ワザップ!フォーラム
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「俊くん! これを見たまえ!」
社長が素っ頓狂な声を上げたのを聞いて、俊郎はうんざりした気分になった。
何かくだらないことを思いついては、その度に俊郎を振り回すのだ。やれミュウツーを捕まえてこいだの、クッパ軍団を我が社に引き入れろだの、入社して以来、俊郎の生活に安息が訪れたことはない。
「今度はなんすか、社長」
俊郎は席を立って、社長のデスクまで移動した。憤懣やるかたないといった様子の社長が指さしている、ノートパソコンのモニターを覗き込む。
ブラウザが起動している。仕事をしていると言っていたが、案の定嘘だったらしい。表示されたページには、子供っぽいハンドルネームたちが縦に羅列されていた。どうやら何かのランキング表のようだ。
「なんすかこれ」
「ワザップのポイントランキングだよ! 俊くん、君は社会人にもなってワザップを知らんのかね!」
「残念ながら。で、何を怒ってんすか?」
「見てくれよ、酷いんだぜこれ! このワシがランク外なんだよ!」
社長は得々と説明しはじめた。ワザップ!が子供向けのゲーム情報サイトであること。掲示板への書き込みや裏技・攻略情報の投稿によって、ランキングに関わるポイントが得られること。自分がそのランキングの一位でないのが許せないこと。
社長とはその企業の顔。常にトップにあらねばならない。それなのにランキング圏外に追いやられているのだから、社長がここまで怒り狂うのも無理からぬ話だった。
「無理からなくねーよ。社長、いい年してこんな子供向けのサイトに熱中しないでくださいよ。ていうか仕事しろよ甲斐性なし!」
「やかましい! こうなったらワザップの運営に直談判しに行ってやる! ついてこい俊くん!」
ワザップ!の運営会社は二駅先にあった。入り口でサイトのロゴがデザインされた看板が、その燦然と輝く歴史を誇るように堂々と鎮座している。自動ドアをくぐり受付に来意を告げると、事前の連絡がないと応対できないと言われた。
社長はもちろんそのような言いがかりには耳を貸さず、社長拳で受付嬢を昏倒させると通行止めのゲートを突破した。俊郎も仕方なくそれに続いた。
連れ立ってオフィスに続く廊下を奥に進んで、突き当たりにある薄灰色のドアを社長が蹴破る。
「おい! 社長のワシがガキどもに劣っているとはどういう……」
「ようこそおいでくださいました! まずはこれをどうぞ!」
ワザップ!運営チームのリーダーが上部に取っ手のついた紙製の箱を持ってすっ飛んできた。
「あん? お詫びの品か? そんなものにワシはごまかされんぞ!」
箱をしっかり受け取った社長が決然と言い放った。
「これやるからさっさと帰れってことじゃないすか」
頭をかきながら俊郎が吐き捨てるように言う。帰りたくてしようがないのだ。
「こちらで開けてみてください」
促されるまま革張りの応接ソファに腰を下ろし、来客用のテーブルに箱を置いた。
「フン! どうせ大したものじゃないんだろ? ワザップのロゴが入ったTシャツとかTENGAとか……」
ぶつくさ言いながら、社長は箱を側面から無造作に開けて、プラトレーの縁を引っ張り出した。
「あ……」
出てきたものを見て、社長は言葉を失った。白いクリームに包まれ、色鮮やかなフルーツで装飾された、円形の洋菓子。真ん中に載るチョコレートのプレートには、『社長お誕生日おめでとう!』の文字。今日誕生日を迎える社長への、それは祝福のケーキだった。
「いつもワザップを楽しんでくれている社長さんのために用意したんです」
照れくさそうに運営チームのリーダーが言った。その後ろでは笑顔の従業員たちが社長に拍手を向けている。
「うおー! ありがとー!」
社長の感謝が社屋にこだました。
ハングウインドウの外で、丸い月が彼らを見つめている。夜は始まったばかりだ。
俊郎とワザップ!運営チームのメンバーに囲まれて、社長の誕生日パーティが始まった。
社長と俊郎は微笑みあって、美しい祝いの席を楽しんだ。
「よかったっすね、社長」
「ああ! 最高の気分だよ!」
やがて宴の締めに皆で社長を胴上げすることになった。
「わーっしょい! わーっしょい!」
「ワザップばんざーい!」
中空を舞う社長が万感の思いを叫んだ。その目蓋に涙がきらりと光った。
みんなワザップ!が大好きだった。
どうも。 -
投稿者が懐かしすぎて泣いた