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少年は夢を見る。
※期待したら負け。真面目な小説だと思った?残念!!雪ノ下さんでしたー!!
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少年は夢を見る。
欲しいものはいくらでも手に入る。
そのうちに何もいらなくなった。
意中の人間を自分のものに出来る。
そのうちに飽きていらなくなった。
時間を操ることが出来る。
そのうちに時の狭間で朽ち果てた。
英雄は美化されるのだ。会えば幻滅する。
ある英雄は言ったのだ。「俺は英雄じゃない」と。
幻想は夢であるから幻想なのだ。
願望は手に入らないから願望なのだ。
故に夢を見ることのできる時期が最も人生楽しんでる。
#1 悠希とハル
「というわけで小学校時代に戻りたいです……。」
これ誰でも思うよね。思わなくなる奴はだいたい黒歴史持ち。ソースは友人。
「悠希、お前アレだろ、初恋の時期は小6あたりだろ」
「はっ、バーロー小5だ。ハルは?」
「小6だよ言わせんな恥ずかしい」
「あぁ…つまりはお前も同じか」
「お前もか…やらかした系?」
「逆に何もしなかった系」
「おふぅ…雑魚おつ」
「うっせ、お前はやらかしたな?」
「3回告白してキモがられた」
「リアルでいたのかよこんな奴…」
「「はぁ…やり直したい」」
俺は悠希。高校生だ。
ただの高校生だと思ってもらっちゃ困る。
まず俺は帰宅部だ!すげぇだろ!
クラスの顔合わせの自己紹介カードに帰宅部って書いたやつクラスで4人しかいねぇ…。
いやいや逆に考えるんだ、クラスに4人とかむしろ人気の部だわ。余裕でサッカー部に張り合えるぜ。
…部活って似たようなやつら集まるよなー。野球漫画とかで最初は不良の集まりってパターンあるだろ。つまりそういうことだ。
なお、メジャーは全巻集めた。超能力バトル化するスポーツ漫画は許さない。テニヌ、おめーだよ。
まあ何が言いたいかと言うと帰宅部も帰宅部たりえる理由とかあるわけで似たようなの集まるんだよね。
「高1の秋か…もう付き合ってるやつとかいるんだろうなー」
「おいやめろ」
「この前ウチの学校の目の前にあるショッピングモール行ったらさ…フードコートでさ…」
「悠希…!」
「ウチのバド部のやつが女の子連れて楽しそうに飯食ってたわー…食ってたわー」
「もういいやめるんだ!やめてくれ!」
「食ってたわー…」
「セルフエコー乙…」
俺が「ハル」と呼んでいる彼は陽斗。ハルトだ。
勇敢なる帰宅部員その2だ。帰宅部がぼっち?バーロー、帰宅部同士ってのはゲーマー仲間なんだよ。
「つーか俺たち帰宅部如きがそんな時代の最先端を行くリア充の話を羨ましがってもなー」
「だよなーあいつら最先端すぎて俺らじゃ15年くらいは追いつけないよなー」
20歳ちょっとで結婚するやつとかいったいどんぐらい給料もらってんの?
結婚とかいうクエスト難しすぎて受注条件に充分な収入と顔と性格と学歴とか書いてあるんだけど。俺死ぬまでに達成できんの?
「30歳かー…ハル、お前まさか…伝説の魔法使いに、俺はなると?」※もしかして:30歳まで童貞なら魔法使いになれる
「ハッ、んなもん金と風俗行く勇気ありゃ回避余裕余裕…らしいが」
ところでリア充雑誌に「ファーストキスはいつ?」とか質問あるけど、あれ絶対嘘ついてるやついるよな。
みんな13〜18歳でチューすませてたら少子化とかありえないわ。
「バッカお前戦前の日本では童貞は美徳だったんだぞ?結婚までしないとかマジイケメン」
「でも今の風潮は…」
「ふん——童貞すら守れないやつに、いったい何が守れるというのか」
「カッコいいのか悪いのか分かんねぇ…」
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「つーか悠希、帰宅部如きが〜とかいうなら、何か部活やればいいだろ?」ハッ!!デイッ!!エィヤァッ!!
「冗談だろ?この俺に協調性(笑)なんてあると思ったかよ」ジョウズニヤケマシタ-!!
「協調性ってよりコミュニケーションスキルだろ、お前の場合。あとなんで肉焼いてんだよ」
「今作のレウス戦ダルすぎるんだよ…空の王者(笑)」
今二人でプレイしているのは「クリーチャーハンター3rd」、通称「クリハン」「CH3」である。
狩猟生活を営む村のハンターとして各地のクリーチャーを狩るゲームだ。
シリーズ皆勤賞のクリーチャー「レオレウス」は空の王者とか呼ばれてる飛竜なのだが…。
前作までのストレスフリーなレウス戦とは違い、今作ではやたら飛ぶしバックブレスうざいと不評である。
飛ぶと追いかけるのが面倒だし、ノーモーションで撃ってくる状態異常付きバックブレスはストレスマッハ。
「お前そんなこと言うならガンナーで来いよ…弓ならカモれるって話だぞ」
「マジで!?おっけー弓装備作ってくるわ」
「こいつ…!何の躊躇もなく離脱しやがった…!」
ゲームの製作者は「強い」と「うざい」と「面倒くさい」を履き違えちゃいけないよな。
そこを勘違いしてしまうとクソゲーオブザイヤーとかにノミネートされちゃうぞ。
「しかし部活か…ハルは中学時代に何かやってたのか?」
「何にも。野球やりたかったけど坊主なんて嫌だからな。帰宅部で身体鍛えてた」
「なんなんだこいつは…他の運動部で良かったんじゃ?」
「いやさ、部活に入ったらその競技の技術で勝負することになるだろ?俺はそれが嫌だった。野球以外興味なかったからな。それなら身体を極力鍛えてみたかったんだ」
「お前も変な中学生だったんだな…」
「そうか?限られたスキルポイントを技術じゃなくて身体能力に全振りしただけだろ」
「RPGかよ…」
「ま、高校合格で完全に堕落したけどな!」
「お前もか!同志よ!」
俺と同じ稀有なやつがいたらしい。よくいる「大学合格後に堕落する奴」と似て非なる「高校合格後に堕落する奴(笑)」である。
根性スキルが足りなかったらしいな。例えるならトレーナーのいうことを聞かないリザードンだ。
「そういう悠希は?」
「俺か?硬式テニス部だったぞ。」
「うわ…その身体でテニス部か…地雷だな」
「ククク…そうだよ失敗したよ…小学校のころからテニススクールやってたからな。身体なんてまるで鍛えず技術だけで勝負したよ。身体能力じゃなくて技術全振りだな。その結果、授業でテニスはないから技術が役立つ日は来ない上に…」
「お前…まさか…」
「…この前の身体能力テストな、男子150人中130位だったわ……」
「………何も言えねぇ…」
いやもうホント、俺の中学時代とか無駄なスキル振りだったからな。
やることと言えば部活かPS3のオンゲー。しかもサービス終了した今、3年間鍛え上げた戦闘技術は無駄に…。
次回作早く出してね。あとPS3がイエローランプ現象発動して起動しないんだけどどうすりゃいいのSCEさん?
「まあ俺やハルが運動部に入っても、周囲の目以外に特にメリットがないしな」
「根性鍛えるとか卒業したやつは言うけどよ」
「性根が腐ってるんで鍛えられる前に辞めるのが俺だわ」
「んだな。それなら引っ越し業者のバイトしたほうがマシだぜ。金も入るしあまりのキツさに身体が鍛えられてしまうからな」
「部活と違ってまさに戦うための身体作りだな。ブラック会社が多いらしいが…」
「マゾの皆さんにオススメだな」
「「はっはっは…」」
乾いた笑いが部屋に響く。ちなみにここは俺の部屋。
放課後には何かしら協力プレイできるゲームを進めるのが俺たちの日課だった。
「とはいっても悠希、身体を鍛えるのはいいことだぞ。疲れにくくなるだけでも充分にな」
「脳筋臭いセリフだな…」
「いやなに、ちゃんと理由はあるぞ」
「どんな?」
「職にあぶれそうなときに自衛隊という選択肢があるという…」
「お前が?耳を疑ったぜ。ハルが何かを救う仕事をしようだなんて」
「別に。自衛隊の良い話を聞いたからじゃねぇよ。ただのミリオタとしての選択だ」
ところで自衛隊のいい話で検索するとヤバイ。
体力ないのにうっかり自衛隊に入隊しそうになる。自衛隊のステマではない。
「でも、いざというときに何かを護れる力があるってのは、素直に羨ましいけどな」
「それを得たいとは思わないのか?」
「面倒臭い。俺は間違っても他人のために自分の将来を捨てたりはしないぞ」
「…生涯独身宣言?」
「うるせぇ。悪いかよ」
将来の夢?独身貴族です。
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俺の発言にハルが深々とため息をついた。…そんなにダメっすかね、俺の夢。
「今更だけどよ、悠希はヘンなやつだよ」
「そうか?勉強は適当、運動はテニス以外クズ、趣味はゲームとかありがちな低スペックだろ」
「ハードのスペックなんて聞いてない。俺が言ってるのはソフトウェアの話さ」
「はは。遠回しな否定か?この俺にそんな上等なソフトウェア、精神があるとでも?」
「上等じゃなくて変なソフトな、腐ってるとか壊れてるとか系の」
「爆ぜろクソ野郎」
「単に中二病とも言う。いや高二病か?」
「俺は高一だよ…あとそろそろやめてください俺のライフポイントがもちません」
「ん?別に貶してるわけじゃないさ。哀れだなぁと思ってるだけで」
「レウスに焼かれて死んじゃえバカァ!」
なんでこいつは突然俺を侮辱し始めたの?アレなビデオでも見て言葉責めにでも目覚めたの?
腐女子の皆さんには申し訳ないけれど俺はマゾでも受けでもホモォでも無いんだが…。
「俺と悠希が出会って半年。お前を見て思った率直な感想だよ。」
「あの、真剣な顔して言葉の暴力をぶつけてくるのはやめていただけませんか…」
まだやる気か。後ろから弓で撃ってやろうか。
「いや、もしかしたらこういうどこにでもいそうな男子が皆そうなのかもしれない。気付かれないだけで。」
「…さっきからいったい何が言いたいんだ?」
「だから、お前のハードウェアはソフトウェアに追いついてないんだよ。もったいないと思う。
お前は根本的に善人だ。誰も傷つけない。誰の迷惑にもならない。さっきの初恋の話もそうだ。
何かをすることで誰かの邪魔になる可能性があるなら、いっそ何もしない。だから何も得られない。」
当たっている。でも、それは誰もが思うものだと思っていた。
それをハルは変だと、もったいないという。
「…随分な言いぐさだな、ハル」
「本気で言ってるぞ。いや、本気で心配してるんだ。
そんなお前がもし、大切な人を見つけてしまったらと思うとな」
「?」
このときのハルの苦しみを、俺はいつか理解してやれるだろうか。
日常の中には、恐ろしい魔物が棲むのだと、俺はいつか気付けるだろうか。
「お前のハードは何も護れないし、何も救えない。
もしお前が大切な人を護りたいと思ってしまったら、きっとお前は自分を犠牲にする。
それが俺には恐ろしくてたまらない。」
ハルは、言外に「それがお前の本質だ」という意味を込めて、そう言い放った。
「…さっきも言ったが、俺は他人のために自分の未来を捨てたりはしないよ」
「その考えがいつか変わるかもしれない。そしたら善人のお前は、きっとそうなる」
「ハル!」
たまらず叫んだ。何に?
俺を善人だなどと評する友人に向けてだ。
「善い行動が、善い心から生まれるなんて道理はない」
「…悠希?」
「すべての優しい行動が純粋な思いやりで出来てるわけじゃない。
医者が人を救うのはそれが仕事だから。自衛隊が人を救うのはそれが役目だから。
人が人に優しく接するのは媚びへつらうためかもしれない。分かるかハル。
国を救った大英雄は、視点を変えれば殺戮者でもあるように。
好意には裏があり、100%の優しさなんてない。」
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半年だ。ハルが俺を見てきたのは半年でしかない。
俺の歪んだ15年間で得た価値観の方が、強い。
だがそこには、主観か客観かという違いがある。
だっていうのに、どうしてハルはクスクスと笑ってるんだろうな。
「…何がおかしい、ハル」
「いや、やっぱりお前は変わってるなってな。誰にでも優しいやつとは決定的に違った優しさだ。
クズでありそれが個性であり…でも忘れるなよ。お前は、優しくて正しい人間だ」
これも所詮、15年だ。
15年間でハルが出会ってきた人間。
その中で築かれた価値観でもって、彼は俺を「優しくて正しい」と評した。
それがいったいどういう意味か。考えるのが恐かった。
その答えに辿り着いたとき、きっとハルは俺を俺より知っていると気付いてしまうから。
そのわずかな表現の真意に、俺はいつか悩み苦しむことになるのだろうか。
そして後悔するのだろうか。
俺なんかを「優しくて正しい」と評するハルが、いったいどんな人間と出会ってきたのかについて想いを馳せなかったことに。
なんとなく、怖かった。だから逃げた。
その意味を追及することは、ハルを傷つけることになるかもしれなかったから。
「…集会所、入ったからな。今度はレウスをカモにしてやるから早く来いよな」
#2 紫暮-シグレ-
後日。過去の名作・良作をプレイしようという方針を立てた俺とハル。
ある日、ハルが三人目を連れてきた。
「は、初めまして……紫暮と申します…紫に暮れると書いて紫暮です…」
ぺこりと頭を下げる紫暮…さん?くん?いやいや、こんなに可愛い子が男の子なわけないよね。
夕暮れの教室。顔を赤らめて俺に微笑む彼女。やっべぇ、なんかワンチャンある気がしてきた。
「お、おおおおう…悠希です…。こんなクズのゴミ溜めのような攻略組に参加していただけるなんて光栄です…」
攻略組。なんと美しい響きだろう。
某アニメのビーター&コック夫妻とチート団長とクズディールさんを思い出すぜ。
まあ俺たち二人なんかに部名も会名もクランもギルドも無いからな。ただのぼっち予備軍の寄せ集めだし。
俺のセリフを聞いて紫暮が大げさな手振りで否定する。
「そんなっ、ご自分を卑下なさらないでください!某オンゲーじゃあ有名プレイヤーだったじゃないですか!」
「へ?あれ、もしかして俺とゲーム内とかで会ったことある?」
「は、はい。クラン戦で1キル8デスやられました…」
「うわぁ…なんだろうこの猛烈な申し訳なさ…」
こんな可愛い女の子の操るキャラを俺は嬉々としてヘッドショットかましてたのか…!
「え…可愛い…?そ、そんなっ!…そんなこと…ないです…」
「えっ?あ、もしかして口に出てたか!?」
「は…はい…」
顔を赤らめて俯くシグレさん。気恥ずかしさで頬を掻く俺。
ヤバいな。ゲームプレイは基本俺の部屋だ。
彼女が攻略組に参加してハルが欠席するようなことがあれば俺は犯罪者になりかねん。
何とかしてこの滾る欲望を抑える方法を探していると、完全に空気となっていたハルが口を挟んだ。
「悠希。一つ言わせてもらうと、お前は頭がおかしい」
「あ?今俺は紫暮さんとの輝かしい未来に想いを馳せてるんだよ黙ってろ脳筋」
「え…輝かしい未来って…そんな…」
「紫暮も悪ノリしてるのか!?そろそろやめろ!」
「…結構楽しくなってきたのに」
「…え?…え?」
状況が飲み込めない。だけど一つ言わせてくれ。舌をペロッと出して悪びれた様子のシグレさんマジ可愛い。
「ったく…いいか悠希。紫暮の全身を見ろ」
「おうっ!!」
「やだ…そんな見ないでください…」
言われてつま先から頭のてっぺんまでじっくり見つめる。
美しい線の脚、細い腕、なめらかな素肌。
顔のパーツもショートカットの髪も可愛らしさと美しさが共存している。
「どうだった?」
「最ッ高に可愛い身体つきだったな!!抱きしめたいぞ!!」
「違うだろバカ!紫暮の着ている服を見ろ!」
もう一度紫暮さんを見る。目が合って恥ずかしそうに微笑んでくれた。やばい惚れそう。
気恥ずかしさのあまり目を逸らして彼女の服を見る…。
「どうだった?」
「紫暮さん、今度はスカート履いてきなよ。似合いすぎて俺は鼻血を抑えきれない自信がある」
「あ、ありがとうございます…!嬉しいです…!」
「いやいやいやいやおかしいと思えよ!!スラックス!!どう見たって男子の制服だろうが!!」
「え?ちょっと何言ってるか分かんないです」
落ち着け。落ち着いてよく見ろ。
彼女が着ているのは俺と同じ制服だ。学年章も同じ。つまり。
「紫 暮 は 男 だ」
その瞬間、俺の世界は崩れ落ち、再構築された。
宇宙の誕生、地球の誕生、人類の誕生、俺が生まれてくる過程…。
ゲーム攻略に命を懸けた人生。そして導き出される未来——。
「俺はホモじゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「いってぇぇぇっ!?」
目が覚めた。どうやら気を失っていたらしい。
突然身を起こしたせいでハルを撃沈していたようだ。まあいいや。
「一瞬とんでもない未来が見えてしまったぜ…いや、このまま女の子との出会いが無ければシグレさんENDでも無問題だが…」
「何平然ととんでもないこと口走ってるんですか悠希くん…僕は一応ノンケだよ?」
「大丈夫だよ紫暮。そのときは俺に任せてくれれば輝かしい未来が待ってるから」
「え…何いまの…なんで僕ドキドキしてるの…?」
おっと、紫暮もまんざらじゃなさそうだな!これは紫暮ルートありますよ!
ジダンのごとき頭突きを食らったハルが起き上がってきた。なかなか堅い頭だったな。
堅殻とか剥ぎ取れるんじゃね。天鱗の出にくさは異常。
「いってて…お前、ホモじゃないとかいいつつなんで紫暮を攻略してるんだよ…」
「お前はシュレーディンガーの猫を知っているか?」
「ああ…箱の中の猫の話だろ。箱に入れた猫が生きているか死んでいるかは箱を開けるまで証明できないっていう」
「つまりさ…シュレーディンガーの紫暮ってことだよ」
「お前…まさか…!」
「ハルが男だと言おうが、紫暮はどう見たって女の子だ!
ならばその性別の証明は紫暮が脱ぐまで証明不可!つまりッ!!
俺の主観で紫暮は女の子なんだから俺はホモじゃないッ!!!!」
「アホだ…アホがいる…!」
「だからなんでドキドキしてるの僕のバカァ…!」
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「っていうかお前ら同じクラスだろうが…今まで何の交流も無かったのかよ…。」
「そりゃ、こんな可愛い女の子に俺が話しかけることが出来るわけないだろ。蚊帳の外すぎて存在忘れかけてた」
「ひどいっ!?ふつうクラス全員の顔と名前ぐらい覚えてるもんじゃないの!?というか男子だし!」
「や、これは男女問わずにね。自分の世界を作って外界との交流とか閉ざしてたわ」
いやね、必要以上に人との関わりを増やすのは疲れるんすよ。
あるあるなのがグループ派。あるグループの一人と友人になったらそのグループごと仲良くしないと面倒になる。
しかし男の娘か…。ハルが連れてくるという事はまずぼっち帰宅部だろうから優しくしよう。
「まあそんなことはいいだろ。木○秀吉とか楠○村とか男の娘なんてもはやあるあるレベルだし。
大抵の作品は幼馴染とお嬢様とツンデレとロリと妹と男の娘ぐらいで説明できそうなくらい」
多様な読者の希望に沿えようとした結果ヒロイン候補が増えすぎてハーレム化するまでがテンプレ。
あとはパロディと絵がありゃ売れるってどっかの作家が言いそうだ。冗談だが。
「やたら美人な女教師が抜けてるぞ」
「陽斗くん、先生方をそういう目で見てたの…?」
「う…やめろ、そんな目で俺を見るな…!というかお前は男だろ!」
「うーん…僕は苛めてくれる子がいいかな」
「ウホっ!ガイアが俺にもっと紫暮を苛めろと囁いている…!」
「ひぃ…!ちょっとからかってただけのつもりなのに何がそこまで悠希くんを駆り立てるのさ…!?」
「紫暮、クリハンするときは女キャラで頼むな。ブレスの一発も俺が通さねえからな!!」
「やだ…カッコいい…」
「もうやだこいつら」
男なのに女キャラ選ぶやつとかいるよなー。俺だけど。
いやね…それを選ぶ自由があったからこそクリハンの同人誌が出るわけですよ。
どうでもいいけど俺の大好きなフルフルちゃんを触手プレイみたいなのに使うのはやめろ。
「さ、そろそろ行こうぜ。今日は紫暮の初参加だし手堅くスマブラでもどうだ?Xでどうよ」
「ああ、いいだろう」
「いいね!僕も久しぶりにやりたい!キューブコンある?」
「おう、ちゃんと揃えてあるぜ」
大乱闘スマッ修ブラザーズ。略してスマブラ。二点堂のこの名作を知らぬ者はいないだろう。
二点堂の人気キャラを集めた、対戦型アクションゲームであり、わずか3作ながらすべてキラーソフトと言える完成度を誇った。
あらゆるひとりモードを高難易度でクリアすると伝説のテニスプレイヤー「SHUZO」が使えるようになるんだとかでぼっちにも人気。
小学校、中学校、そして高校…長らく友人と鍛え上げた技術で今日も戦う少年たち…。
小学校のころ、俺がトイレで外している間に俺のキャラをピーチにしたやつ元気かな…ピーチの横スマッシュ食らわせてぇな畜生…。
ところで修学旅行とか文化祭にはスマブラが付き物だよね。俺他所の高校の文化祭でスネーク無双しました。
修学旅行にハードごと持ち込んでバレなかったとかいう話も聞く。すげぇなスマブラ人気すぎんだろ。
「しかしこのゲームをリア充どもとプレイするときは苦痛だよな…」
「え?なんで?」
紫暮が可愛く首を傾げて見せる。…さすがにこれ無意識だよな?可愛すぎるんですけど。
「いや…根本的にワイワイやるゲームだろ、これ。だけどストック3機の戦いで7とか8ぐらい倒すとな…空気がな…」
「お前もか悠希。恨むならアイクごときに対応できない自分の鈍い反応速度を恨めってんだよな」
「憎悪がにじみ出てるよ二人とも…」
「そしてオンラインのおきらく乱闘にありがちなリンチ状態に突入するんだよなーやー俺強くて困っちゃうわー」
「ミサワかお前は。紫暮はそういうときどうしてるんだ?」
「無双してもつまらないから延々と敵を投げてるだけだね。これ結構楽しいよ」
「…お前オンで俺と会ってねえか?蘇るメタナイツの恐怖…!」
いや、あれはガチで怖かった。どう近づいても投げられて叩きつけられるんだもの。
こういうゲームには一般層<ハマったゲーマー層<ガチ層<人間やめました層があるからな。
俺とハルはいろんなゲームをプレイするがためにガチ層まで辿り着くことは稀だ。
作業して完璧な何かを作るより、知らない何かと出会いたい。
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そして1時間後。
「…おい、ハル。」
「…ああ、言わずともわかるが聞いてやろう、悠希。」
「…共同戦線を張ろう。」
「…条件は」
「あ?てめー紫暮にここまでフルボッコにされておきながら何言ってんだコラ」
「撃墜数見ろカス。俺のほうが10機も多く落としてる」
「4PのCPUばっか狙ってたくせによく言うぜ…まぁいい、ボケモンの6Vメタモンでどうだ」
「性格は?」
「いじっぱり」
「オーケー。次から本気出す」
「オペレーション・グレネード・ヘヴンだ。あのとき会場を沸かした最低な戦法でいくぞ」
「オーキードーキー…!」
「あの…二人とも、所詮ゲームなんだからそこまで目を血走らせなくても…」
「うるさい紫暮のバカァ!こんな可愛い女の子にここまでフルボッコにされて黙ってられるか!」
「スマブラは遊びじゃないんだよッ!!」
「お、おう…」
紫暮とハルを自宅に案内し、俺たちはスマブラX(3作目)を開始した。
すれ違った母は紫暮を見て「まぁまぁ悠希がこんな可愛らしい子を連れてくるなんて!お義母さんって呼んでもいいのよ!」と大変嬉しそうだった。嬉しそうにはにかむ紫暮。あまりの可愛さにうっかり紫暮のウェディングドレス姿を想像してしまった。
だがそんなお花畑タイムは開幕一戦目で終わりを告げた。
各人ストック3機制でアイテムなし。キャラの技量が試されるルールで紫暮は…。
「いやしかし…ずっとキャラをランダム選択にしてるってのにいったいどうなってるんだ紫暮の技術は…」
「メタナイツで一機も落とされずに9機落としやがったときは野生のTASさんとか呼びそうになったぜ」
「こいつホントにあのゲームで俺に負けたのか?って思うぐらいの動きだったな…」
「あはは…メタナイツは得意だからね。あとシューティングはちょっと苦手なんだ」
まあつまり、どっかの大会に出ても充分張り合えそうなガチプレイヤーだったのだ。
さすがにランダム選択にしてるのでキャラによっては張り合えることもある。
だが裏を返せば…紫暮が本気を出せば、ガチキャラを使えば俺たちに勝ち目はない。
以前は自分たちがやっていた「ランダム選択という接待プレイ」を俺たちにかますほどの腕前だったのだ…!
「でも、なんとなく嬉しいな」
「え?悠希くん、何が?」
「ほら、さっき接待プレイでは投げ連打するって言ってたろ?なのに紫暮は初戦から本気だった。それに無双しても楽しくないって言ってたのに無双して楽しそうにしてくれた。俺たちのレベルをちゃんと解ってくれてたってことじゃないか。それが嬉しいなって」
「あはは…照れるなぁ。それはね、あそこのコントローラ見たらなんとなく解るって」
あそこの、とはテレビ台の横に積まれた壊れたコントローラたちである。
GC、PS2、PS、PS3、PS3、PS3…いやもうどうしてPS3のアナログスティックすぐ壊れるん?
ちょっとでもアナログが狂うとシューティングゲームでは死を意味する。デュアルショック3高すぎ。
「ガチゲーマーはコントローラにかける負担が大きいからね。悠希くんがどれだけ廃人かなんて見りゃわかるよ」
そりゃあのゲームでぜんぜん勝てなかったわけだよ、と紫暮は笑った。
中学時代に俺がやってたPS3のオンゲーのことだろう。だが、一つ違う。
「…いや、俺はあのゲームじゃ廃人じゃなかった。」
え?と紫暮が目を丸くする。
「ゲーム廃人ってのは自分の能力を追求して強くなるやつのことだろ。俺はただ、あのゲームが好きだっただけだ。
好きだったがゆえに、あのゲームのすべてをあのサービス期間ですべて楽しんでやろうと思ったのさ。
強さはそのおまけ。公式戦でネタ装備で格闘ばっかしてたのなんて俺ぐらいじゃないか?」
おかげで変な意味で有名プレイヤーになりましたけどね。
あのオンゲーと俺たちのゲームライフは似ている。
あのゲームで一つのスキルを追求すれば、例えばヘッドショットをコンマ数秒でも早くしようとしてれば確かにより上位ランカーにはなれただろう。
でも俺はそうしなかった。あらゆる武器、戦法を取り、どんなに緊迫した公式戦でも楽しんでいた。
今の俺とハルも同じだ。
一つのゲームを追求しない。あらゆるゲームを楽しむ。決してランカーやゲーム廃人にはならない。
高校生になった今。俺とハルは強さよりもロマンを求めていた。
「そうだよ紫暮。悠希は強さにこだわるゲーマーじゃないんだ。
ただゲームを愛して、製作者がどんな想いでゲームを作ったかまで想いを馳せて、その上で真摯にゲームをプレイする。」
「よくわかってるじゃないかハル。その通りだ。俺が挑むのはゲームのシステムの限界じゃなく、ゲームとしての完成度、面白さだ。」
目立つ作品でなくてもいい。
あらゆる作品には正当な評価が必要なのだ。それは音楽にしろ本にしろ変わらない。
でも世間はそうしない。目立つ何か——例えばアイドルやビッグタイトルをとにかく前面に押し出す。
俺はそれが気に入らないのだ。マスコミのゴリ押しなんざクソ食らえだ。
新しい何かが成長する土壌が失われてしまったら、あとは朽ちるのみだから。
そこまで聞いて、紫暮は本当に驚いたという顔をする。
…こいつの表情のバリエーションすげぇな。どっからどこまでが素だか分かんないぞ。
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「…悠希くんって、優しいんだね」
その言葉に恐怖を覚えたのは、いったいどうしてだったのだろう。
ハルに言われた言葉を思い出す。「優しくて正しい」という、あの言葉を。
「…出会って一時間だぞ。なのに、もうそう評するのか?」
「うん。他人の評価なんてなんとなくだよ。でも、悠希くんは優しい。こういうのなんて言うんだっけ…えっと…」
「?」
「…悠希くんになら掘られてもいい、よ?」
「!?」
え。
ヤバイ。すぐ隣で首を可愛らしく傾げて俺の目を見てこのセリフ。
あれ、俺ホモじゃないのになんでこんな…何だこの気持ちは…!
鼓動が高鳴る。すごい、紫暮フラグ立ちそうだよ母さん。
ここにハルがいなかったら紫暮ルート直行だったわ…。濃厚なホモスレになりかけたわ…。
「え、あの、嬉しいような、その…すまない、ホモ以外は帰ってくれないか」
「落ち着け悠希。たぶん紫暮にとっては称賛の意味だったはずだ…いやそうであってくれ」
「…さぁ、どっちだろうね〜?」
「紫暮!お前はなんで初対面から悠希を攻略してるんだよバカ!」
紫暮はころころと笑う。
可愛い。可愛いけれど、どこかまだ掴めない子だ。
こんな外見をしているのだ、きっと普通の男子とは違った生活を送ってきたのだろう。
いや、きっと…望んでこんな姿でいるのだろう。
低い身長も細い身体も白い肌も髪も、変えようと思えば変えられたはずだから。
いつか、違った紫暮の姿も見てみたい。なんとなくそう思った。
ところでグレネード乱発作戦は失敗した。
すべてのグレネードを見切って緊急回避するって紫暮は人間やめました系男の娘なんですかね。
#3 帰宅部室、そして
秋の色に染まりゆく街。今日は乾いた晴天。秋晴れって俺はかなり好きだな。
「あ、悠希く〜ん!陽斗く〜ん!おはよ〜う!」
間延びした声が響く。体操服姿の紫暮が駆け寄ってきた。
「おはよう紫暮」
「おはっす。平成に生まれて良かったよな、俺たち」
「悠希くんどうしたの突然…」
「ブルマとかいう文明が存続してたら紫暮に対する俺の好感度がストップ高だったわ」
「だから紫暮は男だっつの!」
「島村で買えるかなぁ…?」
「紫暮もいったい何を検討してるんだ!?」
そう、今日は球技大会である。
競技はバスケ、サッカー、野球、ドッジボール、バレー、テニスあたりに別れる。
男子種目はサッカー、野球、バスケ。女子種目はドッジ、バスケ、テニス。バレーは混合だ。
「しかしまったくふざけた行事だよな。男女差別も甚だしい競技分けだよ」
「そうか?俺は野球があるからいいが…そうか。お前はテニス部だったか」
「へぇ〜、悠希くんテニスやってたんだ?凄いね!」
「まぁったくおふざけなさってるよなこの競技分け!!俺が唯一出来るテニスがなんで女子限定なんだよゴルァ!!SHUZOさんディスってんのかこの学校は!!錦織さんもかなりすげえんだからな!!男子がテニスやっちゃいけないなんてふざけんじゃねぇえぇぇぇぇっ!!」
「…荒れてるなー」
「もう、他人事だと思って。僕もドッジボールやりたいよ。陽斗くんだって女の子だったら野球やりてーって叫んでるんじゃない?」
「あー確かにそうかもなー。そう思うと確かに許すまじって感じだな、性別で競技分けるのは」
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しかし本気で恐ろしい。
俺の運動能力は反復横跳びと長座体前屈以外ゴミだからな…。
避けるだけで時間を稼げるドッジボールも女子限定だしな…。
「ハルは野球だろ?紫暮は何にエントリーするんだ?」
「う〜ん…バレーかな。他の三大競技は経験者様が湧くでしょ?」
「あーいるよなー。自分が経験者だからっていろいろ難癖つけてくるやつ。んなヒマあったら自分の鍛え上げた技術で状況を打破してくれよって話だよな」
テニスは個人競技だからそんなことは無いしな!
その辺りが面倒で俺は頑なにシングルス以外出場しなかったわ。ついでに友達も増えなかった。
「しかしアリだな…バレーならテニスっぽくしてりゃなんとかなるだろ。俺もバレーにするか」
「ちょっと意味が分からないんだけど…」
「いやな、テニスのサーブをちょっと工夫すれば高校生の球技大会レベルなら通用するサーブが打てるんだよ。素人ばっかの授業だったから12ポイント連続で打ってた」
元テニス部の経験が生きるのってこのわずかな時間だけだからな…。
あまりに楽しすぎてスライスもスピンもフラットも打てるようになった。
バウンドしないから前の二つは大して意味がない。
ちなみにスパイクはまだタイミングが合わない。…ダメじゃねこれ。
「なんだよお前ら、俺を蚊帳の外にしやがって…」
「え?なになにハルちゃん嫉妬?ねぇねぇ嫉妬?」
「いやだから…ていうか悠希くんはどっちに対する嫉妬だと思ってるのさ…」
「地上に舞い降りたマイスウィートエンジェルたる紫暮に近づく俺に対する嫉妬だろ」
「君はいったいどこまで僕を昇華してるの!?」
いやいや…だって本気で可愛すぎるんだもん紫暮。そろそろ夢に出てきそうなレベル。
この前クリハンやってるときに俺のベッドに潜りこんできたときはハンターになりかけたわ。
「よし、じゃあ俺もバレーやるわ」
「あ?いいから野球してこいよハル」
「ぼっちのお前らがエントリーしたら残り一人の男子が可哀相だろ」
バレーは6人だ。男女混合なので男子3人女子3人となる。男女は名曲。だが…。
「残り一人?二人だろバカ。シグレは女の子なんだから」
「そのネタいちいち引っ張ってくるのやめてくれませんかね!」
「…受付は体育委員だし女って言ってもバレないかな?」
「紫暮もめんどくさい真似するんじゃないぞ!?やるなよ!?」
-
でも野球野球うるさいハルがまさかこんな提案をするはずがない。
ということはおそらく、重複エントリーをするのだろう。野球とバレーの両方に出場するのだ。
幸い、ウチのクラスは人数の問題でいくらか重複エントリーが認められる。
肉体のポテンシャルという意味ではハルを越えるやつはそうそういないし、反対も起きないだろう。
「あとは女子か。誰が出るんだろうな?」
「さぁな。ウチはバレー部もいないし、ドッジが大人気だからな。男子と組むの?えぇ〜やだぁ〜って感じに避けられて余り者が3人集まるんだろう」
「裏声やめろ」
その前に誰と聞いてもクラスメートをろくすっぽ覚えてないから意味無かったな。
あとハルの女子の声真似がやたら上手いんだけど。練習してんのかコイツ。
「まっ、事前練習は禁止とかいうクソ制度のせいでやることもないしな。試合時間までクリハンしようぜ」
「おおう…ナチュラルにクズな発言…」
「あははー…でもドキドキしない?こういうのも、青春だよね」
よい子のみんなは真似しないでね。
ちなみにリア充は体育祭でアイスを一つでも多く食べたら勝ちというゲームをするらしい。アホか。
「場所は…あそこしかないか。人も来ないだろうし大丈夫だろう」
「あそこって?」
「旧囲碁部室さ。校舎からよく離れてるし、俺たち以外には誰も来ない穴場だ」
去年までいた偉い先生がやたら囲碁好きだったそうで、囲碁部は待遇が良かったらしいのだ。
部室棟の隅にあるその部室は空調すら整っている。すごい。
だが部員が足らず廃部、その先生も転勤で、残った部室にはどこの部も入らず開き部屋になっている。
部室棟にまとめて電気が来ているのでまだ空調なども使える。
そしてそれを聞きつけた俺とハルが、教員の少ない夏休みにしかけたステルスアクション——。
「待って。なんで二人は旧囲碁部室に入れる気まんまんなの?ピッキング?」
「いいや——こいつさ」
「それって…まさか合鍵…?」
そう。俺たちはやらかしたのだ。
俺とハルは度重なる盗聴や観察により部室の鍵を借りるまでの過程を知り、そしてその管理の甘さに気付いた。
部室の鍵は事務室にあるケースにすべて入っている。それがたとえ廃部した部でも。
生徒は名前を名乗るだけでそのケースを開けることが出来る。つまり、どの部の鍵でも入手できるのだ。
あとは簡単だ。テニス部を名乗ってそのケースを開けて、テニス部と囲碁部の鍵を入手する。
そして囲碁部の合鍵を作ってきて鍵を返すだけ。しかも教員がトイレで席を外す隙をついて。
帰宅部である以上、教員たちには顔が覚えられにくい。まだ入学して半年だしな。
部活で鍵を借りに行くことがない帰宅部は事務室に行く機会が極端に減るのだ。
つまり、今後事務の職員と顔を合わす機会もろくすっぽない。
事務の職員にとっては『あの日の数時間、廃部したはずの囲碁部の鍵が無くなってたんだけど、あの日事務室を訪ねてきたのは誰だったかなぁ?』となるのだ。
そもそも事務室の部室の鍵の管理は緩い。囲碁部の鍵が無くなっていたことに気付かない可能性すらある。
たとえバレても監視カメラでもない限り俺たちを特定することは困難だし、廃部した部室の鍵を付け替えるようなことを学校がするはずもない。
あの日は名前すら存在しないテニス部員を装って鍵の箱を開けさせたしな。ちゃんとテニス部の部活が無い日に。
残る危険は事務の職員とテニス部の顧問の会話しかない。そしてテニス部の顧問の社交性の無さは俺がよく知っている。
「なに、人数と許可があれば、来年度にゲーム研究部として正式に乗り込んでやるさ。
…それとも、嫌か、こういう手段で入れる部室で、俺たちといるのは。」
紫暮に、俺は真剣な声色で言った。
真面目なやつからしたら絶対に許されないことだろう。
正義感の強いやつなら怒って教員に知らせに行くだろう。
俺たちの行いは許されることじゃない。俺たちの日常は褒められたもんじゃない。
ただ、俺のメンタルはクズレベルで、帰宅部ぼっちってのは生きづらい。それだけだ。
旧囲碁部室の前。シグレにとっては悪いことをする一歩手前。
教えてくれ。お前の、正義を。
紫暮はゆっくり、ゆっくりと顔をあげて。
心から嬉しそうな笑顔を咲かせた。
「…ううん。嫌じゃない。それよりも、嬉しかった」
「嬉しい?どうして?」
「だって、僕のことを信頼してくれてるからこんなことも教えてくれたんでしょ?僕が先生にバラす危険もあったはずなのに。だからね、嬉しかったよっ、悠希くん。」
そう言って、顔をぽふんと俺の胸に埋めた。
好意には裏がある。でも。
彼女のそのしぐさは、単に顔を見られたくなかったからなのだろうということは分かっていた。
-
「…まったく。ほら、いつまでいちゃいちゃしてるんだよ。今日の俺のあまりの空気っぷりに泣きそうになったぞオイ」
やること無くてグラウンドのほうを見てたハルが言った。
なんで紫暮とハルってフラグの欠片もないの?え?俺ってもしかして男の娘にモテる何かがあるの?
「まぁいいや。この格好寒いし早く入って毛布にでもくるまろうか。ほら行こう、紫暮」
「あ、ごめんごめん。…えへへ」
ハルが出した合鍵を使って囲碁部室に入り、俺とハルが定位置の座布団に座ろうと——。
「「?」」
——そこで、なんとも言えぬ違和感に駆られた。
囲碁部は畳だ。入口には下足用にマットが敷かれ、横に小さな下駄箱がある。
隣の部屋との兼ね合いもあるのだろう、壁は白い壁紙が貼られているだけ。
畳なので椅子は無く座布団。テーブルというよりちゃぶ台。
俺とハル以外に今まで侵入者があるはずもなく、その配置が変えられているはずもない。
だが、そこはもはや俺たちの私室ではなかった。
「ハル。おかしいとは思わないか」
「…何を言いたいのか想像はつくが、聞こうか」
何回も見た部屋だから分かる。自宅に自室を持つ人間ならおおよそ理解が出来るはず。
「俺とハルが最後にここに来たのは2週間前だ。だが——テーブルにホコリがまるでかぶってない」
「ああ。さらに言うなら、敷いたままだったはずの座布団も積まれている」
2週間前。
下校時に降り出した雨が止むのを待って、俺とハルはここに来た。
俺は宿題をしていて、ハルは昼寝。1時間ほどで雨が止んだので施錠し、ハルに鍵を任せて一緒に帰宅した。
「あのあとハルはここに来たのか?」
「いいや。俺は部室に一人で来たことすらない」
紫暮がこの部室の存在を知ったのはついさっきだ。
ハルの今の発言が嘘でないなら。
誰か、俺たちの知らない侵入者がいたということになる——。
「どういうことだ?教師が何かの用で来たのか?」
「いや、その線は薄いだろう。廃部した部室だ。ただでさえ教師は部室棟に近づかないのに…。」
この部室棟にあるのは予算の少ない文化部と運動部。囲碁部だけが唯一の例外だ。
基本的に文化部は少人数。つまり部活としての規模が小さい。顧問も部活に力を入れることは少ない。
運動部は大半が部活で使用する道具の物置となっているのだ。普通は生徒がそこから準備するので、顧問はまずやってこない。
部室の施錠は生徒に任されている。事務員が確認に来ることが無いのも俺たちは知っている。
そもそも部活自体、好きでもなきゃ教師にとっては時間をとるだけの厄介なものだしな…。
今更卒業したOBが寄り付くようなことも無いだろう。なら、ありえるのは。
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ陽斗くんは…悠希くんたちみたいに鍵を複製、もしくは盗んだ生徒がいるって言うの?」
そう。ピッキングという手段を用いない限りはその線は濃厚だ。
それが個人で可能ということは俺たちがよく知っている…。
-
「…どうする?ここを離れるのが無難か?」
旧囲碁部室にいたのがバレるのはマズイ。事務員でなく生徒ならすれ違う可能性もある。
事務室に鍵があるはずの部屋に生徒がいる——その事実は先ほど考えたように鍵の複製かピッキングをしたということになる。
…だというのに、ハルはあっけからんとした顔で畳に寝転んだ。おい。
「いや、大丈夫だろう。4人目の侵入者——Xとしようか。
もし俺たちがこの部屋にいることをXが知り、教員に報告したとする。
だが…そのときはXも同罪になるからだ」
確かに、俺たちが囲碁部室に出入りした瞬間の写真でもない限りはそうなる。
だが、まだまだ危険は残るはずだが…ハルめ、いったい何を考えてるんだ?
そう思って目をやると、ハルの楽しそうな顔と、…座布団が変に浮いていることに気付いた。
「悠希。落ち着け。落ち着いて周りをよく見てみろ」
言われて、冷静にさがすボタンを連打する作業に入る。
ごみばこのなかは空っぽ!あれなんかいらつくよね。たべのこしどこだよ。
まず座布団を調べると、座布団の下にはウチの体操服の上着があった。
「俺と悠希はここに痕跡を残すようなことはしなかっただろ?だけどXはそれこそ自室のように使ったらしい。」
…つまり、ハルはもう犯人を特定できる痕跡を見つけてたっていうのか。人の悪い。
「あ、…下駄箱の隅に運動靴があるよ!…えーっと…“1234”…?」
1234?バレやすいパスワードか何かか?
と思ったが運動靴に書かれているという事はあれだ、学年・クラス・出席番号だ。
つまりミスターXは一年二組の三十四番。…おや?
「…1年2組の34番…だと…?」
「…嫌な予感ってのは当たるもんだ、悠希。答えはその運動着にもちゃんと書いてあるだろう」
そして、手に取った上着の名前の部分を見る…。
…湊。「みなと」という苗字だ。落ち着け。落ち着いて整理しよう。
1年2組は残念ながら俺のクラスであり、34番は湊“さん”。
湊 彩羽。女子だ。
初見では「あやは」と読んでしまったが「いろは」と読むのだそうだ。彩るって「いろどる」と読むしな。
「湊さんなのか…?あの4人目の帰宅部?」
「え?湊さんなの?」
「間違いないだろう。…しかし…湊さんか…」
二人の顔色が少しだけ変わった。彼女はただの帰宅部女子ではないのだ。
見た目は割と綺麗なほうだ。栗毛の髪は柔らかな印象を受けるし、顔も整っている。
だが、それをうまく生かせているかというとそうではない。
少なくとも俺は。彼女の作り笑顔以外見たことがない。
湊さんがどう笑っていても贋物めいた笑顔にしか、俺には見えない。
俺の目がよほど腐っているのでなければ——湊いろはは、笑うのが下手糞だ。
「…なんというか…変わってる人だよな、湊さんは」
「…そうだな。こう、笑い慣れていない感じがするっていうか」
「僕、たまに話すことがあるんだけど…この人は笑ってるけど本当に楽しんでるのかな?って思うことがあるなぁ」
湊さんを見ていると怖くなる、というのは俺だけじゃないのかもしれない。二人の反応を見ると。
そう、怖いのだ。彼女は、異質で、どこか雰囲気が違う。
どこからどう見てもふつうの女の子だし、話し方も普通。
だけど…どこか、違う。目に見えて綻びがある。でも、その奥は見えない。
その綻びに触れたら、壊れてしまいそうで。俺は、怖い。
その雰囲気をみんながどこまで感じ取っているかは分からない。
「…ハルは、どうしようと思ってる?湊さんは俺たちがここを使ってるのを知らない可能性もあるぞ。ここに居座ろうとしてるってことは、彼女に接触を図るつもりなのか?」
-
おそらく、ここで何事もなかったかのように部室を出て、二度とここに近づかなければ。
俺と湊いろははただのクラスメートで終わるだろう。いつか記憶から薄れ、思い出すこともなくなる。
あの悲しそうな笑顔も。偽物で隠した本物も。贋物を創る理由も。
救われなかったのか。傷ついていたのか。叫んでいたのか。
何も知らぬまま、俺は彼女を過去にする。
そうなるのが普通だ。その普通は、正しいか。
その迷いまで読み取ったのだろうか。ハルは逆に俺に問う。
「悠希はどうしたい?俺たちと湊さんは、どうあるべきだと思う?」
——その言葉は、ひどく俺に冷たく、抉るように突き刺さった。
この男はきっと、俺が苦悶することまで想像してそう言ったのだ。
やめてくれ。未来の選択を委ねられるような力は、俺にはない。
優柔不断。決断力の欠如。なんとでも言え。
俺にはその決断の責任を取れるほど、意思も主義もない。
難しい話じゃない。ただ、俺はまだまだ子供だってだけの話。
それはおそらく、ハルよりも紫暮よりも湊さんよりも。
だから、俺に言えるセリフなんて。
「この部屋を失うつもりはないよ。湊さんにここで出くわしたら、お互いの事情を話し合って決めるだけだ。」
「…そうか」
ふぅん、とハルは無表情で。
やはりお前はそうなんだな、という目で俺を見た。
「紫暮もそれでいいか?」
「うん。部室で集まって遊ぶのなんて、まるで部活みたいで楽しそうだもん」
紫暮は透明な笑顔で、そう言った。
…この子も、何かがある。そんな気がする。
湊さんは悪い人じゃないんだ。おそらく4人でこの部室を共有することになるだろう。
だが、そこにいるだろう4人はただの帰宅部の集まりじゃない。
表面上には決して見えない、手の届きそうにない何かが、そこにはあった。
#4 湊
「…ねぇ悠希くん」
「なんだいマイガール」
「…悠希くんってちょっと空気が詰まってると思ったらそのネタ振ってこない?飽きないの?」
「ばっ、バカ言うなよ!俺が紫暮に飽きるわけなんてないだろ!フォーエバーラヴだよ!」
「う、嬉しいけど…悠希くんは運命とか信じる?」
「信じないよ。俺が高校で堕落したのが運命なら俺の人生詰んでるだろ」
「じゃ、じゃあ…これは?」
「神の悪戯」
「そっか」
俺とハルと紫暮。男女混合バレーボールにエントリーした3人は集まったメンバーに戦慄する。
これは運命ですか?いいえ、神の見えざる手のような名状しがたい何かです。
バレーにエントリーするのは6人。うち、男子3人は俺こと悠希、陽斗、紫暮。
残る3人は女子。まず一人、お前本当にバレーにエントリーしたのかと言いたくなる低身長。
放送部だったか。声がやたら綺麗なので有名。でも逆に名前が知られてない。
俺も名前は知らない。顔も体格も高校生とは思えないのでロリとしよう。おまわりさんこっちです。
二人目は軽音部のギター。茶髪。ちょっと地毛の黒が見えてきてるよーとは言えない。
身長は俺よりも少し高いくらい。怖いから見下ろさないで。300円しか持ってませんから…。
ちなみにカツアゲされたときのためにダミーの財布を持ち歩く人がいるらしい。俺だ。サバイバル術だな。
名前は…名前は…忘れた。ギー太とでもしておこう。なにおんのギー太ってオスなの?性別あんの?
そして3人目——湊いろはだ。
「あぁ…なんか頭痛くなってきた。なんなの?湊さん部室に盗聴機でも仕込んでたの?」
「さすがに偶然だろ…気にせずやるだけだ」
「お前は実戦経験は皆無に等しいのにスポーツマン精神だな…暑苦しいぜ」
「まずは形から入るみたいなもんだよ」
この学校の球技大会はあまり盛り上がらない。
事前練習禁止(行事のために生徒が部活動や勉強をおろそかにするような事態になってはならない…ということらしい。青春の汗と友情が犠牲になってるな。)という最大のネックに加えて、この日限定で購買でアイスが売り出されるのだ。種類も多く、体育館よりも購買に列が出来る。
エントリーも当日で、大半の生徒は1種目出れば後はヒマ。教室で遊んだり寝たり勉強したり応援したり、事務室にスネークして部室で遊んだり。タリタリはいいアニメだった。
教師もかなり寛容で、応援に飽きて芝生で寝転ぶ教師すら見られる。しかも怒られてない。
気の抜けた校内のお祭り、という表現がこの球技大会にはふさわしいだろう。
まぁ、だから当日エントリーを利用してさっきの話を湊さんが聞いていたんじゃないかと疑ってしまった。湊さん実は核戦争を止めるために送り込まれた傭兵さんなのかね。コードネームはスネークか。
やっぱりラストバトルには格闘なのかなぁと妄想していると、ギー太さんに話しかけられた。
「ねぇ、男子に経験者っている?さすがにいないよね?」
ハルと紫暮に目をやるとぶんぶんと首を振っている。紫暮可愛いなぁ…。
「いないよ。今年の授業でやったのが初めて。女子も?」
「そーだね。男子の授業見てたけど、女子とはレベルが違い過ぎたよ。足引っ張るかもしれないけど、よろしくね」
「ああ、よろしく」
それ絶対俺に言うべきじゃないよな。分かって言ってるのか?分かれ。俺の気持ちを。
…女子と話したのどれくらい久しぶりだろうな…紫暮の性別は紫暮だしな…。
チラっと目をやると湊さんは気持ちよさそうに伸びをしていた。
-
その姿に影は無い。影なら無いのだ。
ただ、太陽の光か、蛍光灯の灯りか、という違いなだけ。
「湊さん、頑張ろうね」
3人の中では最も親しいであろう紫暮が話しかけに行った。おぉ、空気が読める子や…。
湊さんもそういうのはちゃんと読める人、だと思う。
「うんっ!紫暮ちゃんのことは私が守ったるわー!!」
「!?」
なん…だと…?
ビビった。本日何度目の戦慄だよこれ。戦慄のいろはとか出そうだぞ。ていうかちゃんづけかよ。
いや…なんかアレだわ…うん…いろんな意味で予想を裏切ってくれましたよ彼女…。
どうしよう何故か可愛く見えてきた。でもごめんな、紫暮は渡さん。
紫暮にとっては彼女のこういうノリに慣れてるのか、軽く受け流す。よし勝った。
俺なら頬を染めて照れてくれるところだわ。さすが俺。
「あはは、ありがとう。悠希くんはアレだけど陽斗くんは凄いんだから!バレー、楽しみだね!」
「ファッ!?」
「…悠希、あまり気にするな…女なんてそんなもんだ…あいつ男だけど」
こっちは戦慄なんてもんじゃねぇよ。だいばくはつとか覚えそうなくらいにショックだった。
いつの間に紫暮は俺をこんな扱いをするように…?飽きられていたのは俺のほうだった…?
俺の前ではあんなにデレデレだったくせに画面から消えたらすぐこれだよ…。これだから女は…。
いやぁ待て待て。大丈夫、紫暮にフラれても「俺ホモじゃねーし」という最終予防線がある。
男だ。あれは男。性別が紫暮とかないない。男だ。絶対の安心感。間違いは起こりますが。
あとハル。お前は何悟り開きかけてるんだ。樺地さんにでもなるつもりか。
「よし落ち着け…落ち着いて深呼吸をして記憶からさっきの場面をデリートだ…
よっしこれでデレデレ紫暮の再誕だ。大丈夫ときめきフラグは立っているはずだ…!」
「落ち着け悠希。現実にモラルもヒロインポイントもときめき度もないからな?」
「バーロー、あんなのに俺の紫暮を渡してたまるか!」
あ、なんか空気が変わってもうた。
いやもうすみませんね、紫暮が突然毒吐くとは思いませんでしたので。
例えるならLv100まで連れ添った御三家ボケモンが突然言う事聞かなくなる感じ。
アレを毒というあたり、俺紫暮のこと好きすぎだろ。
やれやれ顔のハル。え、さすがにちょっと引くわぁ…でも、と頬を赤らめる紫暮。おい。可愛いじゃないか。
何も聞こえませんでしたよーという様子のロリとギー太さん。そうだよな、普通は幻聴だと思うよな。
で、なんで湊さんはものすごい形相でこっちに忍び寄ってきてるの?なんかすごい構図だよ?
「ああ、あ、あの…悠希くん、だったっけ?」
「…そうだけど、どうかした?」
なんだろう…なんでこの人こんな挙動不審なんだろう…。さっきの超反応どこいったの?
そしてもじもじとして、頬をかすかに赤らめ、再びもじもじを繰り返してから、彼女は小声で言った。
「ホモ?」
「違う!」
なんだよ…なんだよこれ…!
どうしよう、湊さんが口を開くたびにまだ形成されてもいない湊いろは像が崩れ落ちていく…!
なんでなん?この人まだ一言もまともなセリフ喋ってないよ?
俺のセリフを聞いて湊さんは残念そうに肩をすくめ、大げさにため息をついてみせた。おい。
「あ、そうだったの。勘違いしちゃったよ、ごめん。」
「ちょっと待って。何を勘違いしたの?何を期待したの?」
「ああいや、こっちの話だよ、気にしないで」
「そっか。じゃあ聞くけどさ、湊さんって」
「なぁに?」
動作の一つ一つが愛らしい。健康的な女の子らしい雰囲気。
でも、それらに騙されないっていうのもちょっと辛い。
ある冷凍食品のギョーザにある危険な薬品が含まれていたとする。信用にかかわる大事だ。
そのことがニュースになると、食卓に並ぶ美味しそうなギョーザはたちまち毒に変わる。
でもそのギョーザには薬品が含まれていないかもしれない。もちろん含まれているかもしれない。
そのニュースさえなければ、自分たちの腹に収まっていたはずのものに。
同じことが風評被害全般に言える。検査の有無や合否じゃなく、あそこの地域で採れた野菜は食べたくない、と。
疑わしきは罰する。安全に生きるために、正しいものすら罰する。そういう横暴が、世間ではまかり通る。
つまり、“疑い”がかけられた時点で扱いは黒なのだ。
“湊いろはの笑顔はすべて作り笑顔である”と疑ってしまった俺には。
彼女の真実は、何も届かないのかもしれない。
「腐女子?」
「ちゃうわっ!!腐女子ちゃうわっ!」
だから。こんなやり取りのリアクションでさえも。
すべて演技なのではないのかと疑ってしまう。視えない。湊いろはのことが。
俺はいったい何のつもりで彼女を。
俺は、彼女を迎え入れるのか?
初めての湊いろはとの会話をやり過ごしながら。
そんなことばかり考えていた。
-
その後も湊の様子は変わらなかった。…語弊があるが、変わらなかったという以外に表現しがたい。
受付の間も、試合前の短い練習のときも。
傍目から見れば、ノリがよくてよく笑う可愛い女の子。ホモとか腐女子とかいう話は除く。
その姿は男女問わず魅力的に映るだろうし、あんな風になりたいと思う人もいるだろう。
言ってみればテンプレート的女子。これがギャルゲーならすぐにお友達になれてデートを重ねるうちに恋人になれるというウルトラノーマルキャラ。
俺の推論では、それこそが湊いろはの望んだ姿なのではないかと考えている。
「悠希くんってサーブ上手なんだね」
こんなふうに簡単に近づいてくる元気な女の子。今は試合前、相手チームの練習中だ。
同じチームになったのだからそれぐらいの距離を築きたい、ということなのだろう。
おそらく、それ以上は踏み込ませてもらえないはずだ。部室の件が無かったらだけど。
「サーブだけだよ。頼むから期待しないでくれよな。スパイクなんて通ったことないんだから」
「でも、充分な戦力だと思うよ?あと、悠希くんはスパイクのときに焦りすぎかな。無理しないくらいの打点で角度を考えて、最初はコートに入れることを考えれば…って、何じろじろ見てるの」
「…いや、よく見てるしよくわかってるなって。テニスのスマッシュとはぜんぜんタイミングが違うから苦労してるんだ。もしかしてバレー好きか?ママさんバレーとかに交じってあらいろはちゃん可愛いわねぇ〜!っていう小学生時代でも送ってきたのか?」
「ちーがーいーまーすー!や、バレーは好きだしテレビも見るけどね。たはは」
それにしては鋭い着眼点だ。俺がバレーボールがヘタクソな理由はテニスとの共通点と相違点によるものだから。
テニスとバレーではリズムが違う。テニスは1人、バレーは6人。自分のリズムでなくチームのリズムに合わせなくてはならない。
常時動きっぱなしのテニスとフリーの瞬間があるバレーでは必要な動きがまったく違う。
その違いに俺は慣れず、動き出しが遅くなったり焦ったりする。
特にスパイクのタイミングはまるで計れていない。テニスのスマッシュは駆け込んでバーン。
バレーのスパイクはセットして…えいっバーン。素人のトスは滞空時間が長くなりやすいしな。
サーブに関しては自分のリズムで打てるから唯一問題が無い。スーパー悠希タイムとでも呼んでくれたまえ。
しかし悔しいことに、…サーブを除けば湊のほうが上手い。アドバイスできるのも納得のスパイク。正確なトス。
身長と跳躍力と技術の問題で、ブロックはできるやつのほうが少ない。それを補えるほど動き回れるプレーヤーが湊だ。
…さっきのは建前で、たぶん自分で言ってるよりバレーボールに慣れてると思う。貴重な戦力だ。
「ところで、悠希くんテニスやってたの?」
「ん?ああ、小中とスクールに部活やってたぞ。」
「へ〜…ふ〜ん…」
「…なんだよ」
「いや、テニスやってる人って基本的に美男子だと思ってたから」
「藪から棒に失礼だなオイ!?あとお前は絶対にテニプリの読み過ぎだ!」
「な!?い、いやいや違うからねっ!?決して邪な目でテニスプレイヤーを見てるわけじゃないから!違いますから!」
こいつ絶対に腐ってるな…。
ちなみにテニプリとはプリンセスオブテニスという少年漫画の作品だ。
テニスが好きすぎる美しい姫君に求婚するため、少年たちはテニス、もとい超能力バトルで戦う。
少年たちは全員イケメンなので、お腐りになっている女性の方々に大人気の作品。
「テニスだと思って見てたら試合中に隕石が降ってきた」「先に相手を戦闘不能にしたら勝ち」などどう見てもギャグ漫画である。
人気過ぎてテニスの雑誌で伝説のプレイヤーSHUZOがこの作品の技をリアルで再現するコーナーがあった。
108式まであるあれ教えてくれねえかな…俺のサーブは108式まであるぞとかやりてえな。
「へーそっかー湊さんは腐女子じゃないのかぁー」
「う、うん!そうだよ!」
「………。」
「………。」
「…俺様の美技に」
「酔いな!…」
「……もういいだろ、腐女子め。」
「あっ、ほら相手チームのあの人すっごくスパイクのフォームが綺麗だよ!」
「まったく……」
露骨なごまかし。それ以上はダメという意思表示だ。
…いや、そうするならホモなのとか聞くんじゃねぇよ…。
そして言われて相手チームの練習風景を見て——。
「なん…だと…?」
——あ、これ負けたなと思った。
実際に見たのはたった一発のスパイクだ。それでもそう思わされるほどの存在感だった。
長身で鍛えられた肉体。高校一年生には見えない体躯だ。手塚さんとでも呼ぼうか。
これは経験者だな。速い上に狙いも悪くない。
あんなんチートや!チーターや!と言いたくなるレベル。あまり目を合わせないようにしよう。
「なんだありゃ…これは厳しいな」
「悠希くん…勝つ気あったんだ」
「湊、お前俺の扱い酷過ぎだろ。そんなにホモであってほしかったか畜生めが」
「えぇ!?いやいやそういうことじゃなくて!…悠希くんって勝ち負けには興味薄そうだなぁって思ってたから」
そんなことはない。…はずだ。
紫暮にゲームでボコボコにされたら悔しいし、ハルに絶対零度連発されてパーティ沈んだのは殴りたいくらい悔しかった。なんなん?なんで浪漫砲があんなポンポン当たるの?
負けたら悔しい。でも、勝ちに執着はしていない。テニスでも勉強でもなんでもそうだった。
最高に生きるのは至難でも、最低に生きるのも簡単じゃない。だから、適当に生きるのが一番楽だ。
「お前、この短時間でいったいどれだけ俺のことを知ったっていうんだよ。」
-
「? ぜんぜん知らないよ。知らないから、なんとなくを言っただけ」
「…そうかよ」
「うん。なんとなくわかる。この人はただ好きって気持ちだけで行動できる人なんだなって」
「は?」
こいつはいったい何を言い出したんだ。え、何?悟りでも開いてるの?
「…そんな顔しないでよ。言い方が悪かったかな。
ほら、ここに集まってるたくさんの参加者の中でもさ、各々が考える勝利の意味は違ってくるじゃない?」
「…たとえば?」
「好きな競技で勝ちたい。勝って名声が欲しい。カッコつけたい。そういう違い。
“好きだから勝ちたい”と“価値があるから勝ちたい”では心の在り方が違うでしょ?
前者なら絶対にラフプレーなんてしない。後者は逆。自分の有利にするためなら手段を選ばない。」
湊の言うことは間違ってないと思う。いや、そう俺も考えたことがあった。
好きで始めたスポーツで、いつの間にか勝利が目的になる。ひどく滑稽な交錯だ。
そして勝利のためといって好きを穢す。ここまでテンプレ。
これはあらゆるスポーツ、芸術、しいてはゲームにまで通用する概念だ。
好きから勝利へ変わる。他人との比較、競争が生んだ弊害だ。
ゲームでいうならガチプレイヤー。ゲームは遊びじゃねえんだよ!とか言い出したらそれは末期。
面白そう!で始めたゲームも、やがて無表情で勝利を追い求めるものに。
可愛い!で始めたボケモンで、好きなボケモンを見捨てガチパを作る…。
楽しむことよりも賞をもらうこと。楽しむことより評価されることを求めるようになる。
バンドやるやつにありがちなのが、好きな曲をバンドでコピーしてみたら嫌いな曲になったという現象。
似たもので挙げると、好きな曲をカラオケで歌ったら歌えなくて嫌いな曲になるという現象。
好きを穢す。楽しむことより他人の評価を求め始めたら、それはもう。
それが間違いだとは言わない。だが、それが生む弊害は、あまりに醜い。
「だからね、悠希くんは世にも珍しい前者側の人間だと思うの」
「…お前は違うんだな」
「どうして?」
「誤魔化せるつもりかよ。あれは自分に無いものを欲しがる目だった」
俺がそういう人間なのかは、確信が持てない。
だが、好きだけでやっていけるやつはほんの一握りのさらに一部だ。
これは恋愛にすら言える。愛情よりスペックを求める。世の中の頑張ってるおっさんをATMにするのはやめてください。
だから、世の中の大半が基本的に後者側の人間だ。現実にはいないのだ。
好き嫌いしないで機械にならなきゃ会社は雇ってくれない。愛情があっても結婚してくれるわけじゃない。
湊。俺も基本的には後者側の人間だぞ。でも、それが正しいとは思わない派。
この世界のシステム自体バグってるから。
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「お前は好きだけでやっていきたい。でもどうしても勝利を欲しがってしまう自分が嫌いだ。違うか?」
そこで俺はおそらくはじめて。彼女の素の表情を見たと思う。
スイッチが入ったかのように消える柔らかな雰囲気。錯覚かと思うほどはっきりして逆に気持ちが悪い。
心の底から驚いた。そんな様子。
俺が普通のヤツだったら。彼女の言葉に相槌を打つだけだっただろう。
そして彼女を失望させてきたのだ。俺のように問いかけてきた者は、きっと初めてだ。
それを慌てて取り繕って、吐くため息。
「…びっくりしたよ。ホントにそっち側の人なのかもね、悠希くんは。
そうだよ。私はいつもそうだ。好きな気持ちを勝利の行方で塗りつぶす。真面目なんだよ。
何に取り組んでも、この先にいつかこの楽しみが消えてしまうと思うと、何にも楽しめなくなってくる。
それはひどく残酷だと思うんだ。身体に定められた回路一つで、人の楽しみは奪われるんだから。」
遠い目をして、湊は言った。
そこでようやく、彼女は重大な悩みを打ち明けていたのだと気付いた。
何故、初対面の人間に?決まっている。彼女にとって、俺はそっち側の人間らしいから。
好きだけで行動できる人間。勝利より楽しむことを。楽しむのが最終目的。
この短時間でいったい俺の何を知ったのか、と俺は聞いた。
自分の何もかもが湊に悟られているようが気がして、恐ろしかったからだ。
でも実際に、そこまで湊に読まれていたのだ。
「…嘆いても仕方がないだろ。お前がそういう人間だっていうなら、そう思わなくなる何かを探し続けるしかない。
それがどれだけ苦行でもさ。楽しまなきゃ損、だろ?」
最近プレイしたギャルゲーのヒロインがそんなこと言ってました。
たまにあるよね、看板キャラがびっくりするぐらいキャラ薄い作品。
隠しキャラのほうがCG3倍あるってどういうことだよ…。
そして湊は、またしても驚いたという表情で。おい。もとの雰囲気が帰ってこないぞ。
「…そうだね。それしかないもんね」
そう、短く言った。
それはおそらく、「やっぱり君はそちら側なんだ」という意味を込めた、線引きだった。
そんな湊いろはに、俺はいったい何をしてやれるのだろうか。
まだ、わからない。
#5 それを現実にするということ
俺たち1年2組の試合が始まる。相手はあんなんチートやの手塚さんを擁する1年4組。
連中のレベルがどれほどかはわからない。おそらくは手塚さんを中心に攻めてくるだろう。
彼の運動性能は群を抜いている。向こうは楽勝のつもりなんだろう。
なら、俺たちは帰宅部の本気を見せつけるまでだ。
「悠希!頼むぜ、連中の度肝を抜いてやれ!」
おいハル。ハードル上げてんじゃねえよ。スカッドサーブとかじゃないですから。
1セットマッチ、25ポイント制。最初のポイントのサーブは俺。
こちらの布陣はフロントセンターにハル。レフトにシグレ、ライトに湊。
バックセンターにギー太さん、レフトにロリ、ライトが俺だ。
相手のポジションはフロントセンターに手塚さん。それ以外のやつらスパイク打つ気ゼロだろうな…。
ピーッっと甲高い笛の音。試合開始だ。
呼吸を落ち着ける。観衆の声をシャットアウト。全身の筋肉を落ち着ける。
1、2…3。トスを大きく上げる。テニスより高いネットを越えて鋭いサーブを打つなら、高さを稼ぐ。
あとは身体が勝手に動く。数えきれないほど繰り返した動きだ。必要な筋肉を必要なだけ。力んだらダメだ。いつものように、フォームを崩さず、跳び、右手を振るだけ。
狙うのはバックレフト、…ではなく、そのライン際。
「うわっ!?」
観衆がどよめく。ハルが親指を立てて振り返る。やめろ。照れるだろ。
他のプレイヤーは皆、時が止まったかのように立ち尽くした。そこまでですかね。
俺が放ったサーブは、バックレフトがアウトだと思ってウォッチし、コーナーぎりぎりに叩きつけられた。サービスエース。
「ナイスサーブ!」
にっこり笑う湊とのハイタッチ。こいつ絶対運動部系だったろ。ノリが完全にそれだもん。
「今のサーブすげぇコントロールだったな」
「いやいやマグレだろ。バレーで狙えるコースかよ」
「つーかあのフォームって完全にテニスだよな」
盛り上がる観衆。やべぇ。一球目からハードル上げ過ぎた。
いや、さすがに今のはマグレなんだがな…アウトにならないように安全マージンを取ったつもりなんだが。
あとアレだ、みなさん期待しないでください。サーブ以外カスなんで。
「調子に乗って外すなよ、悠希。サーブは相手を崩す切り口なんだからな」
「分かってる」
そうだ。バレーはサーブミスが出来ない。テニスなら2回まで打てるが。
ここで失敗すればしばらくはサーブが回ってこない。サーブで点数を稼ぐなら今だ。
クールになれ、悠希。相手の位置取りは変わってない。なら、その油断をつくまでだ。
もう一度、まったく同じコースへ。サーブが決まる。
「おおおおお!!」
「すげえぞ!」
「アイツ狙ってやがる!?」
観衆がさらに盛り上がる。これをあと23本決めれば女の子に告白されそうだな。
俺のサーブがマグレじゃないと分かったのか、相手の位置取りが下がる。
いや、すいません。二発目もマグレです。今日調子いいっすよ。
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その後もバックのセンターとレフトの間。バックライトの奥。戻ってレフト。
合わせて5本、俺のサービスエースだ。ノータッチエースは3本。
続く6本目、バックセンターを狙った俺のサービスは、いつの間にか後退していた手塚に取られた。
レシーブ、トス、そして素早く駆け込み、スパイク。速すぎだろコイツ!
お返しだと言わんばかりに俺の目の前に叩きつけてきやがった。やるぅ。
そこで今まで俺が大人気だった観衆は一発で手塚に騒ぎ始めた。いや、だってカッコいいもん。
「ドンマイ!次、止めるぞ!」
「おー!」
紫暮可愛い。ポイントは5−1だ。
7ポイント目。ギー太の甘いレシーブを湊がカバーしトス、ハルが雄叫びを上げ駆け込み、ちょこんと触って相手コートに落とした。ドロップか。
さすがはハルだ!うちのエースだな!でも雄叫びはちょっとこっちが恥ずかしかった。
そうしてローテーション。湊のサーブだ。
「湊、表情硬いぜ。大丈夫だ、やれるさ」
早くも恐い顔になりかけていた湊に声を掛ける。大丈夫だ、なんとかしてくれるよ。ハルが。
「うん。悠希くんが頑張ってくれたポイント、奪わせやしないよ」
さっきまでの顔はどこに行ったのやら、魔王城に向かう勇者のような表情で湊はボールを受け取った。
この時点で俺は思った。まさかな、と。
湊のサーブ。後方からトスを上げ、駆け込み、跳ぶ。
その一瞬を俺は目に焼き付けた。いや、別に下着とか見えたわけじゃないけど。
会場の空気が止まったような気がした。美しい跳躍だった。美しいフォームだった。
俺みたいなパチモンじゃなくて、正真正銘のバレーボールのジャンプサーブ。
思えば。やけに鋭い指摘をしてきた。ダジャレではない。
あれだけ外れたギー太のレシーブも正確にカバーし、ハルへトスを上げた。
さっきのハイタッチ。美しいジャンプサーブ。
湊は、バレーボール経験者だ。
「!」
俺よりもよっぽどパワフルで正確なジャンプサービスが、手塚の顔面へ飛んでいく。
「うがっ!?」
手塚に出来たのは手で顔面を守ることだけ。
弾かれたサーブは遥か後方へ落ちる。…なんつー威力だ。
練習のときは加減してやがったらしい。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「すっげぇぞアイツ!!!」
「誰だ!?バレー部にあんな子いたか!?」
「めちゃくちゃプロっぽかったぞ今のサーブ!!」
先ほどの手塚のスパイクと同じく、たった一本で会場の注目を集めるほどのもの。
相手チームの6人の表情がそれはもうすっごく崩れていった。Sに目覚めそう。
湊を見る。これだけの注目を集めても、彼女は真剣な表情だった。
「悠希くん。さっきはありがとう。」
もしかしたらこの表情も。彼女の隠した本当の姿なのかもしれない。
「嘆いてたって仕方がないもんね。前を向かなきゃ。それがどれだけ、苦しくても。」
その表情はちょっと怖いくらいにまっすぐで。刃のような鋭さと美しさを兼ね備えていた。
「…そうだな。すごく似合ってるぜ、その表情」
ちなみに湊のサーブは12本続いた。止まったのは俺のスパイクミスですごめんなさい。
で、試合には勝った。25−2の圧勝である。サーブミス0とか俺たちチートすぎる。
思えばコントロールの良いサーブを打つ俺。縦横無尽に動き回れるハル。チートの湊。
対して相手は手塚以外ふつうな方々だったので、俺たちが打つボールを止められず、手塚に繋げられなかった。
サーブ順も俺→湊→ハルというあまりにも出来過ぎたもので、ハルのサーブで試合は決着した。
終盤は相手も完全に冷めていた。手塚の一人相撲はさぞや辛かっただろう…見てるほうも辛かった。
ともあれ異常な強さで一回戦を突破した俺たちは話題に上り、球技大会を盛り上げたのである。
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「クックック…ワシのサーブは108式まであるぞ…!」
「師範。帰ってこい師範」
一回戦突破。この球技大会は学年ごとの大会で、一年生は8クラス。つまり次が準決勝だ。
「はぁ…ありがとうね、悠希くんと陽斗くん。二人が暴れてくれなかったら私すっごく浮いてたもん」
「いや、俺たち自体の浮きっぷりがすごいけどな…バレーがサーブでゴリ押しゲーと化してた」
「ごめん、会場の注目はほぼ湊だったと思うわ…」
俺の倍以上決めといてそれかよ…。しかもやたら嬉しそうだな。そこまで空気とか読んでたのか。
ほらほら生徒会さん、事前練習禁止とかいうからこんなみじめな目にあうチームが出てくるんですよ?
相手チームに対してものすごく申し訳ないです。バレンタインには女子を装って手塚さんの下駄箱にチョコでも入れておこうか。ばれたら死ぬな。
「ううん、二人ともよくやってくれたよ。私一人だったらまず本気になれなかったし」
「ん?俺たちだったから本気出したのか?」
「そうだよ。だって一人ぼっちで無双してたら大人げないとか非難されるでしょ?私はそれが嫌なんだ」
あぁ…なんとなくわかるな。なんか似たようなことシグレも言ってたような。
普段は喋らない根暗なやつが体育祭だからとクラスのためだからと頑張ると、クラスのやつから「うわwwあいつ目立とうとしてるぞww」と笑われる。何も悪いことをしていないのに。頑張る仲間を笑いものにする。それはどこでもありうることだ。
種類は違うが、湊も同じようなことで悩んでいたのだろう。良い意味でも悪い意味でも、異端は異端。空気を読まないやつは社会に呑まれる。それが恐ろしかったのだろう。
まぁなんだ、それを少しでも助けてやれたのなら。少しでも彼女に楽しんでもらえたのなら、よかった。
「でも、やっちまったからな。こうなったら、優勝するまでだ!」
「バカな…ハルがやる気を出している…!」
「ははっ、だってこんなメンバー、奇跡じゃないか?俺も嬉しいんだよ。んじゃ、野球のほう行ってくるわ」
「ああ、頑張れよ。…しかし、優勝か」
このメンバーなら、…たぶん、余裕で狙えるだろう。
「準決、頑張ろうね!それじゃまたあとで」
「ああ、ちゃんと休めよ。」
湊が駆けていく。…確かに筋肉ついてるな。
「おつー。あんたらホントすごいねぇ」
「おつかれさまですー」
「お疲れ様、悠希くん。みんなが凄すぎて出番が無いや、ハハハ」
ギー太さん、ロリ、紫暮だ。汗一つ掻いてない。うん、出番ないもんね…。
「お疲れさん。いや、あれはほぼ湊とハルの功績だったろ。俺を含めるのはやめろ」
やめろ。サーブが得意とか俺の倍は上手いやつに言ってたのが恥ずかしくなってくる。
「ははっ、あんたも充分やってくれたよ。前菜がアンタでメインディッシュが湊、デザートに陽斗みたいな感じで」
「あの、デザートにハルとかいうのやめてもらえませんかね…想像したら吐きそうになったわ」
メインディッシュに湊というのは許す。自主規制。
「え?…ぶっ、はっはは!あんた話せるな。次も頼むぜ、あたしらも頑張るからな」
「頑張るからなー!」
ギー太さんとロリが並んで教室に戻っていく。う〜ん。ギー太さんと話してるの楽しいな。
「うんうん、みんなカッコよかったよ。悠希くん、教室戻る?」
「ん。…あ、いっけね、部室にタオルとか置いてきちまった」
「そっか。じゃあ先に戻ってるね。準決、頑張ろ」
「おう」
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部室棟は静かだ。こんな時間なのでそうそう人が居ない。
今朝部室から出るときには俺が鍵を持ったので、これは準決までのんびりしてようか。
そう思い、辺りに人がいないのを確認してから、部室の扉を開ける。
素早く閉めて施錠する。ここにいるのがバレたらマズイからな、スネークさんの如く潜入を——。
「「え」」
——スネーク!?どうしたんだスネーク!応答しろ!スネェェェェェェェク!!
大佐。任務に失敗した。うーん、オタコンでもいいや。
オタコン!勝ち負けじゃない!俺が、俺たちが始めたことなんだ…。
そうですねスネークさん。具体的には旧囲碁部室を占領することは俺たちが始めたことなんだ…。
目の前には畳の上でストレッチをする湊いろはの姿があった。
よかった!ちゃんとジャージ着ててくれて本当によかった!
ちょっと仲良くなれたと思ったのにここで湊のあられもない姿でも見てしまったら俺の存在がデリートされてしまいそうだからな…。
「あまり騒ぐなよ。他所に聞こえたらまずいからな」
「え、う、うん…じゃない!違うでしょ!なんで悠希くんがここにいるのさっ!」
じゃなああああいっていう迷シーンの真似かと思った。
ちょっと顔赤いですよ、落ち着けよ湊さん。エロ本でも読んでたわけじゃあるまいし。
「言っておくが俺はホモだ。女子と密室だからといって変な気を起こしたりしないから安心しろ」
「ホモだったの!?あれだけの論争を起こしておきながらあっさり認めたよこの人!」
「冗談だ。お前がジャージを脱いでいたらもう大変な変態なことになっていた。冗談だけど」
「冗談かよ畜生!じゃなくて!なんで悠希くんがここにいるの!!」
あたふたする湊は見てて面白い。こいつの目の前で紫暮を口説いたらどうなるんだろうな…。
なんかちょっと私アブない発言してません?仕方ないじゃないですか、ここに女の子がいるとか思いもしなかったんだから。
いや、正直部室に湊が来ていたとかいう件はバレーの活躍で完全に忘れていた。
ハルも紫暮もいないはずだから、自分の部屋に入る気分で部室に入ったら湊がいた…そりゃ焦るでしょ。
落ち着け。落ち着かないと湊にセクハラして抹殺されそうだからな。もうすでにそういう発言をした気もする。
「ほら、カロリーメイツ食べるか?」
「いらないわ!」
「んじゃあ柿の種わさび味。これウマいぞ。ノーマルに戻れなくなる」
「いらないっ!」
「落ち着けよ。チューするぞ」
「なんでっ!?」
湊の横を抜けて俺のかばんのところへ。座布団を敷いて横になる。
あぁ…やはり畳はいいのう。疲れが抜けていくぜ。
「ごめん、少し疲れたらしい。ちょっとだけ寝させてくれ。説明はそれからする。ここは好きに使ってくれていいぞ」
それだけ告げて、目を瞑る。眠れはしないかもしれないけど、ちょっとだけ息抜き。
勘弁してくれ。女っ気のない生活してきたんで、こうもたくさん話すと疲れてしょうがない。
結婚とか無理だな!目指すは独身貴族だな!
「…………もう」
眠ることよりも、考えてしまうのは湊のことだった。