ワザップ!フォーラム
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ビルス「はぁー!!」
僕は飛びかかり、ベジータの喉元を狙って攻撃した。
ベジータ「くっ!」
ベジータはそれを避けきり、次に僕に向かって突進する。
ベジータ「こうなりゃ、どうにでもなれーーーっ!」
ビルス「おっと」
僕はそれをひょいっとかわしてみせた。
攻撃は至近距離からだったが、神である僕からしてみれば奴の動きなどナメクジほど鈍く、かわすのは容易だった。
ベジータ「ぐっ……クソッタレが!!」
ベジータは、さっきの突進の勢いで余分に体力をすり減らしている。
時間が刻を重ねるごとに、比例してベジータの動きはナメクジよりも鈍くなっていく。
奴が攻撃すれば、僕はかわす。
そのサイクルが延々と続き、ついにベジータは体力の限界にまで到達していた。
ベジータ「はぁ……はぁ……」
息切れをし始めた。
サイヤ人といっても、所詮はこの程度だったか。
まだまだ全然本気で戦っていない僕の足の垢にさえ着いていけない彼に、『超サイヤ人ゴッド』の素質なんて、あるわけがなかった。
この時間が茶番だったことに気付いた僕は、そうそうに奴の才能を見限り、戦いを止めにすることにした。
ビルス「……ふぁ~、いやぁ、実に良い暇潰しになったよ。有難うベジータ」
ベジータ「……?」
ベジータは、急にきょとんとした顔を見せた。
意外に表情豊かなのか。
ビルス「今日はここまでにしないか、もう僕は疲れた」
本当はそんな訳無いのだが、早く『次の候補者』に会いたいからね、ここらで終戦をベジータに促すわけだ。
ベジータ「な、なんだと貴……ビ、ビルス様」
今更様付けなんてしなくて良いのに、変な所で真面目だなあ。
ビシュン!
ウイス「ビルス様、春香さんが待ちわびていますよ、いい加減になさって下さい」
ウイスが突如として姿を現した。
……アイドルのことをすっかり忘れていたなんて、言える訳ない。
ウイス「言わなくても分かっていますよ。全く、プロデューサーが聞いて呆れますね」
ビルス「僕の心の中を見るのは止めてくれ!」
ウイス「というわけで、ビルス様は忙しい身です。またお会いしましょう」
ベジータ「おい、待て!」
ビシュン!
僕とウイスは、ベジータを置き去りにし、春香の下へと帰った。
春香「あっ!プロデューサー!酷いですよ!私を置いていくなんて!」
!マークを多用するのは良くないと思いつつ、僕と春香は次の目的地へと向かっていった。
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次に僕達は、一面荒野のど真ん中に佇むただ一軒の住宅に来た。
ブルマさんの家に似た球体が2つ。
片方には『牛』という文字が押されている。
ウイス「もし、誰かいますかー?」
ウイスはトントン、と、古ぼけた戸を叩いて、返事を待った。
春香「それにしても、本当に街のはずれみたいですね、プロデューサー」
ビルス「ああ、何もない静かな場所だ」
殺風景極まりない所である。
こんな所で生活していたら、僕だったら暇すぎてきっとストレス死することだろう。
「なんだべー?」
戸の向こうで、女性が口を訊いた様だ。
ガチャッ
戸が開いた。
出てきたのは、お団子頭が特徴的な、主婦の様な女性だった。
先程の喋り方からして、相当の田舎育ちらしい。
しかし、それと同時に、家族を愛する良妻の様な雰囲気を放っていた。
「ん?」
女性は、首を傾げて、『何しに来たんだ』と言わんばかりの、複雑な表情を浮かべていた。
ウイス「そこの貴方に訊きたいことがあるのですが……」
「なんだべ?」
ウイス「ここに、『孫悟空』というサイヤ人が居る筈ですが、何方か知りませんか?」
『孫悟空』……サイヤ人の名前にしては少し地球人よりの名前だな。
「えっ?!悟空さに用だか?まいったなあ……」
ウイス「?」
女性は戸惑っている。
そして、次第に空を仰いで、そこに指を指す。
「悟空さは、今……」
女性の表情は、苦笑いにも似た何ともいえないものだった。
春香「も、もしかして……」
ビルス「春香?分かるのか?」
春香は、とても気まずそうに此方を見る。
『察しろ』とでも言うのだろうか……あっ(察し)
そうか……孫悟空という人はもう……この世には
……
「い、いや、別に死んだとかそういうんじゃないんだよ?」
あ、なんだあ。
春香「良かったぁ」
春香も、安堵の表情を浮かべて、ほっと一息つき、安心したようだ。
ウイス「ビルス様、安心している暇はありませんよ」
唐突にウイスが口を開く。
一体何があったというのか。
ウイス「調べた結果、孫悟空は北の界王の下で修行をしている様です」
北の界王……?界王とサイヤ人に、何の接点があったというんだ。
ウイス「その話は長くなりますから、急ぎますよ」
ナチュラルに心を読み取っていたが、この際どうだって良い。
神の世界に足を踏み入れられるサイヤ人なら、文字通り、『超サイヤ人ゴッド』になれる可能性は充分にある。
春香「あのー……界王……って?」
春香は、界王の存在を知らないらしい。
ビルス「……神より偉い、天空の住民さ」
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「なんということだ……」
北の界王は苦悩した。
誰もが恐れる破壊神が間もなく此所にくるからである。
「どぉしたんだ?界王様ぁ」
そんな界王を気遣ったのは、赤い胴着に身を包んだサイヤ人『孫悟空』だった。
界王「悟空!?」
界王は、この状況において悟空は限り無く危険な存在だと察知した。
なぜなら、悟空は非常に好戦的な性格の人間だからである。
悟空はこれまで、地球を救うため、色々な敵と戦ってきたが、一貫して共通するのが、悟空はワクワクしていたということである。
なぜワクワクしていたのかといえば、悟空は強い奴と戦うのが大好きだからである。
心待ちにしていた新作の著書を買う時と似たような衝動にかられるのである。
そして、そんな悟空が破壊神の存在を知れば、どうなると思う?
そうなれば、悟空は破壊神に興味を持ち、そして戦いを挑むだろう。
今の悟空とビルスの力の差は天と地程にあり、悟空では敵う筈もなく、もしも最悪、ビルスに不都合なことが起きたとすれば、有無を言わさずビルスは地球を破壊するに違いない。
だから、界王はなんとしても悟空にビルスのことは悟られてはならないのだ。
界王「い、いや何でもない!それより悟空!あと50000周はこの星を回るんじゃ無かったか?」
悟空「お?そうだっけか、じゃあ行ってくら」
悟空は界王の肩をポン、と叩き、走りに出掛けた。
ふぅ、と界王が息をついた瞬間、
悟空「なーんつって!」
悟空「聞いちゃったもんねぇ~」
すべて聞かれていたのか、いや、正確に言えば、見られていたのである。
悟空は、その人に触れることで、その人が何を考えているのか、あるいはどんな目に会ってきたのかということが瞬時に分かるのである。
界王「はぁ……」
界王は、世界の終わりを悟ったのだった。
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ビルス「やあ、北の界王」
地球の空高くに浮かぶ、小さな惑星に足を着いた僕達。
下に広がる橙色の雲は、地球の中であることを忘れさせてくれる。
此処は界王の星。
地球でもっとも宇宙に近い場所である。
界王「ややっ、ビルス様!ようこそお越しで」
いやぁ、久し振りだなぁ。
でも、僕が前に来た頃はもうちょっとデカい星だったと思うんだけど……
ウイス「あの時ですよ、前にビルス様と北の界王が此処で鬼ごっこされた時」
ああ、そういえばそうだった。
界王を見失っちゃって、イライラしてきたからうっかり僕が破壊しちゃったんだっけ。
その時、界王の星が削れて……。
……僕のせいじゃないぞ?断じてそうじゃない。
ウイス「誰がどう考えてもビルス様のせいだと思いますが?」
ぐっ……やっぱり?
春香「素敵な所ですねー!プロデューサーさん」
そ、そうだよ、僕はリフォームしたんだ。
素敵な星にしたんだ、文句はあるまい……。
ウイス「……はぁ」
さて、ウイスに呆れられた所で、本題に移るとしようか。
ビルス「ズバリ訊こう」
ビルス「君は『孫悟空』というサイヤ人を知っているね?」
僕は、界王を指差して言った。
すると界王は、ギクリと震えて、サングラスの下に隠れた目を泳がせた。
なんて分かりやすいんだ、やっぱ界王なんて馬鹿ばっかりか。
ウイス「ビルス様も大概だと思いますが」
ビルス「てめぇ帰ったら覚えとけよ」
春香「け、喧嘩は辞めて下さいよう」
よし、春香に言われたら辞めない訳にはいかないな。
ん?またウイスが呆れた顔を見せやがった。
しかし、僕は大人だ、許してやろう。
それに、春香の可愛い顔を見れたからね。
あ、まただ、あの野郎まただ。
次またあの腹立つ顔見せたら許さない。
あ、そうこうしてる内にすっかり界王を置き去りにしてしまった。
もう一度、孫悟空が居るかどうか訊かないと……。
ビルス「もう一度訊こう、孫悟空を知っているか、界……」
悟空「オラなら此処に居るぞ?」
ビルス「王……」
界王は、何故か気絶していた。
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悟空「オラになんか用け?」
……僕は今、どうも納得のいかない気持ちになっている。
何故かといえば、『神』になれる存在にしては、この悟空とかいうサイヤ人は余りにも間が抜けていたからだ。
ウイス「ふひっ」
よーし、ウイスは後でじっくりお好み焼きにしてやるから覚悟しとけよ。
……まぁ、とは言っても、他に宛は無いし、ダメ元で訊いてみるか。
ビルス「孫悟空、単刀直入に言おう」
悟空「?」
ふと、一瞬、彼の顔は引き締まった様に見えた。
僕を警戒したか、もしくは便意を催したか……いやまぁどうでも良いけど。
ビルス「君は、『超サイヤ人ゴッド』になれるかな?」
僕は悟空を見つめ、目と目でお互いを写しあいながら言った。
そこから少し間があったが、悟空ははっとして、僕の質問に答える。
悟空「『超サイヤ人ゴッド』……?」
……どうやら知らない様だ。
ウイスのドヤ顔が非常に腹立つが、春香は僕の横で、僕と共に悲しんでくれた。
目的は達成されなかったが、僕は春香と出逢えた喜びを胸に刻んで、地球を去ることにしよう……。
悟空「ただの超サイヤ人なら知ってっけどな……」
僕がそそくさと帰ろうとしたその時、悟空のその言葉は、一瞬場を凍らせた。
……ただの超サイヤ人?
悟空「そのゴッドとかっちゅうのは知らないけど、普通のなら、ほら!」
悟空はそう言うと、自信の気を最大限に膨らませて、雄叫びと共に変身した。
悟空「うぉぉぉぉ!!」
その、黄金に輝く逆立った髪の毛は、見るものを圧倒し、魅了した。
春香「まぶしぃ……!」
春香は右手で目をふさぎ、光を遮る。
その姿のなんと可愛いこと……いや、そんなことを言ってる場合ではない。
なんだ、この変化は。
戦闘力こそ、僕の鼻くそにさえ遠く及ばない数値だが、それは通常の何十倍にまで膨れ上がっている。
悟空「これが、通常の超サイヤ人」
と、悟空はドヤ顔で言った。
以外とムカつく奴だなこいつ。
悟空「そして、これが超サイヤ人2」
今度は2になったらしい。
戦闘力は更に上昇したようだが、外見の変化は殆どない。
ドヤ顔のムカつき具合もパワーアップ……なんかイライラしてきた。
悟空「そして……うぉぉぉぉ!!」
え?なに?まだあるの?
悟空「これが……ッ!これが最強の……ッ!」
これが最強らしい、やっと終わるのか長かった。
しかし、2とは違い、この進化は大きく外見が変化するようだ。
髪の毛は4倍は長くなり、眉毛が筋肉で隠れ、その目付きは鋭さを増す。
悟空「これが最強の超サイヤ人3だぁぁぁぁ!!」
そしてこのドヤ顔であるッ!もう我慢できん!!
ビルス「うぉぉぉぉ!!」
春香「プロデューサーさん!?」
痺れを切らした僕は、後先考えず悟空に襲いかかる。
悟空「おっ!やるか?」
悟空はやる気満々の様だ。
一方、界王は泡を吹いて倒れていた。
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僕と悟空の戦いが始まったと思っただろう?
しかし、春香が居る手前でそんなことはさせまいと、ウイスが仲裁に入ったのだ。
放せこのカマ野郎!俺はこのサイヤ人の顔を100万回潰さないと気が済まないんだぁぁぁぁ!!
ウイス「ビルス様!いい加減に静まって下さい!」
僕は大きく深呼吸をし、表に出すぎた感情を引っ込めた。
でも、まだ怒りのボルテージが30%ぐらいあるから、その分は後でウイスで発散しよう。
ウイス「ろくな事ばかり考えてないで……そうだ!」
まずはウイスの髪の毛を一本抜いて、それをウイスの鼻の穴に……。
ウイス「痛い目に遭いたくなかったら話を訊いて下さいねビルス様?」
ビルス「はい」
悟空「以外とおっかねぇんだな……」
全く、悟空の言う通りだな。
近頃はこいつも短気になって……あーあ嫌だ嫌だあ、ごめんなさい許して下さいもう何も言わないし考えません。
ウイス「ここはひとつ、競争の形にしてはどうてましょうか?」
春香「競争?」
ビルス「どういう意味だ?」
どちらが先に春香を落とせるかとか?
ウイス「悟空さんは、超サイヤ人ゴッドの完成」
ウイス「ビルス様は、春香さんを一流のトップアイドルまで育て上げる」
ウイス「これらの自分の目標を、どちらが先に達成できるかで競争してはいかがでしょうか?」
なるほど、こいつぁ効率的だぜウイスちゃんよぉ!
僕が春香をトップアイドルにする頃には、超サイヤ人ゴッドは完成するかもしれないからなぁ!
……だがしかし、ここでokと言うのは早すぎる。
なぜなら……
ビルス「……賞品もあるんだろうなウイス?」
してやったぞ!自分で言い出した手前で『no』とか言えないよな?
ウイス「チッ……仕方ありませんね」
おい今舌打ちしたか?最近本当に生意気になったなこのお目付け役。
ウイス「この競争に勝った者には、高級料理フルコースをプレゼントしましょう」
悟空「高級料理!?」
ビルス「フルコース!?」
その時歴史は動いた。
僕と悟空は、聖戦の証に握手を交わした。
今こそ立ち上がる時が来たようだな……!!
この競争……絶対負けられないな。
ビルス「僕に付いてこいよ?春香」
僕がそう言うと春香は、顔を引き締め、その、信念と夢を見据えた瞳で頷き、自信満々にこう言った。
春香「はい!プロデューサーさん!」
僕のプロデューサー活動は、本格的に始動したのだった。
一方、界王は『Jスターズビクトリーバーサス』で遊んでいた。
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僕と悟空の、フルコースを賭けた競争が始まった。
そうと決まれば、早速事務所に戻って……。
高木「ごめんね、今日はもう遅いから、明日また来てくれ」
時計の長い針は、既に1時を指していた。
勿論、午前である。
春香「ね、眠い……」
その場の雰囲気で今まで眠気を感じなかったが、蛍光灯に照らされた薄暗い事務所に来ると一気に睡魔が襲うのである。
春香「プロデューサーさん、私も帰りますね、おやすみなさぁーい」
ビルス「ああ」
思えば、今日は一日中春香をつれ回していたな。
春香には悪い事したな。
春香は、ふらつきながら夜道を歩いていく。
……大丈夫だろうか?
ウイス「因みに、ビルス様は寝てはいけませんよ?」
ビルス「はぁ!?」
この野郎ついに外道の道を歩むのか。
今日色々あって僕は疲れたんだぞクソが!
ウイス「だって、今ビルス様を寝かしたら、次に起きるのは何百年後になるでしょうか?」
うぐ……。
ビルス「だ、だがどうしろってんだ!休息が無ければまともに働けんぞ!」
ウイス「その点はご安心を……」
そう言うとウイスは、僕の額に手をかざす。
すると不思議な事が僕の身体に起きた。
凄まじい癒しのエネルギーが僕の穴という穴にまで浸透し、共鳴し、安らかにその力を発揮する。
ビルス「す、すごい……今日の疲れが一瞬で……」
ウイス「因みに、あと9時間はその動けない状態が続きますからね」
ビルス「9時間!?」
長くねなんか。
9時間ってーと、あれだ、アニメのスペシャル9回分じゃん?
……長くね?
ウイス「当たり前ですよ、悟空さんは寝てるのに貴方が動けるなんておかしいと思いませんか?」
あんたが寝るなと言ったんでしょうに。
でもまぁ、それもそうか、仕方ないな。
ビルス「せめて、場所を替えてくれ、後、ジャンプ買ってきて」
ウイス「分かりました、ビジネスホテルを手配しておきます、ジャンプは自分で買って下さい」
んな無茶な。
全く殺生だな、娯楽も無しにどう暇を潰せと言うのだ!
……ジャンプ一冊で9時間過ごせる訳でも無いけど。
……まぁいいか、妄想でも膨らませてれば9時間なんてあっというまさ。
ビルス「案内してくれ」
ウイス「分かりました」
するとウイスは、僕を持ち上げて超音速で夜を駆け抜けて行った。
そうか、僕は今治療中で動けないもんね、仕方ないね……。
……お荷物みたいでなんか嫌だな。
……そして、なんやかんやでホテルに着いた。
次に僕は室内まで運ばれて、そのままベッドに放り投げられた。
もっと丁寧に扱えこの野郎。
しかしあれだな、こう、慣れない天井だと落ち着かないな……。
部屋の内装も殺風景だし……まぁ、ビジネスホテルならこんなもんだけど。
僕の横にはランプと誰も寝ていないもうひとつのベッド。
テレビはその向こうの奥行きに設置されていて、お手洗いなどはその近くの扉の向こう……要するに普通のビジネスホテルである。
ウイス「テレビぐらいはつけておいてあげます、おやすみなさい」
さて、ウイスが部屋から退室したぞうへへ。
さぁ!妄想の中で思う存分ウイスを血祭りに上げてやろうじゃないか!
あれ?妙な頭痛がぎゃぁぁぁぁ!!
何だこれテレパシー!?脳内でも地獄耳かよ畜生!
僕は、休息の時間であるにも関わらず、拷問の様な苦しみを4時間は味わっていたのだった。
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朝になった。
僕はあの夜、テレビで『お願いランキング』という番組を見た。
あらゆる事柄をランキング付けするという趣旨の番組だが、そのなかには『アイドル』に関するランキングも取り上げられていた。
90年代のアイドルで、最も人気の出たアイドルベスト5。
僕はそれを見ながら、『いつか春香がこうした番組に出ることもあるのかなぁ』などと考えていた。
勿論、そんなのはやってみなきゃ分からない。
何にしても、今日は春香のプロデュース2日目。
あらゆることが出来る様になるこの時期こそ、春香のアイドルとしての才能を開花させるチャンスなのである。
因みに、ウイスの事だが、今日は悟空のサポートに回るらしい。
……やったぜ。
さて、そんなこと考えている内に、事務所に到着したぞ。
そういえば、春香以外にもアイドルは居るんだよな……。
どれ、少し脅かしてやるか。
そして、僕は事務所のドアを開けた。
今は調度夏である。
なので、今この瞬間、僕は身の毛も弥立つ程のクーラーの冷風を浴びた。
実に気持ち良い。
まるで、神である僕を歓迎してくれている様だ。
さて、周りを見渡してみるか。
……ん?なんだぁ、一人しか居ないじゃないか。
他は仕事に出掛けたのかな?それとも遅刻かな?
「……」
おっと、例え一人でも初対面が居たんだ。
挨拶……しようと思ったが、その気は僅か2秒で失せた。
なぜなら、そのアイドルの容姿が極めて面妖だったからである。
男の癖して女性の格好するなんて……あ!もしかして。
ビルス「君、もしかしてオネエ?」
僕がそう言った瞬間、そのアイドルは拳を僕めがけて全力で振りかぶった。
「誰がオネエだぁぁぁ!!」
おっと、しかし効果はいまひとつの様だ。
「!?」
アイドルは酷く意表を突かれたらしく、僕への警戒を一層強めた様だ。
それはそうだ、自分の全力を出した一撃を、糸も容易く片手で受け止められれば誰だって狼狽える。
それにしてもこのオネエ手が早いなぁ。
オネエって開き直ってるからオネエなのに……。
「……貴方、何者ですか!?」
おっと、まずは自分から名乗りを上げるのが礼儀じゃない?
だがしかし、僕は優しいからね、そんなことは右から左へ受け流してやろうじゃないか。
ビルス「僕の名はビルスだ」
思えば、この言葉がこの日の第一声だったかもしれない。
声を出すのが久しぶりなもんで、喋る瞬間少しどもってしまったが気にしてないよな?
「ビルス……!もしかして、貴方がプロデューサーの!?」
ビルス「いかにも、僕はビルスPだ!」
我ながら決まったぜ。
さぁ、言葉のキャッチボールの時間だ。
次は、君の名前を聞かせて貰うことにしよう。
ビルス「君は?」
「ぼ、僕の名前は『菊池真』です!」
僕?オネエにしては妙な一人称だな。
ふと僕は、真の胸部を見やった。
真「ど、どこ見てるんですか!」
真は顔を赤らめ胸を隠す、なるほど中々可愛いな。
……僕は男になにを……いや違う、真は男ではない。
僕が真の胸を見た時、そこには微かな膨らみが確かにあった。
あの女々しい態度や、『オネエ』と言われて怒った事から察するに……。
ビルス「君……女の子?」
僕がそう言うと、真は非常に頬を膨らませて、僕を睨みながら頷いた。
……正直すまんかった。
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真「……でもまさか、新しいプロデューサーがウサギだったとは……」
うん、よく間違えられるけど僕ウサギじゃないの。
そりゃあ、確かに僕の耳はウサギの様に長いし、ウサギの様に粒羅な瞳だし、ウサギの様にプリティーだけどウサギじゃないの。
だってほら、よく見て、僕の尻尾はウサギの様に丸くは無いの、細長いの。
つまり何が言いたいかというと、僕はウサギじゃなくてネコだということ。
あぁ、どこぞの青タヌキみたいなこと言ってるけどこれ本当、僕実はネコに分類される神様なんです。
さっき僕が真の事をオネエと言って真が傷付いた様に、僕も真にウサギと言われて傷付きました。
うえーん。
しかしまぁ、確かに、よく見ればただの可愛い女の子だなぁ。
一人称が『僕』であったり、いきなり殴り掛かってる事以外は。
でも、僕は春香のプロデューサーなので、他のアイドルに構っている暇など無い。
なので僕は、真に、「じゃあまた後で」と切り出し、この部屋を後にした。
そんな僕が向かった先は応接室。
社長には、ここで待っててくれと言われたが……。
うーん、でも、この応接室も粗雑だなぁ。
建物は古い訳じゃ無いのに、アイドルの衣装やら機材やらが部屋の隅のほうで散乱していて、まるで三十路近い独身男の低家賃の部屋の様な有り様となっている。
……磨けば綺麗になる部屋、磨けば輝くアイドル。
……僕は考えた。
春香はダイヤの原石だが、磨く環境が汚く不十分であれば、ダイヤの原石も、その辺の土のこびりついた石っころになるに違いない。
だとすれば、まずやるべき事は……。
……ふぅ、社長が来る前に終わって良かった。
一流(プレゼン)を作れるのは一流(生産者)だけ。
その一流(生産者)が最も効率的に動ける場は、常に一流であって最上でなくてはならない。
実に理にかなっている。
だが、生産に関わっている人間全員に向上心が無ければ、その理は虚しく風化するだけだ。
誰かが起点とならなければいけない、誰かがトリガーとならなければならない。
僕がそれになる。
さぁ走ろう春香、その輝きの向こう側……
春香「プロデューサーさぁん!!」
春香の轟音は突如として僕のうさミミに響き渡った。
つーか来てたのね。
春香「もう!さっきから難しい顔で考え事して……」
ですよね。
部屋を少し掃除しただけでこんな大げさな表現するなんてどうかしてますよね。
春香「……でも、部屋がとても綺麗ですね!プロデューサーさんが掃除してくれたんですか?」
春香はにこやかにそう言った。
「そうだよ」と僕が言うと春香は、
春香「ありがとうございます!部屋が綺麗だと心も晴れますね!」
やはり春香は天使だった。
……天使を育てる神か。
……面白い。
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今日の予定は以下の通り……というより、ただ1つだ。
番組のオーディション。
今回オーディションを受ける番組は、新人アイドルの登竜門と言われる『THE DEBUT』だ。
かの『DBZ48』、『大嵐』などの超大物アイドルも輩出したスゴい番組なのだ。
思えば、まともなレッスンなんて初回のボーカルレッスンしかしてこなかったので、今即興でビジュアルレッスンしている。
なぜダンスレッスンをしないのかと言われれば、ぶっちゃけこの番組にはそれが必要ないからだ。
今のうちなら、ダンスが出来なくても他でカバーが出来る。
とにかく、アイドルは笑顔が命なので、それを底上げしてダンスの穴を埋めるのだ。
早い話、今回限りの『特化型』というわけである。
春香は歌とダンスが下手だが、幸い表情豊かなので、レッスンの内容もスムーズに己の身体に取り込んでいる。
『笑え』と言えば笑えるし、『悲しめ』と言えば悲しめる。
春香は『それが普通ですよー』と言うが、それは違う。
人は、思ってもないことを無理矢理、『完全に』表情にして表すなど、その道のプロじゃなきゃ到底できない。
しかし、春香はそれをやれる。
『完全に』だ。
なぜなら、春香は本当に『その感情に浸る』からだ。
つまり、『演技』ではなく、『本物』なのだ。
勿論、春香本人は、『演技』のつもりなのだが、その完成度は常軌を逸する。
あらゆる局面で適切にその役になりきり、その役の気持ちになり、その役に寄り添い、その役の魂となる。
なぜそんなことが出来るか?
平たく、噛み砕いて説明すれば、『春香は素直だから』という他無い。
更に要すると『単純』。
あらゆる教えを聞き入れ、それを自分に馴染ませる。
そうすることで、春香は『圧倒的なビジュアラー』としてアイドルの頂点に立つことも出来る。
どんなに『普通』でも、プロデューサーの手腕しだいで、アイドルは限りない成長を遂げる。
『ダイヤの原石』と唱いながら、その輝きを眺めるだけで手をつけない三流プロデューサーでは、僕は無い。
きっと輝かせるぞ春香。
神の僕がついているんだ。
周りが決めた運命なんて、僕が壊してやる。
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『夢は 叶うもの 私 信じてる』
これは、今回春香が歌う曲『READY!!』の1フレーズである。
この曲は、新人アイドルの目線に立った歌詞が特徴的で、極めてポジティブになれる曲である。
この期間、必要な事は最低限やった。
例えばボーカルレッスン。
あれは、春香が完全に『READY!!』の歌詞を覚えるためにやったレッスンと言っても過言ではない。
まともに歌唱力を上げるだけのレッスンでは春香は成長しないと思ったからだ。
事実、春香の歌のセンスは非常に乏しい。
どんなに数を重ねても、0に重ねている様な物なので、結局、今回の様な短い期間では、猛特訓も無駄なのである。
しかし、歌詞を覚えていれば、春香はその歌詞の『役』になれるのだ。
ここでいう『役』とは、『READY!!』の主人公である新人アイドルのことなのだが、前にも言った通り春香の演技のクオリティは高い。
『出会いや別れは、愛になるアミューズメント』
この歌詞を歌う時にも、『出会い』で喜び、『別れ』で涙を出し、『愛になる』で、涙を散らしてファンに振り向き笑顔で歌う。
ビジュアルレッスンで、その練習もやった。
歌唱力は無くとも、歌に演技を取り入れることで、別次元の世界を作り出すことが可能なのだ。
そして、ひいては、これが僕のプロデュース方針となる。
歌や踊りが上手いだけでは平凡に終わるが、常に新しいジャンルを開拓することで、他を牽制し、ファンを魅了するのだ。
トップアイドルにも一目置かれる存在……。
それが、春香の最初の目標になるだろう。
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ついに本番の時がやってきた。
某日、某テレビ局、某テレビ番組のオーディション!
合格者数は3人、そして、応募者数は26人。
まぁ、どんなことがあっても、僕は春香の勝利を確信しているため、大して心のゆさぶりは無かったが、春香の心は揚々としていた。
春香「すごーい!ここがテレビ局のオーディションの会場なんですねー!」
頼むから、無意識な初心者アピールは辞めてくれ、恥ずかしい。
なぜ恥ずかしいかといえば、春香のこの様子を見てクスクスと笑っているアイドルや番組スタッフの姿がチラホラ見受けられるからだ。
うぜぇんだけど、てめぇら2流の有象無象の人間の癖に何ベテランぶってんの?
春香「あっ、すみません!私一人で騒いじゃって……え、えへへ、恥ずかしいです」
しまった、僕が春香に対して冷めた態度をとったせいで春香が落ち込んでしまった。
畜生、1%は僕にも責任はあるが、残りの99%はあのクソモブ共の責任だ。
後であいつらの弁当にボンド入れてやる。
しかしそれは良いとして、なんとか春香のフォローをしなくては。
落ち着け、確かウイスが、ここにくるまでの間のどこかでテレパシーでこんなことを言ってた気がするぞ……。
ウイス『ビルス様、春香さんを悲しませてはいませんよね?』
そう、ウイスは、僕と春香が車で移動してる時に、僕にテレパシーでこう言ったんだ……。
ウイス『実は私、『ギャルゲー』という物にハマりまして』
ウイス『とりあえず、女の子の扱い方に関しては完全にマスターしたつもりですので、もし春香さんが心理上不安定になったらいつでも頼ってくださいね』
ギャルゲーの知識かよクソが!!
なんで自分のこと『何の変哲も無いただの高校生』とか言っちゃう電波野郎に女の子の扱い方教わんなくちゃいけないの?バカなの?
『あ』をつけなくちゃ喋れない馬鹿に教わる事など何も無い!
自分の力で春香をフォローするぞ……!
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とは言ったが、どうするか。
オーディションまであと1時間はあるが、その内50分はメイクや衣装合わせに使う。
残りの10分は、今僕がやってる事だが、アイドルのカウンセリングというか、要するに、アイドルを精神衛生上安定させるために使う。
これは本来、前述のメイクやらなんやらを行った後にやることだが、僕がまいた種だ仕方ない。
とりあえず、4分で春香を元気付け、50分をメイクに使い、残りを、春香をやる気付かせる時間にしよう。
ということは、後2分で考えなければならない。
……どうちよう。
考えろ、考えろ僕。
そうだ、僕、ギャルゲーはやったこと無いが、ラブコメ系の漫画やアニメは腐るほど見てる。
あの、何の変哲も無い男子高校生の言葉を思い出すんだ……!
そ、そうだ!
『御坂妹から離れろっつってんだろ三下ァ!!』
違うだろぉ!?
それ明らかにシリアスだし、カッコいいけど明らかにタイミング違うし、明らかに男に言った言葉だし!
『ああ!大好きだねぇ!俺は妹物のエロゲが、超、大好きだぁぁぁ!!』
引かれるわぁ!!
さっきっからロクな台詞思い付いてねぇじゃねぇか!
畜生、残り1分だっ!つーか1分も春香放置してたのか馬鹿。
何か無いか!何か無いか!くそっ!
ビルス「……春香」
春香「はい?」
僕の呼び掛けに、春香はにこやかに反応する。
そして、僕は春香にこう言った。
ビルス「ぼっちが誇るべきはその深き思索。 本来、対人関係に割かれるべきリソースをただ自分一人に向け、内省と反省と後悔と妄想と想像と空想とを繰り返し、やがて思想と哲学とに行きつくほどに、無駄な思考力」
春香「」
周りの人間「」
やはり俺のアイドルプロデュースは間違っている。
-
場の空気が硬直した。
そりゃそうだ、何の突拍子もなく、アニメのキャラのよく分からない台詞を言えばそりゃ固まるに決まっている。
仕方ない、50分の間、なんとかして春香を元気付ける言葉を見つけなければ。
大丈夫、神のネットワークに呼び掛ければ、適切な答えが……と思ったが、どうせウイスみたいな奴らが答えると思うと、とびきり頼り無い。
どうしよう……。
春香「……ふふっ」
わ、笑われてしまった。
畜生、僕の黒歴史メモリーがまた更新されてしまった。
某日、某所、アニメキャラの台詞を言っちゃう事件として、僕の黒歴史メモリーに記録されてしまった。
……しかし、なぜだろう。
春香の表情は、先程よりも良くなっていた。
春香「もう、いきなり何を言ってるんですか~」
笑われてはいるが、春香のそれに嘲りの意は無かった。
春香「それじゃ、私は準備に行ってきます、覗かないで下さいよー?」
誰が覗くもんか。
……しかし、春香の機嫌が良くなったみたいなので、僕も、良かったかな。
……やっぱ覗いてみたいな。
-
覗きをしようか迷っていたが、周りの視線は痛いままだったので止すことにしよう。
暇だな……50分どうやって時間潰すか。
そうだ、このテレビ局を見学しよう。
もしかしたら、オーディションのヒントが掴めるかもしれない。
歩き始め15分、特に変わった事はない。
名も知らない芸人や俳優の名前が記されてるボードが貼ってあるドアばかりが目に入り、どうリアクションしたら良いか分からない。
たまにすれ違う人もいる。
その人達は皆僕にドヤ顔を浮かべながら横を過ぎ去るが、僕は全員知らなかった。
リアクションに困りながら僕は歩いていたが、暫くすると、突然若い男の呼び掛けが聞こえた。
「おい、お前」
その言葉遣いは荒く、どうも、不良の臭いがしたので、僕はその呼び掛けに答えない。
無言で歩き進んでいると、今度はより大きく声が鳴り響いた。
「聞こえねぇのか!?お前だよ、そこのうさみみ野郎!」
なんだとてめぇ!
と、僕はつい反応し、振り向いてしまった。
スルースキル無さすぎだろ僕。
「へっ、てめぇプロデューサーみたいだが、さっきの醜態は見るに絶えなかったぜ!」
さっきの醜態?
僕は5秒ほど考え、すぐに思い当たる節を見つけた。
ビルス「やめて!黒歴史抉らないで!」
「!?」
何とも情けない台詞を吐いたせいで、若い男、つーか少年は驚き、少し後退る。
いや、あれは自分でも思う。
どうかしてたわ。
しかし、だからと言って、こいつの態度は許せた物では無い。
注意しなくては。
ビルス「さっきはすまなかった。しかし、そんな
挑発的な態度をとっている君はどうなんだ?」
「おっと、気分を悪くしたか?まぁ、これは俺の生まれつきなもんでな」
このクソガキ。
今すぐにでも血祭りに上げても良いが、ウイスが五月蝿いし、何より、春香が喜ぶ訳が無いので、ここは譲歩することにしよう。
ビルス「……そうか。すまない、俺が全面的に悪かった」
今思えば譲歩し過ぎたかも。
いや、かもじゃねぇ、譲歩し過ぎた。
まぁでも、この僕の寛大な心から発せられた寛大な一言により、少年も一歩引いた様だ。
「お、おう……分かりゃ良いんだ分かりゃ」
こいつの扱い方が分かった気がするぞ、もしかすればこいつ使えるかも。
よし、こいつの名前を訊くか。
ビルス「僕の名前はビルス、765プロのプロデューサーだ、君の名前は?」
「俺の名前は『天ヶ瀬冬馬』だ」
冬馬ね。
「因みに、俺は、お前が765のPだってことは知ってたぜ」
あぁ、そう。
割とどうでも良い。
……うん?待てよ、知っててあの態度をとったとすれば、こいつは……。
ビルス「……君は、765のライバル的な奴なのかい?」
僕がそう言うと、冬馬は笑いながら答えた。
冬馬「おいおい、あんな弱小プロのライバルだと?笑わせてくれるぜ!」
なんだと!?弱小だと!?
ふざけるな、それなら、そんな所で働いてる僕の立場はどうなるんだ!?
冬馬「まぁ、うちの社長は、あんたらのこと敵視してるみたいだけどな」
どうやら、冬馬のとこの社長とこっちの社長は、少なからず因縁があるらしい。
どうでも良いや。
冬馬「ま、縁があったらまた会おうぜ!あばよ!」
あの態度は問題だが、根は良いやつなんだなと、僕は察した。
よし、名前さえ分かれば、奴の位置はいつでも特定できる。
これから、何回かあいつをこき使ってやろう。
-
天ヶ瀬冬馬と出会って、時間が5分間潰れたが、それでも、後30分以上はある。
とりあえず、やはりこのスーツは窮屈なので、
元の格好に戻した。
すると、身体的な窮屈さは取り除けたが、代わりに、周りからの視線はより一層痛くなり、心理的な窮屈さは度を増した。
「やだ、露出狂?」
「キモ」
てめぇら後で覚えとけよ。
ったく、近頃のガキはクソばっかだな。
それはそうと、いい加減見られるのも嫌になってきた。
少し、周りの人間の脳に細工をしてやろう。
僕の格好が気にならなくようにする。
僕の格好を流行らせても良かったが、僕のアイデンティティーが無くなるので、それは止めた。
……よし、これで完了だ。
どうだ、見てみろ。
「……?」
「なに見てんの?キモい……」
おい、どのみち「キモい」と言われなきゃいかんのか僕は。
その後、なんとか時間を潰し、時はいよいよオーディション本番。
春香が歌う曲は、勿論『READY!!』だ。
この日のために一杯練習してきた訳じゃ無いが、春香ならいける。
なぜなら、春香は、神である僕の的確なレッスンを施された『戦士』なのだからな。
春香「では、行ってきます!」
春香はそう言い残し、僕の元を後にした。
僕はガラス越しに、ジャージ姿の春香のステージを見る。
そして、チラリと、他の応募者を見ていても、そこに天ヶ瀬冬馬の姿は無かった。
やはり、彼は、春香の一歩先を行っている存在なのか。
てか、そうじゃなきゃ許さねぇけどな。
態度的に。
そして、アイドルデビューを賭けたオーディションが、番組出演を賭けたオーディションが、幕を開けた。
アイドルたちは、順番に名前を呼ばれ、それぞれの持ち歌を披露する。
審査は、3人の審査員の元、厳正にされる。
オーディション開始から38分56秒が経過し、ついに春香の出番がやってきた。
春香は、名前を呼ばれると、緊張まじりに返事をする。
声が少し裏返ってたためか、周りのアイドルからはクスクスと笑われていた。
しかし、春香は、どんな緊張や恥辱の状況に置かれても、その精神を曲げることは無かった。
それだけ、春香のトップアイドルへの夢は、強固たるものということである。
そして、曲のイントロが流れ、周りが静寂に包まれ、今ーー。
ーー彼女だけのステージが、始まる。
「ARE YOU READY!!
I'M LADY!!
始めよう
やれば出来るきっと
絶対ーー私NO.1!!」
その歌声に、美しい姫は居ない。
清楚で女性らしいあの人は居ない。
しかし、元気な姫は居る。
多少男勝りではあるが、誰よりも乙女なあの人は、居る。
その歌声は、初めは人に称賛されなかったが、精巧に刷り込まれた役への愛情は、段々と、人の心を変えていく。
(クリックで参照)
ビルスは笑った。
そして、小声でこう言った。
「……酷い歌声だが、不思議と、癖になるな」