ワザップ!フォーラム
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現実直視なんてしたくないなぁって思いながら書いてます。
ちなみにタイトルの「..」はワザップ運営側に5文字以上じゃないと駄目よ、と言われたので付けました。
本当は付けたくないのです。
(現実直視篇の内容)
中学生の饗庭葉一(通称ウイ君)と記憶喪失の朝比奈空葉(ソラハ)が現実直視をするお話です。
彼等は逃避してきた現実を直視することが出来るのか?
謎の“終セカイ”とは?
更新がしんどい時期なので来年再開したいと思います。
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ソーツ(現実直視)篇
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第一話:欠落した人間(さまざまな欠陥)
『恥の多い生涯を送ってきました。』
僕はその文を心臓の左心房で嘲笑したのだ。
するとその嘲笑が体中を駆け廻り、かろうじて今を生き永らえる僕を動かした。
絶えざる体において永劫の命を手にしたような矛盾といったところだろうか、
自分自身を嘲笑し、自嘲し、それを糧にし、生きるような感覚であった。
座席に座る僕の背後の窓は、ひたすらに景色を流している。
微かな振動と共にガタン、ゴトンと音を立てながら僕と、他人を運ぶ。
“次は〜…。”
独特な、鼻にかかったような喋り方で次の駅を知らせる放送が流れた。
—ああ、僕はこのまま、遠く、遠くの果てまで行ってしまおう。
僕は死後の世界など経験した事は無い。
だが、今の感覚はそれと何処か似ているような気がした。
ふと、自分の手から、それこそ魂が抜けたように本が滑り落ちた。
『人間失格』
太宰治の自伝と言われ、長く読み継がれてきた作品である。
その一冊の本を取ろうとした瞬間、僕を人影が包み、己の手は停止した。
「はい、どうぞ。」
その人—制服を着た女の子だ—が、『人間失格』を手にし、僕に差し出した。
「…ありがとう。」
下を見ながら、少女の顔を見ずに答えた。
長く喋らなかったせいだろうか、枯れた声しか出なかった。
次の瞬間、僕はギョッとした。彼女の顔が僕の視界を埋め尽くしていたのだ。
「ねぇ、名前は?」
彼女が座り込んで僕の顔を覗き込みながら訪ねてくる。
「……饗庭 葉一(アエバヨウイチ)。」
「へぇ!…私は朝比奈 空葉(アサヒナソラハ)!」
あからさまに空回りする彼女の覇気が電車の中で響く。
「歳は!?」
「13…だけど…。」
「ほー、つまり私の方が一つ年上かー!」
「……。」
「……。」
久々に感じられる沈黙で僕は少し恐怖を覚えた。
自分が黙っただけではない、彼女—ソラハが黙っただけではない沈黙。
驚いて乗客がこちらを見て呆然とし、皆、黙ってしまっていたのだ。
「あー、なんでもありませんー。すいません、大声出し過ぎてー…。」
申し訳なさそうにソラハが乗客に謝っている。
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無駄に冷房が効いた電車内。
半袖を着た自分にとっては少し肌寒く、不快だったが嫌悪感は無かった。
ただ、それよりも人と話している際の焦燥や不安なら、今、捨てるほどある。
—この目の前の彼女は何者なのだ、何故こんなに僕に気軽なのか、何の目的なのか、
何か自分が悪い事でもしただろうか—
彼女の容姿は極めて美しいものだった。
綺麗に真っ直ぐにのびた長髪は腰まで到達しており、眼は丁度良いように丸く、
透明感のある顔立ちである。身長は自分よりほんの少し高いぐらいか。
……いわゆる美少女、という言葉がおあつらえだ。
故に、猜疑心が僕の心を埋め尽くす。理由はそれだけだ、深い意味なんて無い。
「?」
あまりじろじろ見過ぎてしまったか、ソラハは首を傾げた。
目まぐるしく変わる彼女の表情は見ているととても疲れそうだ。
「……っと、あんまり長く話し過ぎちゃったかな?ごめんね、私が喋りかけちゃったせいで。」
「…何で謝る?」
「初めて君が喋った気がするな、私は!ううん、特に意味は無いの。癖?みたいな?」
「何で僕にそんな興味を示す?」
「んんんー。」
ソラハは瞼を硬く閉じて考え込んでしまった。
まぁ、これも特に意味は無いみたいね、と彼女は笑いを含みつつ言った。
“次は〜…。”
もうじき到着するであろう駅名が放送された。
あいかわらず、外は変わり映えのしない風景で、田畑や民家が流れていく。
数少ない乗客の何人かが降りる準備をし始めた。
「私からも訊くけど、あなたは—ヨウイチ君は何処で降りるの?」
僕はその言葉を聞いた瞬間、興醒めしていった。
「…これだから厭だ、…人間は絶対に何らかの目的を持っていると決め付けてるんだ。
生まれた瞬間ですら、意味も目的も無いような僕はどうすればいい?
何処へ行く訳でもなくただのうのうと電車に乗る僕はどうすればいい?」
何故—何故、僕は怒っている?彼女が何かおかしい事を言ったか?
本当におかしいのは僕だ。おかしい事を本心で言っているのは僕だ。
いや、本心だろうか。
「…っ!?」
僕は彼女に抱きしめられていた。
細い体躯で、強く、強く、僕を抱きしめていた。
丁度、彼女の肩の所に顔を当てている状態だ。
ふと、背中に冷たいものが走った—水だ。
彼女の、涙だ。
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「私も…おんなじだよ……。」
ソラハの嗚咽が耳元で聞え、僕は少し戸惑った。
「私はね………。」
数秒置いて、ゆっくり噛みしめるように、その言葉を言った。
「…記憶が…無いの。」
僕の鼓動がドクンと鳴った事を、ソラハは感じ取ったかもしれない。
「私は親が誰なのか、どこで産まれたのか、今までの自分の性格さえも…、解らないの。
……でもね、自分の名前だけ解ったの…。ただ、それだけ…。」
嗚咽は更に激しくなり、ソラハの体の震えが止まらなくなっていった。
僕の眼は、虚空を見つめるしかなかった。
かける言葉も見当たらず、ただ、虚空を見つめるだけ。
虚空を。虚空を。
虚空を?
いや—違う。僕は虚空など見つめていない。
今は見つめていない。
僕の眼が捉えたのは——異様。
眼前に広がるその情景は、姿形は一般的な—現実的なモノであったが、
趣味の悪いサイケデリックな色遣いで吐き気がするほどだ。
黒、赤、紫、黄色、茶色、…様々な色が混ざり合い、うねりをあげていた。
座席の色、壁、ドア、そして空……だが、異様で、絶望的な異変は色だけでは無かった。
天井からぶら下がる吊革——。
それが縄、いや、首つり縄と変貌している。
サイケデリックな色に溶け込んで、無数の首つり縄が天井から伸びている。
「ど…う……いう…こと…だ…?」
異常すぎる異変に気が付いたのだろうか、はたまた僕の表情の異変に気が付いたのか、
ゆっくりとソラハが振り返った。
「え?…なによ……これ……?」
電車—異様な電車は何事も無かったかのように、ガタンゴトンと異常世界を駆け抜けている。
僕等の存在さえも否定するように。
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第二話:奇妙世界の電車(現実直視)
オフィス。
中年の男がデスクに向かって黙々と仕事をするなか、
手元にあった軽快なメロディーとともに携帯に『メール着信』の文字が浮かび上がった。
男は携帯を手に取り文面を目にした。
“あなた、あの子何処かへ行くとか言ってなかった?”
*
「一体何なんだよ…。」
「……。」
電車が豹変して30分ほど経過したが、それ以上何も起こる事はなかった。
そう、何も起こらない。
電車は相変わらず僕等を乗せて奇妙世界を走行している。
と、何かの音—スピーカーからガザッっという音がした—。
僕等が聞いたのは、機械的な女性の声。
『あー、あー、マイクテストです。テストです。』
綺麗な声ではあるが棒読みで、この異様な世界をより不気味に飾ってくれるようだった。
「だ…だれ!?」
ソラハが驚きの声をあげると、また女性が話し出した。
『わたくしはこの電車、いや—遡行電車の運転および制御を務めさせて頂いてる者でございます。』
「そこ、う?」
『そこのお嬢様、わたくしが遡行の意味をお教えさせていただきます。』
「流れに遡る…。」
僕はボソリと“遡行”の意味を呟いた。
『おっと、そこの可愛らしい少年は意味をご存じのようですね。』
いちいち馴れ馴れしく聞えるのは気のせいだろうか。
いきなりすぎる展開に対し、いきなり説明を始める女性。
『そう、この電車は流れに逆らう電車—いわゆる過去へと疑似的に足を踏み入れることが出来るのです。』
「疑似的とはどういう意味だ。」
『結構グイグイ来るのですね、少年。』
「僕は、少年、じゃない、アエバヨウイチだ。」
『具体的に説明致しますと…。』
「無視すんなよ。」
『はい、お嬢さん、質問します。』
「!?ほえ!?」
油断しきっていたようでソラハはビクッと驚いた。
『実際に過去へ行くとどうなりますか?』
「えーとー……昔がわかります。」
『……。』
スピーカーから声がしなくなった。
おそらくソラハの答えが馬鹿馬鹿しすぎて絶句しているのだ。
『質問を変更します。もし過去へ行って貴方達が様々な行動をするとどうなりますか?』
「あ!過去が違ってくる!」
『そうです!そうして今現在も変化して、もう世界は新しく改変されてしまうのです!』
「成程、その面倒事を防ぐために、あくまで“疑似”…。」
つまり、過去が変われば今も変わる。
過去改変で、その改変した事が起こった未来になってしまい、人々の記憶も塗り替えられる。
それを防止するためにも“疑似”である必要があったのだろう。
「……どゆこと?」
きっとソラハは理解していない。
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『……そうです、少年、さすが鋭いですね。』
「……アエバだ。」
ソラハへの無視は別にどうだっていいのだが、僕の怒りも無視し、説明を再開する。
『疑似体験…つまり実際に過去へと干渉する事は不可能ですが、?体験?することは可能なのです。
かといって、ただ傍観するだけではありません。過去の人物と会話する事も可能です。』
「ん?それは矛盾してるような…。」
『あくまで疑似です。会話や様々な行動で現在が改変される事はありません。』
「ほぉえ??」
「つまり本当に過去へ行く訳ではない…。」
『虚構ですね。現実の過去へと行く訳ではありません。しかし、現実となんら変わりはございません。』
「んんぁ??」
「…で、僕等はどうすれば…、」
「待って!ストップ!訳わかんない!全然!謎!」
「だからさ…過去へ行ける、でも実際の過去じゃない、現実の過去も未来も変わらない、という事。」
「なるほど!!!」
その説明を終えたあと、僕自身への違和感を感じた。
この違和感は考えるまでも無く—会話だ。
これまでに人と長く喋ったのはいつ以来だろうか?思い出せない。
久々に話した割に上手く言葉が出るな、などと下らない事を思った。
それとあと一つ。一方的に話を進められる事を享受している自分に反吐が出た。
『あなた方は現実から逃れてきた筈です。』
唐突に女性が発した言葉に僕は凍りついた。
あなた方という言葉—ソラハの方に視線を移すと、顔色が蒼くなっていた。
『お二人にはその逃避してきた現実と向き合ってもらいます。』
『現実直視、でございます。』
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第3話:全ては悪夢を消すために(悪夢照覧)
現実直視——。
「……そんな事…簡単に言ってくれるなよ…。」
「…そうだよ!向き合えないから…こうやって電車に乗って…!」
ソラハは出かかった言葉を飲み込んだ。
今更、無理だ。不可能だ。出来っこない。
『いいえ、私の命令は絶対でございます。』
「ふざけるなッ!」
悪趣味な電車内で自分の罵声が残響した。
『ふざけてなどおりません。寧ろ貴方の方がおふざけになっているのではございませんか?』
「どういう意味だ。」
『現実を受け入れられない、という感情がおふざけになっているのでは、という意味でございます。』
「…!そんなことはもうどうでも良い!早く元の世界へ帰せッ!」
『お次は現実をお求めになるのですか。いやこの世界も現実ですね。』
『現実逃避していたいなら戻らなくてもよろしいではありませんか。』
僕等は絶句した。
確かに僕等が言っていることは矛盾していて、甘えた妄想をぶつけてるだけだ。
しかし、彼女の言っている事は、少なからず正しい。
この電車に、世界に閉じ込めているという事実以外は。
『あの吊革、“首吊革”にご注目下さい。』
“クビツリガワ”—そう呼ばれた吊革に目を移した。
見た目は首が吊れる様になっている、よくドラマ等で見かける縄そのもので、
縄は僕の腰あたりまで伸びている。
『全ての感情は、過去に直結しているのでございます。』
彼女は説明口調で言葉を紡いだ—。
『楽しい感情は記憶の中に、哀しい感情も、虚しい感情も、憎悪の感情も。』
『自殺願望でさえ、記憶の中に、過去に、直結しているのであります。』
「く…首吊革となんの関係があるの…?」
『自殺とは、生きる以上の決意が必要でございます。
産まれる前にも何らかの決心をして誕生するそうですが、死ぬる決意の方が大きいのでございます。
そして、過去との繋がりの縄の中で、もっとも強く過去とを結んでいるのでございます。
…楽しい、嬉しいの感情より、虚しい、哀しい、の方が強いだなんて、皮肉でございますね。
より過去を体験しやすくするためには意識を飛ばす頑丈な縄が必要になります。
その縄は強く過去と結びついていなければなりません…もうお分かりですね?』
僕等は、息をのんだ。
『疑似自殺をして頂きます。』
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『首に縄をかけた時の—苦しみ—劣等感—罪悪感—迷い—。
それは過去に味わった苦しみと同じはずです。』
「僕は…自殺なんかしようとしてない!」
『いいえ、私が言っているのは心の苦しみです。
ほら、自殺真っ最中の時となんら変わりない生活送ってきましたでしょう?』
「くっ…!」
何も言い返せない。全て見透かされている。
—もう、本当に過去を体験して、現実を直視するしかこの世界を脱出する方法は無いのか。
なら、やってやるさ。
「!?ちょっ、ヨウイチ君なにやってんの!?」
「もう、これしか方法は無いみたいなんだ。」
『お分かり頂けたようでございますね。』
首吊革—そう、ふざけた名で呼ばれた縄の輪っかを両手で握ると、天井にあった縄を巻いている機械が作動し、
シュルシュルと縄を巻きとっていき、腰辺りまであった縄の長さが徐々に目線と同じぐらいになった。
つまり、首を吊りやすい長さ。
「ホントに…やるしかないの…?」
「うん…やるしかないんだろう。」
そう、やるしかない。
この悪夢を終わらせるには、過去に見た悪夢を見なければならない。
心の闘いが始まろうとしている—!
ソラハの首吊革も目線と同じ長さになっている。
ゆっくり、ゆっくりと、少し背伸びをしたが届かず、縄をぐいっと引っ張るようにして自分の身体を上に持ち上げた。
ソラハの眼は既に死んでいたが、僕の真似を一生懸命して、疑似自殺をしようとしている。
僕は大きく深呼吸をして。
ゆっくりと瞼を閉じて。
慎重に輪の中に顔を入れて。
そして、力を抜いた。
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第4話:記憶へ行く(ダイヴする)
僕の頬を爽やかな風が撫で、その拍子に何かが頬に触れた。草の先だ。
どうやら僕は草の生い茂った土手で、仰向けになって寝ていたらしい。
もう帰らなければ。
斜陽は周囲の草に赤く光を投じて、心なしか温かかった。
手をついて起き上がろうとすると、ある光景が思い浮かんだ。
——首吊り縄——。
「…そうだった……。」
ということは、成功したのか。
「…目的を忘れて、ここで生活するなんて馬鹿だ。」
元々居た世界の季節は夏だが、この風は春風のような気がした。
服装は、上は半袖、したは七分丈のジーパンを履いているが、暖かいので十分だ。
そうだ、この暖かさも、全て虚構なのだ。
この春風も、この温かい草も全て、現実に基づいた虚構なのだ。
—と、遠くで自分と同様にして眠るセーラー服の女の子が寝ている。
「あ、ソラハ。」
そうだった、一緒に来たのだ。
僕が歩み寄っても彼女は寝たまま、呑気に寝息を立てている。
「……おい、起きろ。おい。」
横を向きながら寝ている彼女の肩をゆすぶっても、まだスースー息を立てている。
「……幸せそうな顔しやがって。おい、起きろ。」
ソラハはより一層幸せそうな顔になった、と思いきや今度は険しい顔になった。
が、元に戻った。
ああ、もうこいつは起きない。もっと強く揺さぶらねば。
「……おい!起きろこら!」
「!?だせいせっきは使えません!!」
バッと起き上がったソラハは目を見開いて意味不明な台詞を叫んだ。
「……タイムスリップの案内人の夢みてた……。」
「……随分SFチックな夢ですね…。」
そんなソラハの夢なんてどうでも良い。
僕は状況を再確認させようとすると、ソラハは大きな欠伸をした。
「ふぁ〜。ふぁ〜。」
「あくびを立て続けに2回…。」
「私達って今、疑似?の世界に居るんだよね?」
どうやら覚えていたようだ。
「いつかは解らないが、春なのは確かだな。」
「あ、ホントだ。春風が気持ちいいねー!」
僕等はこれからこの世界を暴いていかなければならない。
いつなのか、二人の内の誰の記憶なのか、目を背けたい過去とは何なのか。
現実直視。
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幸福ヶ丘市(こうふくがおかし)の、カラフルな商店街を僕等は歩く。
騒がしい、程までは行かないかも知れないが、今現在住んでいる、
いや、現実世界で住んでいた地域よりかは比べ物にならない程活気があふれている。
やる気が無さそうな魚市場の親父、相反して八百屋のおばさんの威勢の良い声。
心地いいぐらいの騒がしさだ。
「ここの世界は君の記憶なのー?」
横に並んで歩いていたソラハが顔を覗き込んで訊いてくる。
「そうっぽい。」
「ふー!良かったー!私の記憶だったら何処に行けば良いのか解んないもんねー。」
「そういや、ソラハは記憶が無かったんだったっけ。」
「うん、そだよ。」
それならソラハの記憶へとダイヴする—疑似世界を創り出す事は不可能なのではないか、
などと思ったが、記憶喪失は一時的な物があり、その場合は記憶を取り出す事が出来るのだろうか。
いや、一時的なモノでなくても潜在的に眠っているのだとすれば大丈夫なのか。
イマイチよく解らない。
「そーいやさー。」
ソラハが歩きながら訊いてきた。
「ん?」
「ヨウイチ君?だったよね、君の名前。」
「そうだけど。」
「んー。……。」
顎を指で触れ、どこぞの名探偵が推理するような様子で考え込んでいる。
「そうだっ!ウイ!」
「……なんですかいきなり。」
「だから!ヨウイチ君の呼び名!」
「ウ、ウイ?」
「そう、ウイ君!」
嗚呼、変なあだ名を付けられてしまったようだ。
そうこうしているうちに僕等は商店街を抜け、ごく一般的な、マンションやビルが立ち並ぶ街に出た。
いや、ごく一般的でもないかもしれない。
「廃れてる。」
そう、潰れてしまった店や、錆びついたアパート等が半分くらい占めている。
そのかわり、新しく建つのであろうビルを建設している現場が多く見受けられ、
それにも関らず、廃れてる、等と思うのであった。
「廃れてるのかな?私が住んでた所よりかはすっごく都会的だけど。」
「薬森(やくもり)?」
「そうそう薬森市!に住んでたっぽい!」
「と、いうと僕と同じ所に住んでた訳か。」
「へー!えっと…ウ…?……。!ウイ君も薬森に住んでたんだー!」
「覚えにくいあだ名なんて必要ないよ。」
「いいえ、覚えるからこそあだ名なのです!」
「なんだそれ。」
意味の解らないソラハの発言はさておき、僕等は細い裏道らしき所を歩いていく。
ここら辺はアパートだらけだ。アパートに挟まれた道だ。
「ねぇねぇ!私にもあだ名、付けてよ!」
「あだ名で呼ぶような性分じゃない。」
「あれまあお堅いのね。んじゃソラって呼んで。」
「嫌だ。」
これからも僕はずっと“ソラハ”で呼び続けるだろう。
実際、あだ名は付けられるのは嫌でも何でもないが、呼ぶのは人一倍抵抗があった。
友人間でも、そこまで親密になるのは恐怖に感じられたためである。
何故かは解らない。
「えー…。ソラちゃん泣いちゃうぞ?」
「どうぞ、ソラハちゃん。」
「…。」
言動が腹立つ…いや、涙目なソラハは可愛いのだが、恋心というものは目覚めない。
それもまた抵抗があり、恋心というものはおそらく封印されてしまったようだ。
僕は人間失格の大庭葉蔵と同じだ。
なんてふざけた事を思った。
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僕はソラハと並列して歩くなかで、意識は自分の頭へと向いていた。
頭の中は嫌悪、憎悪、寂寥、自嘲、虚無、が渦巻いている、という事に対して自覚は在るのだが、僕には希望が無い事も既に解っていた。
何処かに忘れものをして、それが希望だとすれば僕はどれだけ惨めなのだろう。きっとお腹の中だ、母のお腹の中、子宮に忘れてきたのだ。在りがちな思考回路かも知れないが、あの時あげた産声は産まれてきた事を悲観する悲鳴だったのだ。
幼いころの記憶なんてない。もちろん誰だって殆ど覚えていないだろう。そのころの自分はきっと無邪気だったろう。
装っているだけ。
そう、自分の存在が否定されないように、幾許かの作り笑いをしていたようにしか、今となっては思えない。
大人たちが向ける好奇の眼に怯え、作り笑いをする自分を甘んじて享受し、相手はそれを見ては醜い笑みを浮かべ、そうして今という終着点に着いたのだ。
僕があの電車に乗ったのは自殺するためだった。何処へ行くかは解らない、答えるとするなら闇だろうか。またの答えは“故郷”だろうか。
人は皆、闇から生まれて、闇へと帰っていくのだ。馬鹿の様に大袈裟に言うと地球だってそうだ。宇宙という、これ以上無い畏怖の闇から生まれてきたのだ。
闇は地球を生み落とし、全ての生物に性欲を与え、やがて人間を生み落とし、狂ったように欲に従順に性行為を行い、そして僕という存在が生まれた。
僕は何度か自慰をした事がある。それはオルガスムに達した時は、えもいわれぬ快楽に陥った。だがその直後だ。僕はいい知れない、不安に突き落とされた。
虚無とは違う、自分への嫌悪に近い何かを感じ、それ以来、性的興奮を覚えた時でさえ、自慰をしなくなった。何故、そのような感情が生まれたかは知らない。
思い当たるのは性的欲求に従って、貪るように快楽を求める行為に嫌気が差したということ。
もうひとつは、快楽を感じた時のあの己の表情、漏れそうな喘ぎ、身体を痙攣させる動き、それら全てに嫌悪感を感じたということ。
どちらかだとは思うが、両方かもしれない。また、この二つでは無いかもしれない。
そして僕は人が怖くて仕方が無くなってきたのだ。
闇が与えた性欲に生まれた生物、人間。
欲に従い、食べ物を欲し、性を欲し、居場所を欲し、そのくせ地球を欲の所為にして破壊し、存在そのものを言い訳にし、生きる獣。
そのなかに僕は該当しているのだと思うと吐き気がしてきた。
『人間失格』の主人公、大庭葉蔵、つまり太宰治は“人間の営みが分からない”という記録を残した。
その文章を読んだ時は酷く共感したものだが、もしかすると自分は葉蔵を演じていたのかもしれない。
どうにもならない虚無感や不安を無理矢理、小説の中の人物と照らし合わせ、独りでは無いことを証明したかったのかもしれない。
それは今の僕では解らないし、解りたくも無い。
それら全ての事から僕は逃げてきた。
それら全ての真実から僕は逃げてきた。
それら全ての現実から僕は逃避した。
それら全てを、受け入れろというのだ。
それら全ての現実を、直視—つまり享受しろというのだ。
簡単に言ってくれるなよ。
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第5話:傷心の直視(虚ろ目の心)
ソラハと共に細い路地裏を抜けると、その先には“廃”が無数に存在していた。
薄汚い壁、鋭く尖った破片を撒き散らした窓、錆びたパイプ。
「ここは廃街(ハイガイ)だ…。」
確かに記憶にはそう呼ばれていた筈だ。
廃墟が軒を連ね、人々が捨てた街とまで言われた廃街。
そもそも廃街が正式名称なのでは定かでは無いが、“廃害”と表わす人も居た。
「さっき歩いたトコも廃墟があったけどここは凄いねー…。」
先程歩いた幸福ヶ丘市は“廃”が点在している程度だったが、ここはむしろ清潔で、使用されている建物の方が見つける事が大変そうだ。
幼いころの記憶なのだが、この光景を目の当たりにした瞬間、言い知れない不安を感じたのを覚えている。
親と手を繋いで歩いた—と思うのだが、何故か「逃げられない」と感じた。
「とにかくさ、ウイ君なにか此処で嫌な事とか無かった?」
「……おそらくは。」
そう、僕はここで何かをされたのだ。
いや、何か、なんてものじゃない。
僕は、はっきりと覚えている。
*
「なんでッ!なんでお前なんかがァッ!お前がァッ!」
一心に30半ばぐらい中年の男性が殴るのは、僕の顔。
目や口の端が切れ、瞼は重たく腫れているのは、僕の“幼い時の”顔。
そう、これだ。
これを僕は逃避してきたんだ。
廃病院の病室、埃を被ったベッドで、6歳の幼い僕は男に馬乗りに乗られ、狂った様に両手の拳で僕の顔を殴る。
言葉にならない声、奇声を発しながら、血に塗れた拳を振りかざす。
そして顔へと落ちる。
その光景を僕とソラハは病室の扉の隙間から見ていた。
「……っ。」
ソラハがあまりの惨劇を目の当たりにし絶句している。
僕はといえば、
平気だった。
自分の顔が殴られる様子を、第三者として傍観すれば、大概の人は不快だろうか。怖いだろうか。憎いだろうか。
でも僕は平気だ。それは何故か。僕が逃げていたのは身体的痛みではない、精神的な痛みである。
病室の割れた窓から斜陽が射しかかり、酷く上手い具合にその暴力行為を傍観する事が出来た。
ベッドの埃は赤みがかった斜陽を反射し、激しく動く度にキラキラと輝いた。
光、絶望の光。
その暴力を幼い頃の僕は無表情のまま耐えていた。
表情がもう作れなかったのか、それはもう覚えていない。
抵抗はしていない。出来ない訳ではない。もう、諦めていたのだ。
「こんなのってもうヤだよ!」
突然、ソラハが叫び、扉の前から離れ、薄明るい廊下を駆けだした。
ギョッとして病室の男がこちらを振り向く—と、同時に僕も駆けだす。
ソラハを追うのだ。
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私は一心不乱に地面を、この世界を、蹴り飛ばしていました。
非現実的な現実を目の当たりにし、気が付けば私はその現実から逃げていたのです。
ウイ君に降りかかる暴力行為—とても今の私には直視できなかったのです。
気が付くと私は屋上に出ていました。
息を荒げながら膝に手をつくと、私の身体を夕日が赤く染めていました。
その赤を見ると—どうしても私はあの—夕日と血で—赤く染められた暴力行為を思い出すようです。
見上げると、綺麗な夕焼けが広がっていて、とても皮肉に感じました。
この空さえも、地上で行われている汚い事象を逃避し、涼しい顔をしているように感じました。
気持ち悪い。
消えた記憶が私を迫害する。
私の上っ面だけの笑顔が迫害する。
あの少年の過去が迫害する。
夕焼けさえも私を迫害する。
もう私は死ぬしかないのでしょうか?
過去の記憶を失い、かつて友達だったであろう人々は困惑した様子で私に接し、離れていき、親にも半ば見捨てられています。
“今”の世界は全て“過去”の世界で形成されているのだとすれば—私に今は無いのです。
“今”を生きようとしても、結局“過去”に束縛されてしまうのです。
もう、“今”を生きることは出来ない、“今”は離れていき、新たな“過去”が創られるのだとしても、新たな“過去”は糞です。
“過去”を変えようとしても糞は糞のままなのです。
錆びたフェンスを乗り越えると、シャン、と音を立てました。
足元に広がる世界は、意外と遠く、廃れていました。
私は今からそこに行くのです。
現実直視はもう済ませたのです。
「ソラハ…何……ってんだよ…。」
ハッとして振りかえると—夕日に照らされた少年—ウイ君が居ました。
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何してるんだよ、と心の隅で舌打ちした。
それなら、そういう事だったのなら—。
「僕も一緒に死なせろよ。」
「…え…?」
突拍子もない事を言われて戸惑いを隠せないソラハにこう言った。
「僕だって死にたいんだよ、こんなふざけた事やってないで早く死にたいんだよ。でも死ぬ事なんてできやしないんだ。」
「……どうして。」
「ここは現実じゃないからだ。」
そうだ、ここは現実を見せるだけの非現実世界。
見たくも無い現実をナイフの様に、冷酷に突き付けるだけの、嫌な世界。
「現実逃避なんて…ここで出来る筈が無いんだ。」
「…でも!やってみなきゃ…死んでみなきゃわかんないよ……。」
「ならこっから飛び降りてみろよ。」
ソラハの眼窩から涙が溢れてきて、頬を伝い、コンクリートに滴り落ちる。
「なんでッ!なんでそんなに…あんな物を見せつけられてウイ君は平気なの…ッ!」
「……自分が痛みつけられてても……何にも苦しくなかったからだよ。」
悔しそうに顔を歪めるソラハに向けて言葉を放つ。
「僕が逃げてきたのは—心の—精神的な痛みだったんだ。当時の僕はといえば精神的に傷ついていた。でも今見せられたのは身体的な痛みであって、精神的な痛みの10分の1も見ていないんだ。」
「でも……あんなに暴力振るわれて……心が苦しくない筈が無いよ……。」
「自分自身のあんな様子を見るのはもう慣れてるから、かもしれない。客観的に。」
僕は客観的にしか自分を見れない。
世間体を気にして生きていると傷ついた自分が特に目立ったのだ。
「もう僕はあれ以上に傷ついている。今までさっきの事件を忘れようとしていたけど—目の当たりにして解った。」
そう—。
「あの事件なんて、今の状況から比べれば全然苦しくない。」
ソラハはゆっくりと笑顔になって、「ウイ君は強いんだね。」と声を震わせて言った。
「弱いから、どうしようもない状況だから、あの事件なんて小さく思えただけだ。」
過去が形成して今を創る。その今がどうしようもなかったから、過去を乗り越えることが出来る。
非常に分かりづらい話だ。
僕自身、自分の心境がよく解らない。解りづらい。
しかし、ひとつ思えるのは、この事件は“この時で既に終わっている”こと。
素晴らしいほど酷い今を形成している過去ではない。
この事件が今に直結していなくて良かったと、心の底から思う。
と、同時に他の記憶を、今に繋がる記憶を直視できるかどうかが不安にもなる。
また、解りづらいな、なんて思った。
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第壱話:しにたいヲくりかエしたッて絶対かなわなゐよな、なんテ思いたくないんだ(ああ)
人混みの中で、、、、存在が掻き消される
過去の中で、、、、、僕は死にたがって、手
手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手
こコはセカイのウラガワー
電車と通じて心と成ッテいます
シンジツ程こわいこわいこわいこわいモノは在りマせン
です????????
死にたいという感情から生まれましたセカイ
にげたイとは思ッても逃げらられない世カい
ぎぎと口ずさもウ??
わに成ッて踊ろう??
にじんだ??赤くにじんだ世界
手首を縦にカッターで切りつけるよ容易に生まれセカイ
しにぎわに手
しにぎわにてそんざいします
嫌イニ成ったあの人も首吊ッた大好キな人は今も生キてて僕等ハそれを満足するだけの心の余裕ハ在る訳で
その冷酷サに自己嫌悪に陥ッて首吊ル悪循環
しにぎわにてソンザイシます
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第6話:荒れた心情の静寂(類似幸福)
僕等は廃街から抜け、幸福ヶ丘市の中心部へと出た。
どうでもいい話だが、廃街は幸福ヶ丘市の隅、郊外にある。
郊外といっても幸福ヶ丘市の人口は多くないか、とか本当にどうでも良い話になった。
閑散としてきているのは時間帯のせいだろうか。
陽はゆっくりと沈み、空は濃い群青が包まれていく。
「ねえ。」
心が落ち着いたらしいソラハが—いや、いつも落ち着いている訳ではないが—僕に尋ねてきた。
僕は視線をソラハに移さず、歩きながら「ん。」とだけ答えた。
「何処に向かってるの?」
「……僕はソラハについてきたつもりだけど。」
「私はウイ君についてきたつもりだよッ!」
知らないよ、と言いそうになったがやってる事は同じなのだ。人の事を言えない。
と、ソラハが一軒の店へと走り出した。
「ここ、寄っていこうよ!」
錆びた、小さな屋根瓦の店の上部には、古びた看板に『こものやさん』と書いている。
こものやさん、コモノヤサン—小物屋さんか。
「……今僕等は過去にいるんだよ。」
「……あ!そっか。」
「あいつが—電車の奴が言ってたろ、この過去は疑似だ。買ったとしてもおそらく現実には持って帰る事は出来ない。」
小物やその類が並べられた、薄暗い家—店というより昔ながらの家—の奥から、おばあちゃんが出てきた。
ソラハは僕に言う。
「でもさ、買うだけ買ってみようよ。」
「……お好きにどうぞ。」
嬉しそうにソラハが店内に入っていく。
おばあちゃんの表情が緩んだ。
「んじゃ、これ買いますッ!」
「早っ!」
奥からソラハの声が聞え、思わず声をあげた。
久々に大声を出してしまったが、早すぎる。迷いが無い。
「あいよ、ありがとねー。」
お釣りをおばあちゃんが手渡すのが店の外でも薄ら見えた。
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と、店の、お婆ちゃんとソラハより奥の方で罵声が聞えた。
「婆ちゃんこれちゃうやん!これプリンちゃうやん茶碗蒸しやん!」
「ああー…そうなんかえ?」
「そうやし!食べた瞬間えずいたわ!なんやこれってなったわ!」
ソラハは少し怖がりつつ「ど、どうもー」と会釈したようだ。
「ん?…ああ、お客さんか、すいませんね。」
「い、いえ。」
「あ、店の外で待ってるんアレか、コレ?」
何やらジェスチャーで示している様だ…。
「え、えっとー…そう、ですね。」
「ええなあ。可愛い系男子と可愛い系女子のカップルとかそうそう見いひんで。」
「えへへー。」
「えへへーやあらへんがなー。で、その彼氏さん!入っておいで!ええもんあげるから!」
僕は対人恐怖症なので—とはいえず、しぶしぶ、緊張しながら店に入る。
男は—高校生ぐらいだろう。
明らかに運動神経良さそうだ。苦手だ。
「あ、彼氏さん、“ええもん”に釣られた?ごめん、そんなん無いわ。」
「……その……彼氏じゃないんで。」
「う、ウイ君駄目だよ恥ずかしがっちゃ!」
「そうやで、愛を恥ずかしがっとたらアレやで。……まあ、大変になんで。」
「いや、本当に違いますから。」
「ウイ君はウブだなあ!ほんと!」
なんで僕はこんなに批判されないといけないんだ。
居心地が非常に悪い。
お婆ちゃんが僕を見て、皺だらけの顔に口が動き、更に皺が深くなる。
「ごめんなさいねえ、うちの孫は口がちょっと悪くて。」
「は、はあ。」
「口悪ないで、仮に口が悪くても心は優しいで。」
「…ちょっとよく解らないことも言うんだよ、この子は。」
「一言で片付けんな!」
「俺は篠崎柳木(シノザキヤナギ)や。よろしくな、彼氏さんと彼女さん。」
「私は朝比奈空葉!んで、こっちが饗庭葉一ことウイ君!」
「…言うならウイ君こと饗庭葉一。」
「まあ、よろしくな!」
この温度差はなんだろうか。
二人のテンションについていけない。
押しつぶされる、この二人に。
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店の二階の一角は畳が敷かれていて、シノザキヤナギの自室となっていた。
少し狭く、五人入れたら上等、と言ったところだろうか。
本棚に目をやると、少年漫画がずらりと並んでいる。
流行りの漫画だな、と僕は思ったが、知っているだけで読んだ事はない。
漫画には到底興味を示すことは出来ない。
「まあ、ここで会ったのも何かの縁や—。」
畳の上であぐらをかいてヤナギが語り出す。
「二人、頼まれ事してくれへんかな?」
うわ、なにそれ面倒くさい。
そもそも会って10分も経ってないのだ。
現実直視しろ、と言われてから全てが急展開だ。
流れをベルトコンベアに例えるとするならば、どれだけ速い事だろうか。
あ、そういえば—。
「ソラハ、何買ったの。」
「あ、そうそう!」
ソラハは制服のスカートのポケットからヘアピンを二つ、取り出した。
「はい、これ、ウイ君の。」
「…いや、可笑しいでしょ。何で男が—。」
「良いじゃん良いじゃん、似合うよ!」
「やだよ。」
「もー、そんなこと言わないで—。」
「無視すんなや!!」
ヤナギが半笑いで会話に割り込んできた。
身を乗り出している。
「なんで俺の話中断させといて二人でイチャイチャラブラブやってんねん!」
「いちゃいちゃしてるつもりは無かったんですが。」
「してるわ!十分してるわ!少なくとも彼女おらへん俺にとってはそう見えたわ!」
彼女居ないとは少し意外だ。
大抵、スポーツが出来る奴は女と爛れた関係を持っている。と思っている。
特に大阪弁の奴。
実際、そういった奴と会ったことは無いのだが、そう思っている。
とりあえず謝ろう、面倒だ。
「…すいません。」
「まあ、頼まれごとしてくれたら許したるわ。」
「何なんですか。」
「終セカイからの逃避や。」
「…はい?」
「やから、終セカイからの逃避。」
シューセカイ?ギョウカイヨウゴ?
ヤナギから聞いたことも無いような言葉が出てきて、僕等はぽかんとした。
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第7話:真実と嘘の組み合わせ(事実の模索)
「何ポッカーンしてんねん、終セカイや、終セカイ。知らへんの?」
「私は少なくとも知りません。」
「僕もです。」
「……大丈夫かいなお前ら。」
お前の頭こそ大丈夫か?等と悪態をつきたくなった。
終セカイ。何かの事件の名前だろうか。宗教絡みのテロだろうか。
「あともうちょいしたら近代戦争が始まんねん。」
「…ちょっと何を仰ってるのか。」
「近代戦争は今までにない、とってもサイバーな戦争らしくて、ネット回線や殺人ロボットが使われるそうや。」
「……ねぇ。」
ソラハが耳打ちしてきた。
吐息が耳にかかるのだが、生憎僕にそんな趣味、というか興奮したりなんかしない。
「この人さ、なんかやばくない…?」
「こんな狂人と話すのも時間の無駄だ。どう現実に戻るかまだ見当もついてないし。」
「なんの話してんのー?」
不思議そうにヤナギは僕等を見るのだが、一応放置しておくことにした。
「…もう行こう。」
「聞えたで!逃げようとしてんのやろ!」
人差し指を勢いよく突き出し、僕等に指を差した。
「お前らどうせ俺の事変人やと思うてんのやろ!あんな、終セカイへのリミット<刻限>を知らへんお前らの方が変やけどな!」
もう頭が痛い。
「ニュースでも連日やっとるやろ!ニュースみろニュース!」
もう怒鳴らないでくれ。
「ネットの氾濫と反乱!なんて銘打ってよう言うとるわ!」
煩い、知らないよ。
「俺は最初な、手塚治虫の漫画を読み過ぎた奴が言うた戯言かと思ったけどな、違うねん!」
「うるせえよ!」
瞬時に声を張り上げ、立ち上がった。
もう我慢の限界だった。
「何さっきからお前は僕等の境遇知らないで喚いてんだよ、僕等は自分の事だけで一杯一杯なんだよ。
縁?そんなものないよ。その変な妄想押し付けたいだけじゃないのか。」
「ウイ君、落ち着いて…。ね…?」
「僕等は、他の世界からやってきたんだよ、なんて言って“だから出来ません”とか言っても信じないだろ?
その癖お前は非現実的な事ギャーギャー言いやがって。僕等は僕等なりに事情があんだよ。」
気持ちが纏まらず、心臓が激しく身体を打ち、僕の理性の糸は切れる。
客観的に見ると僕の言ってる事も意味不明だと思う。
一から十まで明瞭に説明したとしても意味が理解できるやつなんていないはずだ。
そもそも僕でさえ理解しているかどうか危うい。
ソラハは僕の手を握る。
目を見ると、少し涙が溜まっているようだった。
なんで泣きそうなんだよ、お前も意味わかんないよ。
「ごめんな。」
謝ったのは僕ではなく、ヤナギだ。