楠葉の歌声を楽しみに待っていたが、突然頭を抱えて苦しそうな素振りを見せた。両手で頭を抱え込み、苦しみを振り払うかのように、頭をあちこちに振り回している。
「今、あの歌が流れています」
「えっ?何も聞こえてませんよ?」
「ああ、この空間の白鳥社長にしか聞こえない様にしている。仮に、聞こえるようにしても、あの歌を思い出せるわけがない。途中までしか聞いてないしな」
「ああ、なるほど……という事は、この次ってもしかして——!」
すると、白鳥社長は小瓶を手に取る——
「その通りだ。白鳥社長は頭痛薬だと思っていた"あの薬"を飲み——」
彼はそのまま震えた手で、薬を3錠手に取って口の中に入れ、そのまま水を飲んだ。
——死に陥ってしまった……
少し経つと、白鳥社長の口から血が垂れてきた。そこから、その場に居た皆が声を出して驚く。
「え……?な、なんでだ……」
そこから少しの間が経ち、彼は今度は一気に血を吐く——その血は、深く絨毯に染み付いた。
力なき叫びをあげた白鳥社長は全力でここから逃げるように、四つん這いで走るが、それでも吐血は全く止まない……その上、彼の頭には想像を絶する苦痛が襲いかかっているのだ。
「い、嫌だ……俺はまだ——死にたくない……」
部屋の中央辺りで白鳥社長は力尽き、その場で倒れこんだ。最後に乾いた弱々しい声で「助けてくれ、平華ぁ……」と呟く——
「……以上が彼の死の瞬間です」
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
芽留木は自分の能力を解除し、皆を自分の空間から帰した。そこからは譜入でさえも真面目な表情をしている。
「……やっぱり、"人の死"って重いものですね——」
「ああ。だが、これを忘れるな。俺達のような身分はその真相を解明して、少しでも死の結末が救われる様にするのが仕事なんだ。だって、誰のどういう行動によって死んだかという真相も明らかになってないのに、そのまま死後の自分が語り継がれるというのは救いがないだろう?
まぁ、その想像が出来ない場合があるというのを承知で言っているが」
「いや、僕にも何となく分かります。では、芽留木さん、証拠品のおかしい点の説明をお願いします」
——例の4つの証拠品……それと、俺が説明した"四上楠葉と白鳥社長の行動"……
それを今から関連付けるぞ……
「さぁ、芽留木。頼むぞ」
瑠師から説明を促された芽留木はすぐに説明を開始した。
「まず最初に注目すべき所は、この場所へ発見された"錠剤"と"薬局の袋"の中に入っている領収書。何故ならば——」
——ここで発見された錠剤の数は"12錠"なのに
薬局から発行された錠剤の数は"9錠"だからです
「つまりこれは、"鎮痛薬とは別の錠剤が入れられたか、すり替えられた"ことを意味します」
「なっ、なるほど!流石、芽留木先輩!
でも——だからって、それがどうにかなるんでしょうか?」
「あの領収書のことをよく思い出せ。"今日"に発行されたんだ。つまり、白鳥社長がこの薬を買って、あの小瓶の中に入れたのも今日ということになる。
すると、四上楠葉は毒を入れる事は出来ないんだ」
「おっ、おおおおおおおおおお!!」
「俺が見せた通り、四上楠葉はこのラジオ局に入った後はすぐにスタジオへと向かったんだ。だから、彼女が鎮痛薬と毒薬を入れ替える機会は全く無かった」
「うおおっ——な、なんて都合の良い能力なんだ……じゃあ、それじゃあ、犯人っていうのは?」
「そう、ここからが問題だ。現時点で犯人を断定するのは難しい。だが、残りの二つの証拠が手掛かりを示している」
「それは——"デコレーションされた小瓶"と"捨てられたメモ書き"だろう?」
「その通りです。那典刑事部長がさきほど関連性を示した二つの証拠です。あの捨てられたメモ書きの内容を思い出してください——」
『大好きな白鳥社長へ(ハート)
いつも、私を指名してくれてありがとー!社長のおかげで、私、いっつも元気いっぱいだよ!お礼として、この小瓶をプレゼントしてあげるね!私が綺麗にデコったから、きっと気にいると思うよ!
それじゃっ、白鳥社長!今日も明日も一年後も死んだ後も頭痛なんかに負けるなー!(キュン)
"流瀬平華(るせ へいか)"より』
——まぁ、あまり思い出したくないがな……
「あっ!そういえば!彼がネガティブになりながらも読んでましたね!"小瓶"ってハッキリと!」
「ネガティブになっているのはお前だけだろ……
それはともかく、メモ書きに書いてある"小瓶"が"デコレーションされた小瓶"というのは、那典刑事部長が説明した通り——
そして、このメモ書きの差出人である"流瀬平華"……恐らく女性でしょう」
「という事はもしかして、その流瀬っていう人が……?」
「犯人とは言えないな。だが、この事件の関係者とは言えるかもしれない。念のため、彼女の姿が社長室前の監視カメラに映ってないか見てみようか。もし、彼女が本当に犯人だったら映っているはずだ。"毒薬となる錠剤を入れるため"に……
——という訳で、瑠師刑事部長。お願いできますか?」
「ああ、勿論だ。行くぞ」
こうして、芽留木と譜入と瑠師の三人は警備室へと向かって行った。
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
警備室へと辿り着いた三人は警備員の人に、社長室前の監視カメラの映像を見せてもらった。どうやら、幸運な事にその警備員は流瀬平華という人物を知っており、白鳥社長に合いに良くここに来ているとも言ってくれた。どうやら、死霊教会のすぐ近くにある"ヴィーナス"というキャバクラで働いている若い女性らしい。
「男の人……だけしか入ってきませんね……」
朝の6時の分から10時の分まで早送りで見ているが、今の所社長室へと入っているのは男性だけである。勿論、最初に入っている男性は白鳥社長……だが、11時の時になった途端——
「——!今のは!?」
なにやら、目立つ服装とウェーブのかかったロングヘアが特徴の人物が一瞬見えたので、急いで巻き戻しをして再確認する。
「確かに彼女ですね。この人が流瀬さんです」
警備員がそう言う。確かにキャバ嬢という職業にピッタリな魅力のある服装、ウェーブのかかったロングヘアというのは見間違いではなかったし、それにどう見ても女性にしか見えなかった。
「次進めてください。できれば少しゆっくりで」
警備員は言われるままにゆっくりとまた映像を再生する。すると、次に出てきたのは白鳥社長で、暫くすると彼は何やら布を持ってきて戻ってきた。そこから、また暫くすると今度は流瀬が出て行く。
「決まりですね。彼女があの小瓶を用意した、彼女には頭痛薬と毒薬をすり替える機会があった、その二つの点から考えて彼女が犯人である可能性が高い。
なので私は流瀬平華を"白鳥頼傅殺害の犯人"として告発します!」
「残念だが、それは難しいな……」
瑠師がそう言った途端、芽留木も譜入も声を上げて驚いた。
「ええっ!?もう、芽留木先輩がほぼ証明したじゃないですか!」
「悪いが、証拠が不十分すぎるんだ。"彼女を告発する場合"はな」
「それは一体?」
「流瀬平華——彼女は実は、"この街の市長"と"死霊教会の司祭"の親戚だったんだ。だから、証拠が不十分なまま告発してしまうと、多大なリスクが掛かるんだ。お前だけではなく、警察全体にな」
「なっ、なんだって!!何故、それを早く——」
「済まない……本当はあのメモ書きの後に言おうと思ったのだが、あの気不味い空気の中で言うのは流石に出来無かった……」
「瑠師刑事部長……」
「本当に済まなかった……だが、かくなる上はこういう手段が残されて——」
何処からかいきなり携帯の着信メロディが鳴った。何かのバラードの歌に聞こえるが、警備員のものだろうか……?
「申し訳ない。私のだ」
瑠師の携帯からだった。クラシック音楽を聞きそうな顔と性格をしているだけに芽留木と譜入に取っては意外であった。
——自分の子どもの影響で聴いているんだろうか?
誰かから、瑠師さんにはとても可愛い娘がいるという噂を聞いたが……
「こちら那典です。
……それは本当ですか?」
電話の途中に瑠師の顔はとんでもなく真っ青になっていた。一体、何があったのだろうか?
「分かりました。すぐ、そちらに向かいます」
そう言い、瑠師は電話を切った。彼が敬語で話している限り、相手は高い地位にいる人物と思える。
「刑事部長。一体、何が?」
「申し訳ない。暫くこの現場の指揮をお前に任せる」
瑠師はそう言い残して、すぐにこの場を去っていった。いかなる言葉も彼を止めることは出来ない。
——クソッ、何がどうなっているんだ……!
せっかく、犯人の目星が着いたのに告発できないんじゃ意味が無い!
瑠師が居ない今、芽留木が困惑したとき——
——……!なんだこれは……!?
急に自分の視覚・聴覚が歪んでいき、心臓の鼓動が激しくなった。芽留木はそれを必死に抑えるも耐え切れなくなり、その場で倒れてしまった。
——め、芽留木先輩!?どうしたんですか!?
譜入が呼びかけてくるが、返事する暇もなく、彼の意識は閉ざされた……
不定期に来るかもです。
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・黄色い部屋
照子が気がつくと、黄色いだけの背景と共にべっ甲の眼鏡の男が見えた。
芽留木が気がつくと、黄色いだけの背景と共に制服を着た黒髪ロングの少女が見えた。
どちらも椅子に座っている。そして、二人は互いに面識があった。
——あっ……
「君はあの時にあった女の子か……?」
「そっちこそあの時にあった刑事さんか……?」
——気がついたかい?二人とも
何処からとも無く、少年の様な声が聞こえてくる——
「誰だ?」
芽留木は冷静さを保ちながら呟いた。だが、黄色い部屋の中にはスピーカーもマイクも扉もない為、本当に訳が分からない所に連れて行かれたのである。
「ごめんね、二人とも。でも、此処から先の災難を乗り越えるにはどうしても、君たち二人が力を合わせるしかないんだ」
「力を……合わせる……?」
二人は互いに顔を合わせた。
「髪の長い女の子は四上大奈斗を助けるために彼を探していますが、手掛かりを使っても見つかりません。
べっ甲の眼鏡を掛けた刑事は四上楠葉を助ける為に、犯人を追い詰めようとしますが、どんな手を使っても犯人を告発できません。
そして、四上大奈斗は四上楠葉の犯した罪にショックを受けています。
さて——この二人が助けあう価値はあるのでしょうか?」
二人は驚きを越して、すぐに黙りこんだ。謎の声が自分たちの目的を知っている、二人の目的に繋がりがある、その二つの理由があるからだ。
「あるよね。四上大奈斗が何処かへ行ったきっかけが四上楠葉だし、その四上楠葉の大きな罪の容疑を晴らす為には彼の言葉が必要になるし」
「要は何が言いたいんだ?どうも誘拐したようにしか思えないが、俺と、この女の子と手を組ませたいとでも?」
「まさにその通りなんだ。あ、でも、今ここにある君たちの体は精神体でしかないからね。君たちの肉体は、それぞれの場所で気を失っている筈だ」
「意味がよくわかねぇのはさておき、どうやって協力させるつもりなんだよ?確かに、あたしはこの人の電話番号を知っているけど、飽くまでそれ以上の協力はできないぜ。だからそれが目的だったらお前の出る幕はねぇと思うんだがよ」
「それ以上の協力が出来るようにする為に君たちを呼び出したんだ」
「それはどういう意味だ?」
「君たちに僕が用意した能力を与えようと思うんだ。その能力は簡単に言うと"テレパシー"なんだけど、君たち二人の間で誰にも聞かれることの無い会話をするだけじゃなく、"記憶やの共有"や“位置の伝達”もできるんだけど、道具を使わずにそれが出来るというのは、この先に置いて凄く便利になると思うよ」
「記憶の共有?位置の伝達?つまり、あたしとこの人の記憶が一緒になったり、すぐに居場所が分かるようになるってことなのか?」
「それで大体合っているね。自分が共有したいと思った記憶をそのままもう一方に送れるんだ。そして、その記憶を好きなときに確認できる」
「いきなり俺たちを呼び出して、能力を与える——それすら信用できるかどうか分からないから聞くが、あなたの目的は何だ?」
「……今はその全てを言いたくないけど、君たちはこの後、何度も大きくて複雑な事件に遭遇することになる。そして、その先にある“もの”の正体を止めて欲しいんだ」
「だから、そういう隠し事が怪しいんだって。もう一度言うぞ、お前は誰だよ!」
すると、謎の声はいきなり笑い出し、こう言った。
——だってさ、黄色と言ったら僕しか思いつかないでしょ?
蛇に噛まれた女番長"天野照子"サン?
「あっ……」
その後、二人の意識はまた薄まってきた。まるで、何かに引き戻されるような感触だった——
——図書室の住人“書本蓮天”……
Part.2 of the 1st story "The Death's Sickle" is the END.
And this story continues to part.3...
不定期に来るかもです。
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登場人物紹介
照子編
・天野照子(18歳,女性,高校二年生)
本作の主人公。“最強のスケバン”として周りから恐れられている。一応、黒髪ロングが特徴の美人であり、性格も常に不機嫌なように見えて割と優しくはあるが、一度自分に喧嘩を売った相手には本当に容赦がない。集団で喧嘩を売られても全員痛ぶり、おまけに財布ごとカツアゲするという、いわゆる“逆リンチ”を普通にやれるほどの強さを持っている。
第一話では弟である“天野寿茶男”と共に、“四上楠葉”の歌によって麻凛町で倒れていた“雨宮渦女”と合流し、共に“四上大奈斗“を探しに死霊教会まで向かった。
・天野寿茶男(17歳,男性,高校二年生)
“天野照子”の二つ下の弟。髪型は少し派手で、尚且つ染めていたりもしているが、荒っぽい性格の照子とは少し違い、誰に対してでもフレンドリーで人付き合いが良い性格である。とにかくスポーツが万能で、そのせいでたくさんの部活からオファーが来たりするが、敢えてどの部活にも正式に入部せずに、助っ人として参加することにしている。
第一話では、姉の“天野照子”と“雨宮渦女”と共に“四上大奈斗”を探しに行く。
・雨宮渦女(18歳,女性,高校三年生)
天野照子の幼馴染みであり、右腕的存在である。ルックスはとても魅力的であるが、何故か照子以外には人見知りし、喋り方が不安定になったりするという驚異の変人っぷりを誇る。
第一話では、“天野照子”と“天野寿茶男”と共に“四上大奈斗”を追っていく。
・那典守子(17歳,女性,高校三年生)
照子を慕っている一人……だが、可愛い女性に合えばほぼ100%の確率で本当の意味で可愛がり、渦女の様な見慣れた女性には合う度に抱きつく。ただし、男性に対しては例外無しに凄まじい敵意を見せつけるという、腹黒いというよりかは性格が歪んでいるタイプである。
第一話では照子に彼女の弟である“天野月人”に対してサラっと悪口を言いながら、彼の居場所を教えた。
・天野月人(17歳,男性,高校三年生)
天野照子の一つ下の弟。剣道部に所属しているが、それ以上に目立つのは勉強での驚異的な成績、それと情報収集に精通していることである。どんな些細な事も、彼が開発した情報データーベースの中に記録され、その情報を自分を怒らせた相手に仕返しをするための武器とするという、よくよく考えれば相当な危険人物である。
第一話では照子と渦女が彼のノートPCを使ってラジオを聴こうとする時に出てきたが、その時に丁度ノートPCがウイルスに掛かって使えなくなっていた。
・御殿郡(37歳,男性,高校教師)
照子のクラスの担任をしている。担当は現代文。常にネガティブな雰囲気を醸し出し、授業に対する文句もネガティブな言葉で軽く受け流してしまう、ある意味での大物。
第一話では照子が遅刻して学校に着いたときに、彼女のクラスで丁度授業をしており、“天野照子”たちに“四上大奈斗”を追いかけるように促した。
・書本蓮天(??歳,男性,学校の図書室の受付)
彼についての記述だけで、学校の七不思議が全て埋まる。それほど謎に包まれた人物である。と、思いきや——
何故、常に制服ではなく黄色いコートを着ているのか?
何故、家に帰る姿が一度も目撃されてないのか?
何故、夜中は常に学校で本を書いているのだろうか?
何故、学校の授業も受けずに学校の図書室の受付をやっているのだろうか?
何故、彼はこの学校に入っているのだろうか?
何故、彼は存在しているのだろうか?
と、最後辺りは思ったよりも強引になってしまう。
第一話では、図書室に入った照子と渦女に、照子の弟である天野月人の場所を教えた。“黄色い部屋”とはどういう関係だろうか?
・フェリー乗り場のおじいさん(??歳,男性,フェリー乗り場責任者)
長年、死霊教会へと繋がるフェリー乗り場の責任者をやっているおじいさん。老いぼれた体をしているが、その割には綺麗な着物を着ている。そして、“四上大奈斗”を彼が幼い頃から知っているらしい。
第一話では、“天野照子”たちに“四上大奈斗”の家の在処を教えた。
・須藤羽弟郎(64歳,男性,神父)
死霊教会の司祭であり、最高責任者であり、死者の魂の管理をしている貫禄のある男。
第一話では、“天野照子”について“四上大奈斗”のことについて一部を教えた。
・四上大奈斗(16歳,男性,高校二年生)
“天野照子”と並んで最強の不良と呼ばれていた絶世の美青年。性格は照子よりも荒れており、暗い。同じクラスでも話しかけてくるのは気前の良い“天野寿茶男”である。だが、その生きる美術品の様な美貌は女子の中で密かに人気を集めていた。
第一話では母親である“四上楠葉”がラジオ局で人々を混乱に巻き込んだ歌を歌ったと知ると、麻凛町の何処かへと行った。
・天野薙(32歳,男性,建築士)
天野照子、月人、寿茶男の父親である。
芽留木編
・芽留木聖(25歳,男性,刑事)
今作のもう一人の主人公。過去の全てを見通せるのでは無いかと思うほどの鋭い洞察力、超人的な判断力を持つ超エリート刑事。その事によって多数の優秀な実績を残し、部下や上司からも信頼を集めている。
更に、真相を暴くほどに過去の光景が詳しく再現される“自由空間”を開くことが出来る。
第一話では、後輩刑事の“伊須羅譜入”と彼の上司である“那典瑠師”と共に、ラジオ局“ThunderBird FM”で起こった殺人事件の真相を暴いていく。
・伊須羅譜入(24歳,男性,刑事)
芽留木の後輩刑事。体格は大柄だが、それに不釣合いな情けない性格、何故か常に持ち歩いている不思議さ。その事から惚れた四上楠葉に何気なく存在が疑問視されてしまった。自分とすぐ近くにいる相手に掛かる音を遮断する力を持っている。
第一話では足を引っ張りながらも、先輩刑事である“芽留木聖”と上司の“那典瑠師”と共に殺人事件の真相を暴いていく。
・那典瑠師(52歳,男性,刑事部長)
“芽留木聖”と“伊須羅譜入”の上司であり、刑事部長という刑事のトップに立っている。芽留木と同じく凄腕の刑事であり、若い頃には様々な功績を上げてきたが、その時に付けられた“輝く刑事”という呼び名を好んでいない。才能を認めていない者以外には態度が厳しく、傲慢な面を見せるが、非常に空気を読む性格で読まなくていい空気まで読んでしまう。
第一話では芽留木聖と伊須羅譜入に助言を与えながら、殺人事件の真相を暴いていく。
・四上楠葉(??歳,女性,歌手)
謎めいた綺麗な女性。常に黒いドレスを着ており、その容貌は清楚なイメージを見る者に植えつける。彼女はオペラの歌声もバラードの透き通るような声も得意とし、共通点は夜を連想させることである。その事から彼女は“夜の歌姫”という肩書きが付いている。
第一話ではラジオ局で久しぶりの歌声を披露するが、それを利用して狂気に満ちた歌声で聴く者全ての気を失わせた後に社長室へと向かい犯人を演じたが、その役を“芽留木聖”によって打ち砕かれた。
・阿久芳炉希(27歳,男性,DJ)
ラジオ局“ThunderBird FM”の人気番組の司会者を務めている明るい上に他人想いな性格のDJ。だが、その性格が強すぎて、尋問の時に“芽留木聖”と“那典瑠師”が来た時にいきなり迫ってきて決め台詞を言ったり、彼らが名前を聞く前に自分で名を名乗るなど、逆にマイペースになってしまうこともある。しかも、高級感のある白いスーツやレンズの部分がレコード盤の形をしている眼鏡を掛けているなど、謎すぎるファッションセンスをしている。
第一話では、尋問の時に芽留木に嘘を見破られ、殺人事件の被害者である“白鳥頼傅”に、“四上楠葉”が二日前の番組の出演依頼が来たことを教える。
・報告係の警官(23歳,男性,新米警察官)
やけに口調に気合の入った警官。
第一話では、殺人現場へとやってきた“那典瑠師”に捜査の結果報告をした。だが、“白鳥頼傅”に送られたメモ書きの内容を呼んだ後に気分が萎えてしまった。
・流瀬平華(24歳,女性,キャバ嬢)
キャバクラで働いている女性であり、“白鳥頼傅”に読んでいてテンションが下がってくるメモ書きを送った本人。
第一話ではラジオ局“ThunderBirdFM”での殺人事件の真犯人の可能性が高い事が判明した。
・白鳥頼傅(58歳,男性,ラジオ局社長)
中年にも関わらず、健康的な体と爽快感を感じる髪型が特徴のラジオ局“ThunderBird FM"の社長。
第一話では、四上楠葉が起こした大規模な事件に紛れて、毒殺されてしまった。今回の事件の被害者。
不定期に来るかもです。
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手掛かり
・毒薬となる錠剤
“白鳥頼傅”の死因となった錠剤。現場で見つかった物は全部で12個あり、その内の8粒が小瓶の中に入っており、残りの4つは床に落ちていた。白鳥頼傅の部屋から見つかった“薬局の領収書”から彼が常に服用していた頭痛薬とすり替えられた可能性が極めて高い。
・デコレーションされた小瓶
上記の錠剤が入っていた小瓶。綺麗にデコレーションされている。“流瀬平華”というキャバ嬢によって送られたものらしい。
・捨てられたメモ書き
独特なデザインが特徴で、どの店でも普通に売ってないものだとすぐにわかる。流瀬平華が被害者の白鳥頼傅に宛てたメモで、上記の小瓶が彼女からの贈り物であることを示す。
・薬局の袋
中には『頭痛薬 8錠』と書かれている今日発行された“領収書”と、白鳥頼傅が小瓶の中に頭痛薬を入れたことを示す“空のSP包装”が入ってある。
白鳥頼傅の机の中から発見。
・尋問用のノート
容疑者である四上楠葉と警察側の会話が記されてある。
内容
『「白鳥頼傅の殺害について」
刑事:えーと、まずはどのようにして白鳥さんを殺したのかを言ってください。
容疑者:白鳥社長が頭痛に悩まされているという話を知っていますか?
予め、白鳥社長に中に頭痛によく効く薬を買ってくると嘘をついた上で毒薬を買い、それを彼に送りました。
その後、私は"聞いた者の頭を苦しませてから気を失わせる歌"を歌いました。
するとどうなるのかはご存知ですね?
白鳥社長は歌による苦しみとただの頭痛とを間違えて、薬を飲みます。そうしてお亡くなりになりました。
その後、それを確認しに行きましたが、まさかあなた達が私の歌を克服するとは予想外でしたね。
「白鳥頼傅の殺害の動機について」
刑事:えーと、次は白鳥社長を殺した動機についてお伺いします。
容疑者:"白鳥さんとの間にトラブルがあったから"……じゃ、だめかしら?
刑事:えっ、あっ、はい。トラブルですね。それは一体どういったトラブルで……
容疑者:余り女のプライベートに関わるんじゃないの。オルガン刑事さん。
刑事:す、すみません!
「三日前から今日までの行動について」
刑事:えーと、では三日前から今日までに取った行動をお書きになってください。
容疑者:三日前には親戚の子と一緒にお茶を飲み、一昨日(おととい)にはラジオ局に番組の出演の申請をし、昨日には打ち合わせをし、そして今日に沢山の罪を背負いました。それがどうかしましたか?
刑事:いっ!いえ!ただ念の為に聞いただけです!ごめんなさい!』
・阿久芳炉希の証言
事件発生まで四上楠葉のすぐ近くに居たDJである阿久芳炉希の証言の記録。また、この時に『白鳥頼傅が、四上楠葉が二日前に出演依頼をしてきた』という事実を隠そうとしていた(詳しくは下記参照)
「"四上楠葉"さんとの打ち合わせですかぁ……昨日の午後3時から5時までの一回だけですかね。まぁ、四上さんの飲み込みが早いおかげで話し合いの部分はすぐに終わったんですが、機材の調整が難しくてですね——
ほら、今回のこの放送としては“夜の歌姫様”の7年ぶりの出演ですから他のスタッフの皆さんも妥協はしたくなかったんです。なので音響スタッフさんが、四上様の声が皆さんに届く頃にも限りなく元の声に近い状態になるように力を入れてましたね。
まぁ、その結果——凄いものを真横で聞かされるハメになりましたが……」
・社長室前の映像
11時に社長室へ入っていく流瀬平華、それから暫くして布を取りに行って戻ってきた白鳥頼傅が映っている。
留意点
○四上楠葉が二日前に出演依頼をしてきたことを白鳥頼傅が隠した。
○白鳥頼傅の死因は毒薬の服用。(すり替えの可能性が極めて高い)
○四上楠葉の歌は頭に苦しませてから気を失わせる運命を与えた。また、その歌を聞いている時は死ぬことは無い。
○四上楠葉はラジオ局へ着いた後は、まっすぐスタジオへ向かったので、彼女には今日白鳥頼傅が買った頭痛薬を毒薬にすり替える機会が無い。
不定期に来るかもです。
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part.3
・天野照子
目を覚ますと、青空を背景に心配そうな表情でこちらを覗き込んでくる渦女と寿茶男——そして、須藤神父の顔が見えた。
「姉貴!大丈夫か!まさか、あの力が暴走したりして——」
更に意識をハッキリさせると、照子は、寿茶男が自分の体を抱えているのが分かった。それを実感した照子は顔を赤らめながらムッとした表情を見せる。
「あたしが暴走したことなんてねーだろ。だから心配するなよ……つーか、病気じゃないんだし、自分で起き上がれるから離してくれ……」
寿茶男は戸惑いながらも、照子の体を一旦、ゆっくりと地面に置いた。すると、彼女はダルそうな動きで体を起こす——
「て、照子さん……一体何があったんッスか……?」
渦女が涙目になりながら、照子に聞いた。
——ったく……コイツはどんだけ、あたしに対して大げさにリアクションするんだよ……
「なんか、急に意識が薄くなってきな……それで——」
——聞こえるか……?聞こえてきたなら返事をしてくれ……
突如、頭の中に聞き覚えのある男の声が聞こえた。
——あの時の刑事さんか……?
不定期に来るかもです。
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・芽留木聖
目を覚ますと、心配そうな表情でこちらを覗き込んでくる譜入の顔が見えた。芽留木が目を開けたことに気付いた途端に譜入は、その大柄な体で涙を滝のように流しながら力強く抱きついてきた。
「うおおおおおっ!!よかったですー!芽留木さんも毒を飲まされて死んでしまったかと思いましたよー!」
「——!いっ、痛い!離せ!」
さっきまで芽留木はあわてて譜入の体から強引に引き離そうとしたが、そう言った瞬間に譜入はあっさりと手を離し、ドンという音を立てて床に落とされた。
「くそっ……目を覚ましたと思ったら、いきなりこれか……」
芽留木はゆっくりと体を起こした。
「め、芽留木さん……一体、何が起きたんですか?」
「こっちの方が聞きたいくらいだ。急に意識が薄くなってきて——その後、気がついたら——確か、夢を見ていたんだ」
「夢?どんな夢でしょうか?」
「確かな……いや、待てよ?」
——あの夢が事実だとしたら……?
何か思い出した芽留木は壁に寄りかかり、頭に指を据えて、テレパシーが出来るようにと念じた。すると、何か不思議な感覚がしたことに気付く。
目を瞑ると、真っ暗な視界の中に何か黄色い文字が見えた。
——この文字は……"死霊教会"と書いてあるのか?
確か、そこにはあの女の子が居る筈の場所だ。
そう考えた芽留木は心でまた念じる——
——聞こえるか……?聞こえてきたなら返事をしてくれ……
そう念じると、若い女の子の声が聞こえてきた。
——あの時の刑事さんか……?
この返事は芽留木の思った通りでもあったし、逆に意外でもあった。その声は間違いなくラジオ局の前や黄色い部屋の中で会った"黒髪ロングの女の子"である。
(まさかあの夢が本当の事を——いや、本当の事を言っていたとはな……そうだ。俺はあの時の刑事だ。あのラジオ局の前や夢の中で会った男だ)
(どうやら、そのようだぜ……でも、一体どうなっているんだろうな。能力は一人に付き、一つしか持てない筈であるだけに、何か新鮮な感じがするぜ)
(全くもって同感だ……)
暫く間を置いた後に、芽留木は本題に移ろうと決心した。
(さて、夢のなかで聞こえたあの声は"俺と君"とで協力して欲しいと言った。何故なら、互いに一致する部分がある目的の奥にある何かを止めて欲しいかららしい。
そこでだ。君は俺と協力するか?)
(協力って?)
(そうだな……俺もあの夢のなかで聞こえた声を信用しきっている訳ではないから、今は"情報交換"程度で留めておこう)
(情報交換ねぇ……確かにあたしは手詰まりってところだから、それで進展が得られるならそれでいいよ。じゃあ、まず質問があるんだが、大奈斗の母ちゃんが世界に大混乱を引き起こした事件についてはどう進んでいるんだ?)
(君になら言ってもいいか……だが、口外はしないでくれ)
(ああ、約束するぜ。あたしも一応、不良って呼ばれている身分だけど、卑怯な女とだけは言われたくねぇわ)
(ああ、そんな事言わなくても俺は君を信用している。それで、実はな——あのラジオ局で事件がもう一つ起こっているんだ。それも殺人事件だが)
(殺人事件!?まさか……あの歌で全員が気を失っている間に……)
(それを利用して四上楠葉は被害者である白鳥社長を殺したかと思われたが——その後、尋問や現場の捜査を経て、その殺人事件には"真犯人"が居る事が分かった)
(その真犯人って誰だ?)
("流瀬平華"——死霊教会の近くにある“ヴィーナス”というキャバクラで働いている女性らしい。そして、彼女はこの街の市長と、“死霊教会の司祭”の親戚だ)
(死霊教会の司祭!?それなら今、話しているところだ!須藤羽弟郎っていう神父のオッサンなんだけどよ……)
(本当か!?なら、今すぐ彼女の事について聞いてみてくれ!)
(分かった!こっちも頑張ってくれよ!大奈斗にとってはアイツの母ちゃんが全てみたいなもんだからな!)
(ああ。最善を尽くすよ)
そして、芽留木が意識を現実へと戻す様に念じると、本当に現実に引き戻されるような感覚を感じた。
不定期に来るかもです。
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・天野照子
意識が現実へと引き戻されると、照子は早速、須藤神父の方を向き、質問を迫った。
「ヴィーナスっていうキャバクラを知らねぇか?そこに大奈斗のことをよく知っている奴が居るんだけどよ……確か名前は——"流瀬平華"だっけ?」
寿茶男と渦女が首を傾げている中、須藤神父は黙って質問に答えた。
「キャバクラ"ヴィーナス"か。よく、道の散歩をするとよくそこを通るから、場所は知っている。ここからフェリーに乗って降りた後に、すぐ左の方にある大通りを市役所とは反対の方向に歩いているとすぐに着く。大体5分程度か?」
「ありがとよ。神父さん。それじゃ、あたしはこれで——」
「待て。私は流瀬平華と親戚の関係にあるから、彼女の事を知っているが——彼女は私の知っている限りではかなり狡猾な女性だ。男性から金を巻き上げて、権力のある我々を盾にして保身に走るぞ。
本当はこんな陰口じみた事なんて言いたくないんだが、警告はさせてもらう」
「安心しろ。その大奈斗の弟って奴が何処に居るのかを聞いた後、その他諸々を聞くだけだからよ」
「その他諸々か……まぁ、上手くやれるのならそれでよしとしよう」
照子は「フッ」と呟きながら瞼を閉じて微笑んだ後、この場を立ち去った。
「……えっ、話はもう終わったんッスか!?」
照子の後ろ姿を暫く黙って見ていた寿茶男と渦女は後から慌てて追いかけていった。
不定期に来るかもです。
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・天野照子
「それでさぁ、姉貴。何で急に、その、“ヴィーナス”って名前のキャバクラの名前が出てきたの?つーか、“流瀬平華”って誰?」
大通りを歩いている途中だった。人も車もたくさん通っており、騒音がうるさかったが、なんとか会話が問題なく聞き取れるほどである。少なくとも、ラジオ局前で照子と寿茶男が経験した中途半端な静寂な雰囲気よりはずっと話しやすくはある。
「それには、あたしが突然倒れた時の話に繋がるんだけどな——ある"夢"を見たんだよ。何か、突然黄色い部屋の中に閉じ込められて、目の前にはあの時会った刑事さん——」
「えっ!?マジッスか!?もしかして、照子さんってあの刑事に惚れ——」
「ねーよ!
……んで、どうやらその刑事さんもあたしと同じく困惑していたようで、その時に誰かの声が聞こえてきたんだよ。その声は『君たちは協力しなければならない』みたいな事を言って、あたしとその刑事さんにテレパシーで直接会話できる能力を与えて——
それからだな。目が醒めたのは……(蓮天の事は言わないでおくか……?)」
「じゃあ、目が醒めた後、急に考えるように黙り込んだのって——」
「そう、あの刑事さんとテレパシーで連絡をしていたんだ。で、話した結果——流瀬平華っていうキャバ嬢が、大奈斗の母ちゃんである"四上楠葉"にあの歌を歌うように吹きこんで、何やら厄介な計画の準備をしようとしたらしい(ウソだけど、殺人事件のことはあの刑事さんに言わない様に約束したからな……)」
「えっ……ホントかよ」
寿茶男は半信半疑で言い放った。
「ホントだよ。だって、あの神父のオッサンが難なく答えられただろ?流瀬平華という名前を出してな——」
「それもそうか——あぁ、マジこの世界はよく分かんねぇぜ!」
「……?」
照子と渦女は違和感を感じたと同時に何か納得したという、不思議な感覚を感じた。
「あっ、多分、“ヴィーナス”っていうキャバクラって、これじゃないッスか?」
そう言いながら、渦女が指を指した方向には装飾がたくさん飾られてある入口があった。その周りには『VENUS(ヴィーナス)』と書かれた看板やポスターがいくつか貼ってある。どう見たってキャバクラにしか見えない雰囲気を醸し出していた。
「あぁ……未だにキャバクラって何となく怪しいイメージが拭いきれないぜ……」
「まぁ、お前はまだガキってことだな。寿茶男。」
「いや、姉貴——あんたが言うな」
そうして、キャバクラ"ヴィーナス"へと入った三人。すると、色付きのライトが妖しく部屋を照らしていく光景が三人の視界の中に入った。それぞれのテーブルには、一人か二人程度の女性と付き合っている男も居れば、沢山の女性に囲まれて座っている金持ちの男性も居た。そして、普通の女性なら関わりたいと思う程に容姿が良い男性も入れば、可哀想なくらいに冴えない男も居る。
「あたし、こういう所って無理なんッスよね……」
「ううっ……俺もこういうの無理だわ……」
「寿茶男、お前、やっぱりチャラいのは髪型だけだよな」
「……せめて、純愛派って言ってくれよ」
「は?」
すると、突然カウンターの方から「いらっしゃいませ」と、受付の男が声を掛けてきた。寿茶男は慌てて、「はいっ!」と言う。
「お連れは……この女性の方々で?」
「いーや!違います!ただ、俺はここで働いている人を探しているだけッス!」
「ああっ!寿茶男!あたしのキャラを——取らないで……」
——なんで、そこで弱気になる……
「えー、つまり、ここの従業員の誰かとの知り合いの方で?」
「そう言う事です!」
「なるほど……一体、誰をお探しで?」
「えーっと、誰だっけ——って、あっ!あの可愛い女の子は!」
彼が辺りを見渡している時だった。寿茶男はある方向を指しながら唖然としている。
「はぁ?やっぱり、お前もそういうのに興味あったんじゃねーかよ。んで、どいつだ……って、ああっ!あの面倒くせーほど可愛い奴は!」
照子も寿茶男が指した方向を向くと、唖然とした。
「トホホ……照子さんもついに"那典守子"に汚染されてしまったわけッスか……それで、照子さんでも可愛いと言ってしまう女の子はそこに——って、あああっ!あの女の子こそまさに——」
——那典守子ッ!!
可愛い女の子であると同時に、可愛い女の子しか愛さない歪んだ性格の少女——那典守子は、とあるテーブルで沢山のキャバ嬢に囲まれて楽しく喋っていた。そして、彼女はこちらに気付くと、開いた口を手で隠しながら嬉しそうな表情でこちらを見つめた。
「ウウッ——まさか、こんな所であの女に遭遇してしまうなんて、最悪ッス……」
「とりあえず、アイツに会った以上は話し掛けられずに済む方法はねぇ——悔しいけどねぇんだ……!さぁ、寿茶男。まずはアイツから話を聴くぞ」
「あぁ、マジか……俺、あの先輩苦手なんだよなぁ。俺も入れて男全員に冷たいし、女子を仲間に引きずり込んでくるし、それに渦女先輩みたいにいじれないし……」
「寿茶男?」
渦女が怒りの目線で寿茶男の方を向いてきた。だが、寿茶男は全く動じない。
「守子ちゃんでしょうか?あの娘は酔っ払ったうちの従業員の一人がその可愛さを見込んで連れてきた女の子です。可愛い女の子には優しいのですが、私ども男性には少々手荒いようで……」
そう言いながら、受け付けの男は顔を赤らめた。
「おい、このカウンターの人って実はマ——」
「おい、やめろ、寿茶男。それ以上は言うんじゃねぇ」
「……とりあえず、守子ちゃん……改め、守子先輩の所まで案内をお願いします」
「かしこまりました」
不定期に来るかもです。