ワザップ!フォーラム
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ジョナサン・スウィフトやトマス・モアや宮武外骨や大勢の人に捧げたい
いや、本当は羊を焼いて報うべきなのだけど、私は割礼をしていない
原題元ネタ
「船医から始まり後に複数の船の船長となった
レミュエル・ガリヴァーによる世界の諸僻地への旅行記四篇」
つまりガリバー旅行記!
これは1701年、サザンプトンを出航し東方航海へ出たアーネスト・ジョンストン氏の
決死の航海と、その航海の果てに行き着いた技府国の様子、文化、風習を書き記した物である。
編集はジョンストン氏本人と、甥のジョナサン・ジョンストンによる。
—— 1 サザンプトンからマラッカまで、自己紹介 ——
私の父親はシェフィールドにわずかばかり土地を持っていた。
私はその五人の息子の二番目である。
色々思い出したくない事があって、気づけばネーデルラント(オランダ)のライデン大学へ
留学し、そこで二年と七ヶ月、医学を学んだが、ろくすっぽまともな事は覚えていない。
ただ、学友にレミュエル・ガリバーと言う者が居て、その時は何でもない男に見えたが
噂によるとあの後、小人の国や巨人の国、ラプタ、そしてフウイヌムの国へ旅行し、
仕舞いには気が狂ったという。
取り合えず、私は名義だけでも医者の位を取得し、イギリスに戻ってから
サザンプトンの海軍医学局に雇われ、晴れて私はイングランドの誇るべき医者連の仲間入りを果たした。
そこで数年陸勤めをしていたが、西印度方面艦隊への乗船を求められ、
それからは一年半、サザンプトンとジャマイカやバハマを往復した。
その時の原住民達との交流は、後に私の役に立つ事になる。
1701年3月中旬、私は東方艦隊への転属を求められ、快諾した。
と言うのも、そちらの方が給料が良いからである。
航海は早速行われた。
4月初旬には早速艦隊の編成が行われ、私は古びたガレオン船キングオブジョンの船医となった。
しかしこの船はやはり名前と相成って、性能が悪かった。
船員からはシンプルトン(のろま)と呼ばれ、この航海に耐えられるかも分からないのだ。
しかし航海は実行に移され、4月の末頃、七隻からなる東方艦隊は出航した。
航海は順調に進んだ。
途中、軽い嵐に見舞われながらも、セントヘレナ、ケープと英領港を継ぎ、
ポルトガル領モザンビークで補給を得て、そのままカリカット、そしてマラッカへ向かった。
今回の航海の目標は、清から新種の香辛料を得、またそれを持ち帰る事だった。
マレーとスマトラの間の海峡に差し掛かった頃、現地の海賊が無謀にも我々に攻撃を仕掛けてきた。
我々は英国の公認艦隊であるから海兵二個隊分の兵力を持ち、簡単に追い払う事が出来たが、
哀れにも我が乗船シンプルトン、いやキングオブジョンは船底に火薬で穴を開けられ、
やや不安定な状況に追い込まれた。
それでも我々はマラッカに到着した。
—— 2 ヴェトナムとの誤解による戦い、漂流 ——
マラッカで補給を終えた我が東方艦隊は、広州を目指し、
マラッカ海峡を抜けて北へ向かった。
キングオブジョンは一応の修理はされていたが、まったく充てにはならなかった。
船員達の中では、常時体に浮く物をつけている者も居た。
途中、いよいよハイナンが地平線遠くに見えたと言う時、事件は起こった。
ヴェトナムの臨検隊が船に近付いてきたのだ。
まともな通訳も居ない中、どうにか漢字の理解できる者が文字でやり取りした所によると、
ヴェトナムのキリシタンが外国船に乗り逃亡しようとしていると言う事だった。
我々は当艦隊の、そして後続に来るであろう艦隊の為に臨検を受け容れたが、
運が悪い事に、三隻目にマラッカで拾った東洋人の水夫の仲にヴェトナム人が居たのだ。
その者はキリシタンではなかったが、臨検隊は激高し、そいつを連れて行った後、
なんと花火で他の艦隊を呼び寄せたのだ。
これは争いになると言うデビス司令の判断により、臨戦態勢を取りながら我が艦隊は急いで
広州へ向け、逃走を始めた。
だが、地(海だが)の利はヴェトナム海軍に有り、連中は果敢にもあのジャンク船で
そして物凄い速さで我が艦隊に迫ってきた。
それと同じくして、雲も怪しくなってきた。
連中は我々に追いつくと、のろまと言う仇名の通り一番遅れを取っていた私の乗るキングオブジョンに
砲撃をして来たのだ。
最初の一発は海に落ち、後の二発が見事に船腹に当たった。
哀れな我がシンプルトンなるキングオブジョンは、それだけでボコボコ変な音を出しながら沈み始めた。
私はもう腹を括って、医療道具の箱(これは良く浮くのだ)を抱えて海に落ちた。
海でプカプカ浮いている間、他の船員達もボチャボチャ落ちてきて、
また向こうではジャンク船が別の船を攻撃しているのも見えた。
あちこちで火柱が上がる中、突如嵐が起こった。
そこからはもう覚えていなかった。
—— 3 技府国、恐らくフィリッピンの北か ——
私は生きていた。
どこかの海岸に漂着したのだ。
急いで起きて周りを見回すが、他の船員の姿や、船の残骸の見えなかった。
私の医療道具の箱も何処かに消えている。
手元に残ったのは、ずぶ濡れの衣服と、レイピア、僅かな金貨ぐらいだった。
辺りには南洋の木々が生え、恐らく此処は亜熱帯のどこかの島である事は分かった。
私の知識が間違っていなければ、スペイン領のフィリッピン等と良く似ている環境だが、
木々の数が少なく、実も実らぬ木々もある為、少々北に位置するのかもしれない。
原住民は居ないか、何か食べ物は無いかと、海岸線をトボトボ濡れた姿で歩いていると、
まさに原住民らしき者が、海岸の高くなった場所に腰掛けて釣りをしていたのだ。
しかし、我々が考えるような、南洋の腰蓑しか付けていない原住民とは違い、
立派な衣服を身に着けていた。
私がどうにか大声を上げて、とりあえずHELPと言うと、その原住民は驚いて振り向き、近寄ってきた。
しかし当然言葉が通じない。
「〜kめwんおsfぼsぼ」
「What?」
「ぢfどおsじょfjfしhv」
「hmm…」
こんな感じである。
だが彼は私が漂着した人間である事を理解した様で、私の袖を引っ張り、
恐らく彼の住む集落へと連れて行ってくれた。
彼が何度も繰り返す所によると、此処はワザフだと言う。
(続)
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—— 4 不思議な様子、英語を解する者在り ——
私は彼の集落へ連れて行かれた。
驚く事に、この集落は近代的な、恐らく我等が大ロンドンで惜しみなく使われている
技術よりも高等な設計技術が使われている様だった。
ただし、完全に囲われた建物ではなく、何か雨宿り小屋の様に、
広く開放された様な空間だった。
私を助けた男がここに住む者達に大声で何か、集合の様な合図をかけると、
皆途端に現れた。
皆、私よりも華美でなく、何かの制服を更に薄くしたような者を着ていた。
私はとにもかくにも、自国語で助けてくれと言った。
言葉は通じないだろうが、両膝を地に付け、両手を天に上げてとにかく大声で。
「ヘルプミー」
すると、何と私の言葉を解する者が居た。
彼の名前はドロテアと言い、英語を良く解する男だった。
私は今までの事を深く、丁寧にこのドロテアに伝えたが、
彼は私の話を半信半疑に聞いていた。
彼曰く、この空間は特別であり貴方のような仮装した男が漂着する様な場所ではないと言うのだ。
取りあえず私は彼に、身を全て委ねるとだけ言って、地面に仰向いた。
もうこれ以上は考えたくなかったのだ。
—— 5 技府の体制(悪漢による支配、それによる道徳観念の薄さ) ——
私が再び目覚めた時、それは先程からあまり時間の経っていない様子だった。
私は、悪夢にしろ良夢にしろ、早く覚めて欲しいと思ったが、
どうも残念な事にこれは真実だった。
私は大勢の住民に囲まれ、寝台に寝かされていた。
この寝台は、私が今まで寝た何処の寝台よりも奇妙だった。
まったく装飾も無く、マットレスも敷かず、奇妙の素材を硬い机の様な物に敷いて
寝かされていたのだ。
ドロテアは私の直ぐ側に行って、私に、耳栓のような物をプレゼントしてくれた。
もちろん直ぐに私はお礼をした。
西インド諸島で私が原住民相手に学んだ経験の一つに、お礼は大体、どこでも頭を下げる、
と言うのが正しいのだ。
私は、ドロテアが教える様に耳栓をつけると、多くの言葉が流れ込んできた。
いや、ざわめきが言葉に変ったのだ。
この耳栓は、ある種の言語変換機らしかった。
ドロテアはもう私の言葉を使わずに、彼等の言葉で話しかけてきた。
何となく分かった事は、不憫な貴方を我々は受け容れると言う事、
それを喜ばぬ者も居ると言う事、それが此処の準支配者的存在と言う事だった。
ここは何かの絶対王政を敷いている訳でもなく、緩やかな従属関係を結んでいる連邦的な国だと私は考えた。
私は早速、その支配者の所へ引き連れられる事になったが、道中、ドロテア、
そして私を助けてくれた張本人ムーニエンヌ(名前が耳栓を付けても良く聞き取れないのでこう書く)等が
ここの様子を色々教えてくれた。
この国か島の名はワザプと言い、それは漢字を用いると技府、アルファベットにするとWAZAPになると言う。
私には良く理解出来ないが、ここでは多種多様な言語が飛び交い、それを皆自在に解すると言う。
私の様に耳栓を付けなければ行けない人間は記録に残っている中でもそうそう居ないと言うが、
それがどう言う意味なのかは私には教えてくれなかった。
また、女性またはメスが少な過ぎると言うか見掛けないのも、ここの常らしい。
ではどうやって生殖、そして人が生まれるのかと言うと…彼等も知らぬ間に、
そして自然にこの環境を受け容れている様な、そんな漠然とした内に「生まれた」と言う。
私たちは彼等の「コミューン」つまり支配者の居る集落に到着した。
コミューンには大きな建物が並んでいるが、ただそれだけが目立ち、
辺りにはまるでバラックの様な小屋が立ち並んでいた。
ちなみに私が漂着の後最初にムーニエンヌに連れられ訪れた集落は「モバイン」と言う。
この様な集落が島中、国中に幾つかあり、どこも同じ「アリタヤ」に監視されていると言う。
このアリタヤとは、これも深くは分からないが、ドロテアの言うには超越的な何からしい。
私は支配者の居る、野外劇場のような場所に引き込まれた。
皆、普段はここに集まり、一日中話をしていると言う。
その中心で、一際顔色の悪く、人を(私の様な異邦人が現れても尚)罵っている者が居た。
まさかとは思ったが…ドロテアは私に、彼が支配者格の天国弦と残酷な真実を教えてくれた。
天国弦は私を見つけると、睨み付けた。
ちょうど、獅子が獲物を見つけた時の視線である。
だが、この者には獅子の様な威厳と言う言葉が似合いそうには見えなかった。
この天国弦には取り巻きが三人居て、デモクラシー(民主制と漢字では訳すらしい)、
猫の面を付けた「スペシアル」、イタチの様な面をした男(その名も李達)が
常にこの醜悪そうな男の周りを囲んでいた。
先に言ってしまうと、この島へ現れたばかりの者は、まず最初に彼らから虐待される運命にある。
なぜなら、気に入らないからである。
彼らに反感を持つ者は多いが、ある尊敬されし者は投獄され、
また別の、洗礼者フアンと呼ばれる者ははこれに呆れ、別の場所へ僅かな者を連れて移住してしまった。
今や彼らに逆らう者は居ない。
私は早速、彼らに近付き、「アーネスト・ジョンストンと申します」と挨拶した所、
彼らは恐らく世界の何処でもそうそう見られない、実に我々の文化からして不快な行動を取った。
「気安く話しかけるな」
天国弦は私にそう言い放ち、鞭の一つをくれた。
私はこの恐らく五秒も無い出来事の間で、この島がどう言う状況に有るか知った。
少数の者による恐怖政治である。
取り巻きは皆、私に侮蔑の言葉を投げつけてくれた。
ここでは、いやこの天国弦とその取り巻きの前では、都合の分からぬ者は彼等の踏み台にされるのだ。
我がイギリスでは、初めて王宮内に入りするものは間役人によるレクチャーを受けるし
私が言ったライデンの大学では新入生に丁寧に接してくれたと言うのに、此処にはそう言う者は無い。
私が漂着者だからって、何故鞭打たれる事があるのか。
彼らがただ此処に留まって、自分の身内で騒いでいるだけなら、皆此処から離れるだけで済み、
天国弦その取り巻きも多分直ぐ自滅するのだが、そうは行かない。
彼らは移住と言う物をそう簡単に許さず、また自分達の所以外で栄える所があると、
わざわざそこに乗り込んで滅茶苦茶にするのだと言う。
先程の、洗礼者フアンの移住先もそう言う運命に有っていると言う。
彼らは此処だけではなく、島全体の圧制者なのだ。
島に平和が訪れるのは彼らが休んでいる間だけである。
「こんな奴を連れてきたのは誰だ、外患誘致罪も良い所だ、なあスペシアル」
スペシアルと言う、猫の面を被った男はビクつきながら賛同した。
「はい、はっ、はい、まっことその通り、はい」
私には見えなかったが、恐らくムーニエンヌとドロテア、その他大勢の者がすくみ上っただろう。
それでも私は意地に掛けて、もう一度喋ってやった。
今度は率直な疑問をぶつけた。
この様なむち打ちが貴方方の挨拶なのですかと。
すると天国弦はまるでヒステリーのように今度は三発鞭をくれる。
「気に入らない、死んでしまえ、お前は頭の病気だ」と。
何故こうも罵詈雑言が口からベラベラ出るのか私には理解出来なかった。
最後はデモクラシーとイタチ顔に引きずられ、大勢の者の中を通って場外へ放り出された。
—— 6 コミューンの外周、薄気味悪いスローガンの数々 ——
私はたかがこの恐らく半刻の間に、人生に深く刻み込まれる嫌な体験を数度経験し、
しばらく外に放られていた。
野蛮な、いわゆる悪魔の子の様な者をしつけずに大きくさせたら、
多分ああ言う男になるのだろう。
ようやく誰かが時を見計らい、私を助けに来てくれた。
ドロテアだった。
彼はどうか気にしないで欲しいと言ったが、それは無理な相談である事は間違いない。
私は、投獄されたという偉大な者に会いたくなってきた。
何故ここでこんな事が行われているか、その物に聞けば分かりそうだからである。
ドロテアは私の言う事を聞いてくれ、食事を取った後牢屋まで連れて行ってくれることになった。
しかしこの食事と言うのは、お世辞にも優れた味覚を持つとは言えない我が人種でも
味気なく思えるものだった。
色取り取りのヤギの糞の様な物を三粒ほど飲み込むだけなのだ。
確かに気力は出てきたが、食事をすると言う感覚ではなかった。
コミューンの外周をぐるりと回ると、壁に幕が張られ、スローガンが漢字と見た事の無い別の文字で書かれている。
私は一つ一つドロテアに意味を聞いていった。
「新参には正しき態度を」
「赦すな、痛めつけよ」
「アリタヤの唯一つの過ちは新参」
これは全てあの天国弦の言葉だと言う。
つまり、彼は私に、彼の言う所の「正しい態度」を取ったのだ。
はっきりいってこんな馬鹿馬鹿しい事は、世界の何処で行われているのだろう。
ドロテアは、我々の本心ではないと言うが、連中の制裁を見て見ぬ振りをしているのは
状況を悪化させるだけにしか思えなかった。
(続)
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—— 7 この地における一般的な牢獄 ——
我々は、牢獄までやって来た。
牢獄と言う物を、例えばロンドン塔の奥の様に(はっきり言って)薄気味悪い場所だと
我々英国人は思いがちで有るが、ここはそんな物ではなった。
四角い、上面に整列的に空気穴がいくつか開いたガラス室の様な物だった。
そのガラス室の中には、一応用を足す場所か風呂場かであろう黒い囲みもあり…つまり広いのだ。
牢屋の周辺には、看守の姿は一切見受けられず、ただ樹木が雑に生えていた。
ドロテアによると、これがこの島の普通の牢獄らしい。
私は、看守も置かずに、どうにか割れば脱出出来そうなこの牢獄には問題無いのか聞いたが、
彼はただ首を振って、そんな事はないと応えた。
それよりも奇妙な事に、囚人本人が居ないのだ。
ドロテアは、それがさも普通の様に、ガラスをコンと叩いた。
すると、囚人が、雲が晴れるように現れたのだ。
あの囲いは、一体何なのであろうか。
—— 8 良心の囚人グラハム・ロイド氏、天国弦による感情的圧制の被害者 ——
現れた囚人は、これも私の想像を覆した。
(天国弦の様な者に囚われる者は大体そうだが)犯罪者とは思えないほど、邪心の無さそうな顔だった。
詐欺師でさえ、僅かばかりに漏れ出た邪心があの卑屈な笑みを浮かべさせるし、
当然の悪漢ガイ・ホークスはもちろん、正義のロビン・フッドだって人を殺せば
僅かでも邪心が篭った顔付きになるに決まってる。
だがこの男は、そんな物は少しも感じさせない。
私は、ドロテア氏にしばらく私の身の上を、かなり一方的では有るが、
ガラス室の中の彼に向かって話して貰った。
どうやらガラス室の中にも音が普通に聞こえるらしく、さらに向こうからも
此方に話しかけられる様だった。
彼は私の事に関する話を聞き終えると、本当に慈愛の篭った声で私に労いの言葉を掛けてくれた。
彼の名はグラハム・ロイド(彼の名もかなり聞き取り難いので、英国風に正した)と言う。
私は、今度は自分の口で、先程天国弦と言う此処のコンスルに会ったと言うと
ロイド氏は途端に悲しげな顔をして、此方を見つめた。
そして、何もされなかったかと聞かれたので、された通りの事を伝えた。
私はかなり詳細に丁寧に伝えたので、その場の空気が見えるならどんよりしたことだろう。
ロイド氏は、私の話を聞き終えると、放り出された分まだ幸せだと言った。
放り出されて、あとから追われないなら、まだ色々な道は有るが、
何度も天国弦とその取り巻きを怒らせると(それも彼らが理不尽に怒るのだが)、
「存在」まで狙われると言う。
私はロイド氏が何故ここに入れられたのかを良く聞いた。
罪状を、この島の法に疎い皆様の為に私の注釈付きで箇条書きで挙げると、こうなる。
A 新参に対し、優しい態度で接した教育的不義行為(これは世界広ともこの島にしか無い法だろう)
B 偉大なる天国弦とその輝かしい部下に対し、意味の分からない注意を行った事
(つまり暴力行為の不当性を指摘したこと)
C 洗礼者フアンの領地へ何度も出入りした敵対勢力への売国行為(ただ交流を行っただけである)
D 天国弦の公平公正な裁判を妨げた行為(ほぼ集団暴力に近い事を受けていた者を庇った)
英国であれば、私の付けた注釈の様に判断され、逆に賞賛される様な行為を
彼は行ったのに、ここでは左の島の法に触れる事になる。
「ローマではローマ人の為すように為せ」(郷に入れば郷に従え)と言う諺を言う読者も居るだろうが
この島でも本来は私の注釈の様に、賞賛されていた行為である。
それが、以前からの「排斥主義者」なる勢力、そして天国弦一派のせいで左の様になったのであり、
彼等のやっている事は、もちろん島の本来の法の性質に大いに反しているのだが、
誰もそれを指摘しない。
しかしロイド氏は偉大「過ぎる」事が幸し、本当は延々と集団暴力の様な「裁判」を受け
その後追放されるか、海に落とされる所を、こうして牢獄送りにされたのである。
この様に寛大な処置を取られた天国弦を、コミューンの住人は皆震えて称えた。
ドロテアによれば、今にも泣き出しそうな声で、言いたくない事を言うように、
そして天国弦の鞭があまりにも恐ろしくて美しいので、こうなったそうである。
一週間に一度、減刑、つまり釈放と引き換えに天国弦の直参部下になる様に使いが来るが、
そうなれば天国弦の行為を正当化し、また広告塔扱いされる事になるので、
ロイド氏は毎回それを断っていた。
実に見上げた者である、こう言う者が普通、天国弦の立場に着くべきだった。
—— 9 ロイド氏との別れ、移住地の見学を希望し、単独行動に ——
私は、ロイド氏が如何に素晴らしい人間かを知る事が出来た。
彼はそれでも自分の事を謙遜し、劣った人間と言ったが、
例え彼が劣っていても、この島で一番優れた人間である事には変わりない。
ロイド氏は別れ際に、疲れた時は休むべきだと私に伝えてくれた。
私はそれをそのまま受け取りそうになったが、もちろんそのままの当たり前の意味ではない。
だが、どちらにしろ、天国弦が今の精神のまま上に立つ時点で、ゆっくり休む事が出来る場所も環境も
この島に無いのだ。
最後に、どうして天国弦がああなったのか、ロイド氏に聞いた。
聞く所によると、本来温和な者が集うこの島において、ある一筋の人間達だけが、
暴虐に、そしてただ自らの快楽のためだけに、しつけだの注意だのと理由を付けて、
自らの行為を正当化して暴力と罵詈雑言を叫ぶのにに励んで来たと言う。
その人間がまた何処から現れたかは分からないが、ただ分かるのは、天国弦がその末裔であると言う事だった。
ロイド氏の牢獄を離れ、私は実に嬉しく、そして悲しい気分に見舞われた。
ああ言う良い人に会えたのは幸いである。
そして、ああ言う良い人が不当に裁かれるのは不幸である。
ドロテアは、必要以上の事を私には伝えてくれない。
私は、彼にロイド氏をどう思うか聞いたが、ただ良い人だと言う一言以上の事を話さない。
何かに見張られている様な、押さえつけられている様な感覚を見て感じる。
我が国のあの煩いホイッグやトーリーと言った連中だって、こんなに抑え付けも、
恐れを感じさせもしないのに。
私は、今度はそれから解放されたであろう、洗礼者フアンの移住地へ移動したいと彼に告げたが、
今度は彼は用事が有ると言い、同行を拒んだ。
一日中話しこんでいる彼らに「用事」と言う物が有るのか分からないが、とにかく拒むのだ。
そして良く考えると、あの地に行くだけで罪になるのだから行きたがらないのは当然であった。
私は、心配そうに見送ってくれたドロテアに手を振り、移住地へと続く
南洋樹林の間の道を進んでいった。
(続)
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—— 10 この地は異界では無いかと言う考察 ——
私は、樹木の間を歩き続けながら、この島の様子について考えていた。
人種は様々に思えた。
白い肌、黄色い肌、黒い肌、色々である。
しかし、皆同じ言葉を話し、同じ物を理解する。
何時間も歩いているのに、日は常に我が頭上にさんさんと輝き、
傾きも、曇りもしない。
この島で、鞭やその他原始的な武器以外の武器を見ず、
その癖建築技術は我々の上を行く。
私は、立ち止まって耳栓の様な物を外してみた、だが何も変らない。
一体何処に来たのか、ここは一体何なのか。
もう一度つけても、もちろん変らない。
聖書にあるパラダイスかゲヘナか、それとも異界か。
ウェストミンスター主教さえ此処の事などどうにも理解出来ないだろう。
主が、私の何かの罪と引き換えに、あの嵐の末に此処に辿り着かせたとするなら、
確かに私は自分の罪を呪い、主を賛美する他無い。
だがここでも私は自由意志を持って行動出来るのだった。
私は、この島から抜け出せるのか、不安を抱いた。
—— 11 移住地へ到着、洗礼者フアンとの対面 ——
私はそれでもとぼとぼ歩き続けた。
イエスキリストは四十日間沙漠を歩かれた。
私の居る場所は沙漠ではなく、そして四十日ではなく僅か数時間だ。
ワーフェンとアルファベットで書かれた看板が、紐で両脇の樹木に結ばれ、間道に翻っていた。
更に進むと、コミューンを小さくした様な集落が現れ、私の求めていた物が見つかった。
何人かが近寄ってきて、遠巻きに私を取り囲んだ。
私は、両手を挙げ、危害の無い事を表すと、彼らは安堵の表情を見せた。
自分が漂着者である事、洗礼者フアンと対面したい事を告げると、
彼らは漂着者と言う事が良く分からないらしく、困惑した顔を見合わせた。
フメネンと言う男が私を連れ、奥へ引き込んだ。
薄暗いその空間に、洗礼者フアンが居た。
ローマ兵の様な兜を被り、その下に奇妙なこの島住人特有の服を着た、背の高い日焼け男。
洗礼者と言う表現は何処にも浮かばないが、世には王の風格が無いのに王を名乗り、
姦淫を犯しているのに神父牧師を名乗る愚か者が居る、そんな連中と比べれば
これは遥かに無害で、どうでも良い事だった。
私は、また長い自己紹介を行った。
フアンは未だに一言も話さず、ただ私の顔を光る目で見つめていた。
一通り言い終えると、彼は私に向かって握手を求めてきたので、応じた。
洗礼者フアンは、私が遥々この地まで訪れた事に労いの言葉を掛けてくれた。
そして、天国弦による暴力に、断固憤慨するとも言った。
断固憤慨と言う表現を私は聞いた事が無いが、とても良い言葉だと思う。
—— 12 罪と赦しについて ——
フアンは、天国弦について話す前に、まず言って置かなければいけない事が有ると言った。
それは、彼も元々ああ言う野蛮な人種の仲間だったと言う事である。
これを話す事で、彼が私に何を伝えたかったのか。
それは、改心と赦しの可能性があると言う事である。
私は感銘を受けたが、天国弦の改心の希望は絶望的だと思っていた。
驚いたのは、フアンが十字架を取り出し、これも私の赦しかも知れない、と言った事だ。
この島で、主の形を見るのはこれが始めてである。
しかしフアンは、十字架の意味や形よりも、ただ赦しと言う事に固執している節があった。
フアンが僅かな同志と共にここに移住したのは半年と少し前であり、
平和な一時を最初過ごせた事、またコミューンからの不当な圧力を受けている事を語った。
フアンは、私を外に招いた。
天国弦は、この移住地に集団で姿を現し、交流だと言い張って、
納屋から次々とここの住人の財産を奪い、更に数軒に火を付けたと言う。
私は、何故反抗しなかったかと聞こうと思ったが、直ぐに気づいた。
反抗出来る程の力も、地の利も無かったのである。
ここに移住した者は皆平和に暮らしたい人間の集まりであると言う。
その証拠に、圧制に嫌気の差した者を迎え入れ、去るもの追わずの精神を貫いているとも言う。
移住地には憲章があり、フアンが温情総督(これもこの島特有であろう)を勤め、
あらゆる決め事は住人内で行われる。
立憲総督制とも言うべき、我々からすればかなり不安のある制度が、
ここでは成り立っていた。
住民は皆、少なくともコミューンよりは生き生きとしているが、
やはり圧制に耐えられない者は若い者が当然多く、子供や若者が多く見られた。
私はフアンに、この島に武器は有るかと聞いたが、彼はさあと言うだけで、
何もそれ以上応えない。
日は何故ずっと上に浮んでいるかと聞いたら、それが普通だと応えた。
天国弦が太陽と同じ存在で良いかと聞いたら、当然それは違うと応えた。
しかしその言葉はどこか弱げであった。
(続)
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—— 13 コミューン一派による移住地への攻撃、捕えられる ——
私は移住地のあらゆる所を眺め、そこがコミューンより遥かにのどかで、
不当な暴力の欠片もない事を知った。
ゴーエンと先程私を案内したフメネンの二大猟師の出猟式にも出くわし、
フアンや移住地民と共にこれを祝福した。
だがその時である。
森の奥から、十数名の刀や槍を持った者達が現れたのだ。
先頭には、コミューンで見た者が二人と、全く違う服を着た傭兵らしき者二人が立っていた。
それらコミューンの方からはボックスヒルとリオ・グランデ、傭兵の方はエタムレスとレインボーなる者が
鬨の声をあげ、我々に襲い掛かってきたのだ。
出猟式の最中で不意を突かれた我々だったが、フアンは即座に一般民に逃げる様に伝えると、
皆一斉に動き出し、さらに漁に出る筈だった者は皆武器を揃えて立ち向かった。
だが敵はまともな応戦をせず、何故か私だけを狙ってきた。
私は、腰にレイピアが備わっているのを今まで忘れていた。
それを引き抜くと、少し錆びたが輝きを失っていない刀身が顕わになった。
まず、エタムレスと対峙しようとした時、敵は決闘と言う文化を持たないのか、
私に網を浴びせ掛け、そのまま引きずり始めた。
もがいても、もがいても出る事は出来ず、ただ敵に身を渡すほか無かった。
フアンが私の落としたレイピアをレインボーに投げつけ、胸を突き刺した。
レインボーはどくどく血を流しながら、フアンの方によろよろ向かっていったが、
仕舞いには倒れた。
結局、リオ・グランデは木槌で私を気絶させ、コミューンに私は連行された。
—— 14 異端裁判らしき行事 ——
目覚めると、私は大きな網籠をひっくり返した様な中に入れられていた。
周りには大勢のコミューンの住人が集まり、私を見ている。
そして、目の前の塚に、天国弦とその一派が陣取っていた。
彼らは、唐突に私に死刑を宣告した。
グラハム・ロイド氏との密会(別に秘密に行った訳ではないのだが)、
フアン不当入植地への立ち入り、天国弦の執務妨害、またこれは私の罪ではないが
レインボー殺害の容疑も何故か私に科せられた。
意義のある者は、と天国弦が言うと、誰も反応しない。
皆、手を挙げ、賛同している。
その中で、ドロテアやムーニエンヌも手をあげ賛同していたのが痛ましかった。
私は先程の襲撃に参加していたボックスヒルと言うしがない男に手縄をされ、
天国弦一派が私を取り囲む中、死刑場とされた小高い丘に連れられた。
この島に漂着してから幾日か、それとも数時間か。
何故天国弦の様な者に殺されるのか。
私はイエス・キリストと同じ様な状況に置かれている事に気づいた。
罪もなく、皆と交わったのに、ただそれだけで殺されるのだ。
—— 15 ゴルゴダの丘を連想させる丘、アーネスト・ジョンストン死刑 ——
小高い丘に登りきると天国弦は、私を地面の四隅の杭に四肢を縛り付けるように命じた。
私はその通りにされ、空をただ眺める状況にされた。
太陽はただ輝いていたし、空は雲ひとつ浮ばせていなかった。
天国弦はこの時、「人道的に死なせるために」私をあらかじめ「消耗状態にして」
早く死ぬようにしようと言い、周りの者はそれに頷いていた。
ただ、あのスペシアルと言う男だけはガタガタ震えていた。
私は鞭打たれ、殴られ、蹴られた。
血と痣だらけになり、朦朧とした状態の中、執行の声を聞いた。
デモクラシーが私の胸に、鉄の棒らしき物を思いっきり突き刺した様だが、
痛みは感じなかった。
(続)
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—— 16 復活、落雷による蘇生 ——
私が再び目覚めたとき、天は荒れ、雷雨になっていた。
場所は変っておらず、私は暫し硬直した。
胸に目をやると、鉄の棒は未だに突き刺さっていたが、やはり痛みも何も無かった。
そして、鉄の棒の先端はまるで火で吹いた様に鈍い色になっており、それはこの環境下では
雷が直撃した事を表していた。
四方の私を縛る縄は既に解かれており、どうにか胸の棒を引き抜いて立ち上がる事が出来た。
丘を下ると前でこちらに背を向けるように平伏し一切動かぬ集団に出くわした。
何かを念じている様で、聞くと私の名と天国での平安を大声で唱えていた。
そしてその先頭にはフアンがいたのだ。
私は大声で「生きている!」と叫んだ。
すると彼らは振り向き、恐れと驚きと、そして少しの歓喜の表情を見せた。
フアンは私に飛びつき、神が全てを成し遂げたと良く分からない事を言った。
私はとにかく、コミューンにこの姿を現しに行こうと思った。
この姿を見せつけ、天国弦にもう一度立ち向かうのだ。
—— 17 コミューンに於ける内輪もめと、私を見た事による混乱、そして破滅 ——
コミューンの防壁を超え、雨合羽を付けた我々は静かにコミューン内に入った。
聞くと、エタムレスと天国弦が言い争っているのが聞こえた。
暫くそれに耳を傾けた所によると、レインボーの保険代を天国弦がエタムレスに払え、
と言う醜い論争だった。
フアンは私にレイピアを返してきた。
フメネンやタカーテン、ゴーエンと言った有志がすでに武装して待機していた。
フアンは鬨の声をあげ、コミューン内に突入した。
天国弦は、来る筈が無いと思っていた者が来て非常に腰を抜かしたが、
私を見つけると更に驚き、失禁したようだった。
エタムレスは混乱して、何と後ろを向いたまま走り出し、柱に思い切り頭をぶつけて死んでしまった。
天国弦とその一派は、逃げ出そうとした様だったが、雨の中、これまでの悪行の報いを受ける様に、
数度の落雷を受けた様で、我々が近づいた時には既に全員絶命していた。
そして私の様に生き返らない様に、地面に埋められた。
だが、コミューンにあれほどいた人民は、消えていた。
—— 18 帰還 ——
私は、最後に、再び丘に戻った。
フアンは私を止めたが、私がまだやる事が有ると言うと、それ以上止めなかった。
未だに振り続ける雷雨の中、私は再び丘の上に立ち、鉄の棒を掲げた。
本来、やはり私は死ぬべき人間なのだと思っていたのだ。
再び、落雷が私を貫いた。
だが、今度は違った。
私は広州の医院で目覚めたのだ。
周囲に居た、付き添いの乗組員は、私が蘇った事を見ると歓喜した。
あの時、海に投げ出されてから私の身に何が有ったのか分からない。
しかし夢ではない。
胸に、あの傷が残っていた。
あの島は一体どこにあるのか、そもそも何なのか。
答えは出せないが、圧制からの解放と奇妙な幕切れは、深く私の心に刻みついている。
(醜)